第68話 ジータの酒場
翌日、俺は昼休みに店を抜け出し、ジャンの工房に出向いた。
ジャンは仕事机に向かい、細かい細工の仕事をしているところだった。
「やあ、プッピ。元気かい?
針の使い勝手はどうだ?」
俺は、あの針のおかげでとても順調に仕事ができている、と礼を言った。
そしてジャンに、武器を作ることができるか? と訊ねた。
「剣かな。俺はあいにく武器の制作は得意じゃないんだよ。
でも、作れる人間を紹介してやろう」
そう言って、ジャンは別の工房への道順を教えてくれた。
ジャンが紹介してくれた職人の工房は、ジャンの工房から歩いてすぐの所にあった。
「こんにちは」
俺は工房の開き戸をノックした。
「やあごきげんよう」
工房内には、俺に挨拶を返してくれた男以外にも働き手が数人おり、女性の職人の姿も見えた。
ジャンの工房よりもずっと広い。
「仕事の依頼かい」
俺は男に自己紹介し、武器を作ってほしい旨を伝えた。
男の名はデリクといい、この工房の主だった。
俺は、ミスリルで鍛えた短剣を作ってほしいのだ、と説明した。
「ミスリルか……。
つい先日もある人に頼まれてミスリルの剣を作ったんだよ。
まだ材料が残ってるから、作ることができるよ」
「ぜひ、お願いします」
俺は頼み込んだ。
ミスリルで鍛えた短剣が一本と、同じくミスリル製の矢尻を作れるだけ作ってほしい。
俺はデリクにそのように相談した 。
「なるほど。今ある材料で作るとなると、短剣一本に矢尻が三個というところだな」
それでいい。俺は制作を依頼した。
「三週間もらうよ」
デリクは言った。
「いや、だめだ。三週間も待てない。
三日で作ってほしいんだ」
俺は無理を承知でそう言った。
デリクは苦い顔をして首を横に振り、とてもじゃないが無理だ、と言った。
「他の仕事も溜まってるんだ。
無理だね。三週間待ってくれ」
デリクは言った。
俺は、マケラに貰った金袋をデリクに差し出した。
「他の仕事は全部ストップして、寝ずに作ってほしい。
どうしても急ぎで必要なんだ。
やってくれるのなら、この金は全部やる」
デリクは金袋の中を覗き込み、目を丸くした。
「こんな大金……。
ちょっと待ってくれ」
デリクは中座し、工房の他の職人達と話し合い始めた。
そして、しばらくして俺の所に戻ってきて言った。
「あんたの言う通り、他の仕事を全部中断して、職人全員で徹夜で仕事に取り掛かる。
そうすれば多分、六日で仕上がるだろう。
それでいいか」
六日か。仕方ない。
俺は頷いてみせた。
「よし。やってみるよ。
本当にこの金、全部貰うからな?
……それから、急ぎで作るから出来栄えはあまり期待しないでくれよ」
「それでいい。金も全部とっておいてくれ。
では、頼んだよ」
最低限、ザウロスの胸に突き刺すことさえ出来る品であれば、出来栄えなど、どうでもいい。
俺はデリクに仕事を依頼し、工房を後にして、タリアの店に戻った。
その日の午後も、忙しかった。急患が続けて運ばれてきて対応に追われた。
今日も泊まり番が必要だったが、ルイダに頼み込んだ。
その夜、店を出て俺は"ジータの酒場"へ行った。
ここは、ダイケイブに挑戦する冒険者達が集う酒場だ。
冒険者達はこの酒場で仲間と出会い、パーティを組み、計画を立ててダイケイブに臨むのだ。
タリアの店に連日のように怪我人が運ばれてくる有様だというのに、ジータの酒場は客でいっぱい、大繁盛の様子だった。
今、トンビ村のこの酒場には、ダイケイブの金銀財宝を求めて、国中の冒険者達が続々と訪れているのだ。
酒場の中のどの席も、冒険者達が席についており、ほとんど満席だった。
俺は店の主人に声掛け、エールを一杯注文した。
賑わっている酒場内を見回すと、四人掛けのテーブル席に一つだけ空席があるのを発見した。
俺はそのテーブル席に向かい、先客達に声かけた。
「この椅子は空いてますか?
座ってもいいかな?」
テーブル席の三人は口々に、
「いいとも!」
「座れ座れ!」
と歓迎してくれた。
三人とも人間の戦士だった。
俺の隣に座っている男がハンス、俺の正面の男がベルジ、斜め向かいの髭面の男はグアンと名乗った。
俺も自己紹介をした。
薬草師をしている、と話すと、三人ともがっかりした様子をみせた。
「なんだ、てっきり冒険者かと思ったよ。
この村の人かい」
ベルジが言った。
「ここはダイケイブに行く冒険者が集まる酒場だぜ。
村の住人がこんな所になぜ?」
ハンスが俺に聞いた。
「実は、私もダイケイブ探索に挑戦してみたいと思っていまして……」
俺が言うと、三人は一瞬顔を見合わせて、その後声を上げて笑い出した。
「あんた、悪いことは言わないからやめたほうがいいよ」
グアンが言った。
「素人が行くところじゃない」
ハンスが言った。
「知ってます。でも行きたいんですよ。
あなた方は、いつダイケイブに発つのですか?」
「我々は明後日、出発しようと思っている。
今日明日のうちに、この酒場で魔法使いを一人仲間に入れようと、今物色中でね」
ベルジが言った。
「薬草師は我々のパーティには必要ないなぁ」
ハンスが言った。
もとより、パーティに入れてもらおうとは思っていなかった。
俺は、「勉強のために」と称して、冒険に必要な心構えや必要物品について教えてほしい、と三人に教示を願った。
「よし、退屈しのぎに教えてやるよ。
よく聞いて覚えるんだぞ。
……まず必要なものは武器だ。当たり前だがな。
切れ味が良くて、丈夫な剣が必要だ。
剣でなければ、槍でもいい。斧でもいい。
弓矢はダンジョン内の状況によっては、使用不可能となる場合もある。
いずれにせよ、自分が一番に使い慣れている武器を選択する必要があるぞ。
そして、途中で壊れてしまった時のために、予備の武器も必要だ」
「使い慣れた防具があるのなら、つけていく。
しかし、普段身に着けていない防具を装着していくのは自殺行為だ。
防具を装着した状態での体の動きに慣れる前に魔物と戦闘になって死んでしまっては元も子もない」
「食糧も必要だ。
探索中はできるだけ節約して食べることだ。
そして飲み水もいる。
ダイケイブから生還した冒険者達からの情報によると、地上一階と地下一階には飲み水を確保できる場所があるらしい。
しかし油断は禁物だ。飲み水は荷物が重くならない程度に多めに持っていくほうがいい」
「薬草類もいるぞ。
最低でも、回復薬と解毒薬は必要だ」
「ダイケイブの探索では、暗闇のダンジョンの中を彷徨うことになるため、周囲を照らす松明がいる。
そしてもう一つ、松明以外に"発光石"なる物を持っていると便利だ。
これは光を放つ鉱石で、手元を照らす程度の光は十分に採れるのだ」
「持って行く物品は必要最小限にする。
あれもこれもと背負い袋がいっぱいになるほど荷物を持ち歩いてはいけない。
魔物と対峙した際に、重たい背負い袋は俊敏な動きを妨げる。
下手をすれば、命を落とすことになりかねない」
「あんたが本当にダイケイブに行く気なら、腕のたつ戦士の相棒を二人ばかりと、回復系魔法が使える魔法使いを一人、最低でも仲間に入れたほうがいい」
「どのみち、ダンジョン内ではあんたは役に立たない。
魔物と対峙したら、戦闘の邪魔にならないように気をつけることだ。
あんたの軽率な行動が、パーティ全員の命に関わることになる」
「どうしてもというのなら、俺達のパーティに入れてやってもいい。
その代わり、稼ぎの取り分は大幅に割り引かせてもらうがね。
……パーティを組むときに一番大事なことはな、取り分の分配についてさ。
一番強い者が一番多く取り、一番弱い者が一番少なく取る。
この酒場で知り合って、まずは取り分の話し合いをするのさ。
そこでお互いに合意ができれば、パーティ成立ってわけさ」
その後も俺はしばらくの間三人とエールを飲みかわし、話を聞いた。
夜も更けてきたところで、俺は三人に挨拶し席を立った。
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