level.4
第65話 ミスリルの剣
マケラは俺に宣言したとおり、ダマスの街から帰るとすぐに村の工房の職人にミスリル製の剣の作成を依頼した。
そして、ダイケイブからの生還者がいると聞けば自ら出向き、ダイケイブの内部の様子の聞き取りを続けていた。
俺はと言えば、毎日店の仕事が終わってから、泊まり番をしながら、作業に専念していた。
夜な夜な一人きりになった所で(入院患者はベッドで寝ているが、起きてくることはない)、スマホを取り出し、MAPアプリを起動して、ダイケイブの地図を表示させ、ガチョウの羽根の先をナイフで削ったペンを使って羊皮紙に描き写していく。
この地味な作業を日々行っていた。
いっその事、マケラにこのスマホを貸し出してやれば世話はないのだが、そういうわけにもいかない。
マケラはミスリルの剣が完成すれば、早々にダイケイブへ出征するだろう。
その前に、この巨大な地下迷路の地図を完成させて、マケラに手渡さなければならない。
マケラは、ダイケイブは地下四階まであると予想していたが、実際にもそのとおりだった。
ダイケイブの一階は、広い本道と、本道から分かれる枝道が主だった。
地上一階もとても広大だが、本格的な地下迷路となっているのは、地下一階から地下三階だ。
マケラは独自に地図を作っており、地下二階までの地図についてはほぼ完成しつつある、と俺に話していたが、いやいや、実際はそれほど甘いものではなかった。
地下一階から地下三階のこの三つのフロアは、ただのダンジョンではなかった。
俺はMAPアプリを使って二次元的に構造を俯瞰できるにも関わらず、地下一階から地下三階まで、どこからどのように繋がっているのか、理解するまでにとても時間がかかった。
ただ下へと降りる階段や梯子を見つけたところで、そのままどんどん下の階に行けるとは限らないのである。
地下一階から地下二階に下りたら、しばらく別の道を進んで再び地下一階に上がり……という事の繰り返しだ。
誰が設計したのかわからないが、スマホ画面で見ているだけでも頭が痛くなってくる。
実際にダイケイブに入った冒険者は、下へと降りる階段を見つければ、当たり前のように降りていくだろう。
そして、さらに下へ降りる階段があれば、また降りていく。
しかし、その方法ではこの地下迷路の深みに嵌るだけなのだ。
正解のコースは、ただ下へ降りるだけでなく、時に上り、ときに下りと、複雑な道筋をたどらねばならない。
そんな事を覚悟してダイケイブに挑む冒険者はいないだろう。
ダイケイブの奥深くまで到達して戻ってきた成功者がいまだかつていないのは当たり前だ。
もし仮に、偶然にも奥深くまで到達できたとしても、今度は複雑怪奇な帰り道を間違えずに戻って来なければならない。
これは至難の技だ。
つまり、ダイケイブは、俺のようにスマホから地図情報を閲覧できる人間でなければクリアできない難関コースなのだ。
複雑な迷路と化しているのは、地下一階から地下三階までのフロアだが最終階である地下四階は少し趣が違っている。
地下四階は、地下とは思えないほど広大な空間が広がっていた。地下川が流れ、川沿いにひたすら進んで行くと、その先に神殿や石柱が配置されていた。恐らくここに、ザウロスが棲んでいるのであろう。
このダンジョンの奥深くで、ザウロスはどんな罠を張って待ち受けているのだろうか……。
マケラから夕食の招待があったのは、ちょうど地図が完成した翌日だった。
いつものように俺とマケラとノーラの三人で夕食会を楽しんだ後、俺とマケラの二人になってから、話は本題に入った。
「今日プッピに来てもらったのは、渡したい物があるからだ。
……これだ」
マケラは、俺にずしりと重たい金袋を渡した。
「なんですかこれは……?」
袋の中身を覗くと、金貨が山のように入っていた。
五十枚以上はありそうだ。
「先日の分だ。あの治療技術の権利料には、到底足りぬが、今の所はこれで勘弁してくれ」
「いやマケラ様、これは貰うわけにはいかない」
俺は金袋を差し戻そうとしたが、マケラがこれを拒んだ。
「受け取ってくれ。
私がそなたの治療法をドゥルーダに売り渡したのだ。
この程度の事しか出来ず逆に済まない」
「待ってくださいマケラ様。
絶対だめだ。
俺はあの治療法で儲けるつもりなんか無いんですよ」
その後も俺は受け取りを固辞し続けたが、マケラも譲らず、結局の所、俺は金貨のたっぷり入った袋を受け取って帰ることになった。
そしてマケラは、
「もう一つ、見てもらいたいものがある」
と言って、部屋を出て行った。
しばらくして、マケラは戻って来た。
「これを見てくれ」
マケラがそう言い、俺に見せたのは、一本の立派な剣だった。
白金色に輝く剣身が美しい。
柄頭の部分にはマケラの家の紋章が刻まれていた。
「これは、ミスリルの剣ですか」
「そうだ。工房に発注していた品だ。
昨日出来上がったばかりだ」
マケラは剣を俺にも持たせてくれた。
剣のことは俺にはわからないが、持った感じは思った以上に重かった。
よく研ぎ澄まされた刃先が妖美な光を放っている。
「いよいよだ、プッピ。私は行ってくるよ」
マケラは、とうとうザウロスを倒しに出かけるつもりなのだ。
「お考えは変わりませんか」
「うむ。変わらぬ。
このミスリルの剣をザウロスの胸に突き立ててみせるよ」
「まさか一人で?」
「いや違う。酒場で冒険者を募った。
私を入れて十二人で行く」
マケラは、冒険者の集う酒場でザウロスへの懸賞金を掲げていた。
同時に、マケラと一緒に行く仲間も募っていたのだった。
マケラの気持ちは固まっている。
俺はそう感じて、軽くため息をついた。
そして今度は俺の方から話を切り出した。
「わかりました。
マケラ様はこれ以上私が止めても、きっと行くのでしょう。
もう止めません。
ところで今日は私も、マケラ様にお渡したい物があり、持ってきたのです」
俺は持参していた革袋から、持ってきた羊皮紙を取り出し、テーブルの上に広げてみせた。
「これは、ダイケイブの地図です」
俺は言った。
何枚もに分割して書かれた俺の地図を見て、マケラは言葉も出ずに見入っていたが、やがて口を開いた。
「プッピよ、これはいったい、どうして?
なぜここまで詳細な地図をおぬしが?」
当然の疑問だった。しかし、まさかマケラに本当の事を言うわけにはいかない。
「ある日、神の啓示があったのです。
そうとしか説明できない。
お願いですから、それ以上聞かないでください」
「しかし……」
「じゃあこうしましょう。
ある日夢を見ました。
夢の中で女神が出てきて、私にダイケイブの地図を見せてくれたのです。
翌朝起きた私は、頭の中に残るその地下迷路のすべてを描き写しました。
それが、これです」
「……」
「マケラ様、納得いかないでしょうが、詳しいことはお話ができないのです。
どうか、これ以上何も聞かずに、この地図を受け取ってください」
マケラはしばらくの間、黙って地図を見つめいた。
どれくらい時間が経ったろうか。マケラがかすれた声で口を開いた。
「プッピよ。
有難く受け取らせてもらうよ。
ありがとう」
マケラの屋敷を出たのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。
俺を見送る時、マケラは何も言わなかった。俺も、何も言わなかった。
その三日後、マケラは十一人の仲間と共にダイケイブへと発った。
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