第64話 ダイケイブ
途中何度か休憩をはさみ、やっと目的地に辿り着いた。
二人の前でスマホを取り出すことはできないので時間は確認できないが
、恐らく夕方の三時半か四時といったところだろう。
我々はヤブカラ谷のどん詰まり、ダイケイブの入り口がすぐ近くの所まで、魔物とも遭遇せずにやって来ることができたのだった。
その時だった。
「誰かいるな」
ラモンが言った。
耳を澄ますと確かに物音や雑音が聞こえる。
しかし魔物ではないようだ。
恐る恐るダイケイブに近づいていくと、音の正体がわかった。
先行している冒険者のパーティだった。
岸壁の近く、ダイケイブ入り口の付近でいったん立ち止まり、ダンジョンに入る準備をしている所らしかった。
「おーい。ごきげんよう」
ラモンが声をかけた。
冒険者一行は、突然の人の声に驚きながらも、こちらに気づいて手を振った。
お互いに、魔物ではないとわかって安心し、緊張が少し解けたところだ。
「これから潜るのかい」
オルトガが聞いた。
「ああ、そうさ。今探索の準備を整えているところだった。
それに、魔物の気配がないうちに食事を済まそうと思っていたところさ。
あんた達も良かったらどうだい?」
冒険者一行のうちの一人が小さめの声で言った。
冒険者一行は、人間の戦士三人と、ドワーフが一人、それに人間の魔術師が一人の計五人だった。
五人は、ダイケイブの入り口、つまり坑山の入り口からは約二百メートルほど離れて、ちょうど隠れて見えないようになっている岩の影にいた。
五人は簡単な食事を摂ろうとしている所だったようだ。
「おっ、旨そうだな。
じゃあ、お言葉に甘えて、いただくとするか」
ラモンとオルトガが御相伴にあずかり始めた。
俺もパンを一切れもらう。
「しかし、あんたらはどうしてここに?」
ドワーフがラモンに聞いた。
「そうだプッピ。花を探しに来たんだろう?
見つかりそうか?」
ラモンが思い出したように俺に聞いた。
「うん、このへんに咲いているはずなんだ。
ちょっと一人で探してくるので、ここにいてくれないか」
俺は言った。
「いや、危ないよプッピ。
探しに行くなら俺も行く」
ラモンが言う。
「大丈夫、気を付けて探すから。
二人とも食べててくれ。
もし魔物が出たら、大声で助けを呼ぶからな」
「うむ……。気をつけろよ」
こうして俺はダイケイブの手前で、一人きりになることに成功した。
スマホをそっと取り出して、MAPアプリを起動してみた。
現在地としてヤブカラ谷を中心とした地形が表示されている。
そして、すぐ目の前のダイケイブは、まだアイコン表示のままだ。
やはり、一度中まで入るしかない。
俺は、ラモン達に気づかれないように注意しながら、そろりそろりとダイケイブの入り口に近づいて行った。
ヤブカラ谷は、ここでどん詰まりになっているため、周囲三方向は高い岸壁に囲まれている。
そして目の前の岸壁に、坑山の入り口が開いている。
ここがダイケイブだ。
坑山入り口の高さは六~七メートル、幅は二十メートルはあろうか。
いにしえの時代に坑山として稼働していた時は、きっとトロッコが行き来していたのであろう、地面にはレールが敷かれているが、すでにレールの役目ははたせずボロボロに朽ち果てた残骸と化している。
いよいよ坑山の入り口の目の前まで来た。魔物の気配は感じられないが、自然と足がすくむ。
スマホを確認するが、まだダンジョンはアイコン表示のままだ。完全に中に入らないといけないようだ。
さらに足を進める。
とうとう坑山の入り口をくぐり、中に入ってしまった。
スマホを確認。まだ出ない。
思い切って、三十メートルほど内部に進んでみる。
スマホを確認……画面上部でGPSアイコンが点滅し始め、数秒後にGPSアイコンが点滅から点灯に変わった。
入れ替わりに、先ほどまで点滅していなかったダンジョン入り口のアイコンが点滅表示に変わった。
試しにアイコンをタップしてみると、一瞬の読み込み時間の後に、坑山内の通路が表示された。
やった。成功だ。
画面によると、この幅二十メートル程の広い通路は、この先も数百メートルとまっすぐ続いている。
画面をスワイプしてその先の地図を表示してみる。
幅二十メートルの本道がその後もずっと遠くまで続くが、ここから三~四百メートル進んだあたりから、道の両脇にポツポツと枝道が確認できる。
それぞれの枝道はさらに枝分かれしていて、まさに迷路のようなことになっている。
適当にスワイプしていると、階段のアイコンが表示されているのを見つけた。
階段アイコンをタップしてみる。
すると、画面が切り替わり、地下一階の迷路が表示された。
使い方はわかった。
俺がダンジョン内に足を踏み入れたことで、ダンジョン内部の地図が表示できるようになったのだ。
また、階段アイコンをタップすると、その下の階が表示されることもわかった。
……これで、ダイケイブの地図が描ける!
その時だった。
坑道のずっと向こうの方から、何か物音が近付いてくることに気づいた。
足音だった。
生還してきた冒険者だろうか……?
俺は足がすくんでしまっていた。
その場を動けず、じっと耳を澄ます。
複数の足音とともに、喋り声が聞こえた。
嫌な声だった。
耳障りな周波数の倍音を含む、高くかすれた、邪悪な声色。
ゴブリンだ!!
逃げなくては。
しかし、恐怖で足がすくんで動かない。
なんとか頑張って、少しずつ足をずらして、後ずさりをする。
足音はどんどん近づいてくる。
しかし俺は動けない。
心臓が高鳴り、吐き気がこみ上げてくる。
俺はその場でしゃがみ込んでしまった。
背中から汗が噴き出している。
足音は近づき、いよいよそのシルエットが見えてきた。
ゴブリンは二匹。
俺は腰に下げた短剣の柄を握った。
だめだ。こんな所でしゃがみ込んでいては、ゴブリンにみすみす殺されるだけだ。
俺は、覚悟を決めて、力を振り絞って立ちあがった。
「うわぁーー!」
叫びながら、近づいてくるゴブリンに、逆に走って向かって行った。
俺の気配に気づいていなかったゴブリンは、叫び声をあげながら走り寄ってくる俺に不意をつかれた形になった。
俺は、前列のゴブリンの胸のあたりを目掛けて、短剣を薙ぎ払った。
俺の短剣は、前列のゴブリンの左肩から胸にかけて斜め一文字に斬りこみをいれた。
次の瞬間、俺はゴブリンを蹴り飛ばした。
斬られて怯んだゴブリンは続けて蹴りを入れられて、バランスを崩して倒れた。
後列のゴブリンも倒れた前列の下敷きになって、一緒に倒れ込んだ。
ラッキー! 逃げなきゃ!!
俺は踵を返して、一目散に走り出した。
坑山を出て、大声で皆を呼ぶ。
「おーい! 助けてくれ~!」
俺の声に気づいたラモンとオルトガが岩陰から飛び出てきた。
そして、ラモンがこちらにむけて弓をつがえ、引いた。
矢は俺の耳元近くをヒュンと通り過ぎて飛んでいき、俺の背後のゴブリンに刺さった。
ゴブリンの悲鳴が聞こえた。
その後のことはよく覚えていない。
恐らくラモンとオルトガ、そして一緒にいた冒険者一行が、俺を追ってきたゴブリン共を退治してくれたのだと思う。
気が付くと俺は、ラモンとオルトガにきつい説教を浴びていた。
「あれだけ気をつけろと言ったのに!」
「一人で坑山に入るなんて! バカ! アホ!」
ラモンとオルトガに散々に怒られた。
その後冒険者一行はダイケイブに入って行った。
俺達はといえば、もうすぐ日が暮れる時間帯ではあるが、この付近で夜を明かすよりは夜を徹して歩き続けたほうが良いだろう、と三人で話し合い、夜の谷間を徒歩で帰った。
帰り路でも幸運な事に魔物に襲われることはなかった。
森の出口まで到着し、待たせていた馬に乗り、東の詰所に帰ることができた時には、夜中の十一時をとうに回っていた。
俺はラモンとオルトガに何度も礼を言った。
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