第63話 出発




 俺は翌朝早起きして身支度をした。


 マケラから貰った短剣を腰に差し、背負い袋を背負った。

 宿屋で金を払い、パンとチーズを分けてもらって、背負い袋の中に入れた。


 早い時間にタリアの店に出勤したが、案の定タリアはすでに店に来て開店準備を始めていた。


「おはようプッピ! 早いわね。

 今日は寝坊してくると思った」

 タリアは俺に手を振りながら言った。


「タリア、すまないけど、今日は仕事を休ませてほしいんだ」

 俺はタリアに頭を下げた。


「ちょっと長旅の疲れもあるし、今日はのんびりして過ごしたい。

 一日ゆっくり休んだら、明日からはまた頑張って仕事をするよ。

 ……どうだい?」



「ああ、そういうことか。

 いいわよ。ゆっくり休みなさい。

 長い船旅で疲れてるでしょうから。

 気にしないで」

 タリアは笑顔で言った。


 タリアに礼を言い、俺は店を出た。

 そして、馬車をつかまえ、東の詰所へ向かった。





 東の番兵の詰所は、以前来た時よりも人口密度が上がっていた。

 マケラの指示で、番兵の配置が増えているのだ。

 ラモンと、オルトガ、ラディクの他にも数人の番兵が詰所内に控えていた。



「よおプッピ、どうしたんだい?」


 ラモンが歩いてくる俺に気づき声かけてきた。


「ラモン、頼みがあるんだ」


「なんだい?」


「俺はこれから、村を出て行く。

 正直に言うけど、ヤブカラ谷まで行ってくる。

 マケラ様がヤブカラ谷への出入りを禁止しているけど、俺はどうしても行ってこないといけない用事があるんだ。

 帰りは夜中になるかもしれないが、必ず帰ってくるので、捜索の必要はない」


「何だって!? 

 ヤブカラ谷に何しに行くんだ? 

 魔物が出るかもしれないのに。

 今は東の森よりも先には行ってはいけないよ」

 ラモンが言った。


「そうだそうだ。

 またゴブリンに襲われたらどうする? 

 やめておけよ」

 オルトガも言った。


 その後、しばらくの間、行く、だめだ、行かせてくれ、そうはいかない、と、言い合いが続いた。


 いつまでたっても諦めない俺に、とうとう根負けしたラモンが言った。



「仕方ない。どうしても行くのなら、俺達が一緒に行ってやる」


 俺は断ったが、ラモンは譲らない。

 どうしてもついて行くという。


「ここであんたを一人で行かせて、もしあんたが帰ってこなかったら、どのみち俺達は責任をとることになるんだ」




 結局の所、ラモンとオルトガが一緒に来てくれることになった。


 しかし、同行してくれるのはありがたいが、彼らの前でスマホを取り出すわけにはいかないし、本当の目的も明かすことができない……。





 ラモンが東の森の入り口まで馬で行こうと言い、二頭の馬の準備をしてくれた。

 ラモンとオルトガがそれぞれ馬を操った。

 俺はラモンの後ろに乗せてもらい、東の詰所を出発した。




 森の入り口で、馬から降り、手綱を手近な木の幹に結んだ。

 ここからは歩きだ。

 しかしここまで馬に乗って来れたおかげで、だいぶ時間を節約することができた。

 この調子なら、今日中に帰ることができるだろう。



「しかしプッピ。なぜにこんな時にヤブカラ谷まで行くんだい?」

 森の中の道を歩きながら、ラモンが聞いてきた。


「ヤブカラ谷の、ダイケイブのほど近くに咲いている花を採取したいんだ。

 大事な患者の命がかかってるのでね」

 と、俺は口から出任せを言って誤魔化した。


「ええっ、じゃあダイケイブの近くまで行くってか。

 なんてことだよ。

 おいオルトガ、気を引き締めていこうぜ。

 何かあったら一番にプッピを守るんだ」

 ラモンが言った。


「何もこんな時期にそんな所まで……。

 仕方ない、よしわかった。

 プッピ。おまえを守ってやるからな」

 オルトガが言った。


「二人ともありがとう」

 俺は心から感謝した。




 やがて森を抜け、ヤブカラ谷の長い一本道を歩く。

 天気も良く、魔物が出て来るような気配は今のところ感じられず、三人で世間話をしながら歩いていた。



 怪我をしたラモンの左肩は、ほとんど完全に治ったようだ。

 以前に話を聞いたときは、日常生活には困らないが弓を射れなくなった、と嘆いていたが、最近では弓をつがえても肩に痛みがこなくなったらしい。


 今日も、腰に短剣を下げているが、愛用の弓矢も背中に担いで来ている。



 ラモンの怪我の具合の話題の次は、オルトガの息子の話になった。


 オルトガの息子は二十五歳になる。

 若い頃から剣の取扱いを習っているらしい。

 そして最近、息子が懸賞金を稼ぐためにダイケイブに潜ると言い出していて、困っているそうだ。


「息子がダイケイブに潜ったきり戻ってこないなんてことになったら、どうするってんだよ。

 俺が捜索隊長を仕切らにゃならなくなる」

 オルトガはぼやいた。




 谷間のくねくねと曲がった道を延々と進み、やがて少し開けた場所に出て、沼地に出た。

 沼地を越えてしばらく進むと、以前にも来たことのあるトウガラシの原っぱに出た。

 そして今日は、原っぱを越えてさらに奥深くまで歩を進めて行った。



「前はトウガラシの原っぱからゴブリン共が追けてきやがったんだ。

 そろそろ、いつ魔物が出てもおかしくないぞ。

 気を付けて行こうぜ」


 いつの間にかラモンもオルトガもおしゃべりを止め、無駄口を聞かずに周囲を見回しながら慎重に歩いていた。


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