第62話 地図
薬草師協会で交わした契約書と引き換えに、ドゥルーダからザウロスの倒し方を聞いた俺達は、トンビ村への帰途についた。
ノバラシ河を上る帰りの水路は、風向きが不良だった関係で、予定よりも遅く五日間かけてトンビ村にたどり着くことになった。
帰りの船の中で、マケラは今後のことについて語った。
「プッピ、私は、自らの手でザウロスを倒しに行こうと思っている」
マケラはそう言った。
案の定だった。
信頼している部下の番兵を無残に殺され、その上娘を差し出せなどと要求してきた相手だ。
マケラは自分自身でケリをつけるつもりなのだ。
「私は今、ダイケイブから運良く戻ってきた者達がいれば会って話を聞くことにしている。
そして、聞いた話を元に、あの広大な地下迷路の地図を作成しているところだ。
もちろんまだ地図は完成していないが、これ以上時間をかけるわけにはいかないと思っている」
「しかし、マケラ様がいなくなったら、村はどうなるのです?」
「私が不在の間は、ノーラに村の取り仕切りを任せようと思う。
それに、私は必ずザウロスを倒して帰ってくる」
マケラは本気だった。
しかし、ダイケイブの地下迷路の地図は、半ばまでしか完成していないという。まぁそれは当たり前だが。
今のところ、ダイケイブから生還した冒険者からの情報で、地下二階までの地図がおおむね完成に近づいているらしい。
そして、マケラの予想では、
「おそらくダイケイブは地下四階まであり、ザウロスはその奥深くを居城にしている」
との推測をたてている。
つまり、行程の半分以上は未踏破の状態なわけだ。
すでに聞いている話では、ダイケイブにはオークとレッドアイが棲んでいるようだし、下の階には、もっと恐ろしい魔物が棲んでいるかもしれない。
大量の魔物が巣食う地下迷路をさまよい、地下四階の奥深くに潜むザウロスを見つけるだけでなく、まやかしのザウロスの後ろに隠れている本物のザウロスを見極めて、ミスリルの剣で止めを刺さなければならない。
考えただけでも、無謀な行いだ。
「いけません。ダイケイブを侮ってはいけない。
マケラ様が地下迷路の奥深くまでたどり着く保証はありませんよ。
死にに行くようなものです」
俺はマケラの考えを止めた。
「いや、プッピよ。もう時間がないのだ。
これ以上犠牲者を増やすわけにはいかない。
それにな、ザウロスはこう言ったのだ。
村を明け渡すか、金をよこすか、娘を差し出せ、と。
私が要求を呑まなければ、ノーラの身が危ない。
このまま手をこまねいていたら、いつかノーラが攫われて慰み者にされてしまう」
マケラは言った。
「トンビ村に帰り次第、村の職人にミスリルを鍛えさせよう。
そしてミスリルの剣の完成を待って、私が出る」
船旅の間中、俺はマケラに早まったことをしないよう説得を試みたが、マケラの決心は固く、俺の話は全く聞く耳を持たれなかった。
五日間の船旅が終わり、ようやく帰って来た時にはその日の夜の六時を回っていた。
タリアの店に立ち寄ると、ちょうど診療が終わり、タリアとタータ、ピートとルイダが後片付けをしている所だった。
俺は皆に挨拶し、手土産に買ってきたリンゴの焼き菓子をプレゼントした。
ダマスの街の名物なのだそうで、買ってきたのだ。
手土産を渡し終わった俺は、宿屋へと向かった。
水馬亭へ行き主人に空き部屋を聞くと、幸いなことに個室が確保できた。
パブで夕食を摂り、部屋に上がってから、スマホを取り出してSMSを起動した。
ハリヤマに聞きたいことがあるのだ。
◇『ハリヤマ君。確認したいことがあります。連絡ください』
ハリヤマからの着信は十五分後に届いた。
◆『タカハシさんお疲れ様です! 確認したい事とは?』
◇『俺のスマホにインストールされてるMAPアプリについて聞きたいんだ。』
◆『はい、どうぞ』
◇『MAPを起動すると、現在地が表示されるよな。
これはやっぱり、電波が入らない所に持って行くとGPSが動かないのかな?』
◆『通常、スマホに入っている地図アプリは、トンネルの中や地下など、電波の届かない範囲に行くと探知不能となります。
しかし、タカハシさんが今使っているスマホは、そのような心配はありません』
◇『じゃあ、トンネルの中に入ろうが、地下迷宮に入ろうが、地図は表示されるわけだな?』
◆『そうです。結局の所、アイランドは全体が仮想空間ですから。
電波が届かなくて地図が表示されないといった心配はありません』
◆『えっ! タカハシさん、まさかダンジョン探検をするおつもりですか?』
◇『そうかもねー』
◆『タカハシさんはダンジョン探索など興味がないのかと思っておりました』
◇『嘘です。俺は行かない。
でも、村の領主がダンジョンに入ろうとしているんだ。
それで、あらかじめそのダンジョンの奥深くまでの地図があれば、領主に紙にでも描いて渡してあげられると思ったんだ。
お世話になってる人なので、なんとか力になりたいんだ』
◇『それで質問なんだけどね、地図アプリを開くと、今だったらトンビ村を中心に表示されるわけ。
で、ツツーっとスワイプしていくと、東の森と谷が表示されて、その先にダンジョンの入り口がアイコン表示されてるんだ』
◆『はいはい。それで?』
◇『ダンジョン入り口のアイコンの所で、いくら拡大表示しようと思っても、アイコンのままで、ダンジョンの内部にズームしないんだよ』
◇『トンビ村を拡大表示すると、いくらでも拡大できるんだ。
領主のお屋敷の部屋の間取りまでスミズミ拡大して表示されるんだ。
なのに、ダンジョンはダメなんだよ。
なんで?』
◆『お答えします。
それは、タカハシさんがまだそのダンジョンに入ったことがないからです』
◆『たとえば、領主の屋敷が部屋の間取りまでズームできるのは、タカハシさんがその屋敷の中に一歩でも入ったことがあるからです。
それに対して、ダンジョンにはタカハシさんはまだ足を一歩も踏み入れていないので、ダンジョンがある事を示すアイコンが表示されるのみになっているのです』
俺は、ハリヤマからの返信を何度も読み返して考えてから、再びメッセージを送信した。
◇『じゃあ、目的のダンジョンの地図をゲットしようと思ったら、俺自身がそのダンジョンに行かないとダメということか』
◆『そうです。そのかわり、一歩でも踏み入れればOKです』
◇『とりあえず一瞬でもダンジョンの中に入れば、そのダンジョンが地下何階まであろうと、全部表示できるようになる?』
◆『そのはずです。そこは結構、イージーモードな設定になってます(笑)』
一度でも俺自身がダイケイブに行かないといけないのか……。
◇『わかった。ハリヤマちゃんありがとう!』
◆『もしダンジョンに入るのでしたら、またご相談ください!!』
覚悟を決めなければいけない。俺自身が、ダイケイブまで行くのだ。
そして、一歩でも中に足を踏み入れて、地図をゲットしたら、すぐに踵を返して戻ってくるのだ。
マケラのためにも、やるしかない。
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