第61話 大魔法使い




 ちょうど話が終わった頃に、馬車は目的地に着いた。

 偉大なる大魔法使いドゥルーダの屋敷は、ダマスの西の門が見渡せる高台に建てられた立派な建物だった。



 屋敷に入ると執事の案内で、俺達はドゥルーダの待つ応接間へ招かれた。



 応接間の中は冷やりとして、空気は湿っていた。

 昼間なのに窓は締め切られており、灯りがほの暗く部屋の内部を照らしている。

 古い紙の匂いがあたりに漂っている。

 壁には沢山の書物が収納された本棚があった。

 応接間の締め切られた窓の前には巨大なマホガニーの机と椅子があり、ドゥルーダはそこに座っていた。



 ドゥルーダの髪は長く、雪のように真っ白だった。

 眉も白くて長く、それが目にふりかかっていた。

 白く長いローブを身にまとい、彼の傍らには大きく立派な樫の杖が立てかけられていた。

 彼の杖に比べれば、ベアリクの杖など子供の玩具だ。



 マケラはドゥルーダに挨拶をした。

 そして、俺を紹介した。


「この者は村の薬草師、プッピです。

 今日のお話に必要なため連れてきました」


 俺はマケラの言葉に続けてドゥルーダに一礼した。



 ドゥルーダは椅子を指さして座るよう勧めた。

 俺達はドゥルーダに差し向いになるような形で椅子に座った。


「マケラよ。先週会ったばかりじゃな。

 トンビ村に帰って、またすぐにダマスに戻ってきたのだね」

 ドゥルーダは言った。


「そうです。ドゥルーダよ。

 先日の話の続きをしにやって来たのです」



「ふむ。何かを話したいのか。

 それとも何かを訊きたいのか」


 マケラが来た理由をわかっているにも関わらず、ドゥルーダは惚けたような素振りで聞いた。



「両方です」

 マケラは言った。



「じゃあ、まず話してもらおうか」



 俺とマケラは、新たな治療法を発案したこと、その治療にはジャンの作る精巧な針が必要なことを話した。

 そして、それを薬草師協会の協会長に話したところ、大層興味を持ち、ジャンの針を購入し治療法を実践するにあたって、針を購入する都度、トンビ村に仲介料と権利料を支払うことを約束したと話した。

 そして、マケラが契約書を取り出し、言った。


「この契約書を、あなたに差し出そう。

 金貨四千枚には程遠いが、ジャンの針がトンビ村から出荷される限り、未来永劫あなたに権利料が入ることになる。

 そして、この契約書と引き換えに、教えてもらいたいのだ」


 マケラは机の上に置いた契約書をドゥルーダの方に押しやった。


「訊かせてください。

 悪の魔法使いザウロスの弱点を」





 ドゥルーダは差し出された契約書に目をやった。


「本当に、金貨四千枚には程遠いな」


 ドゥルーダはハッハッハと笑ってそう言った。


「しかし、わしは金と欲に目がないことは確かじゃが、悪人ではないぞ。

 トンビ村の領主マケラが、わざにこうして何度も我が屋敷まで足を運び、わしの要求に応えるためにこの短期間に努力をされた。

 わしは嬉しく思っているよ。

 ザウロスを叩き潰そうという気持ちが真であることがわかったわい。

 教えよう。ただし、条件がある」



 ドゥルーダは、傍らに立てかけていた樫の杖に手を触れ、握りしめた。


「今度こそ、ザウロスの息の根を止めるのだ。

 以前にダマスの領主ガラタがやってきた時、わしは金貨四千枚と引き換えにザウロスの弱点を教えた。

 ガラタはザウロスと対峙し、わしの言うとおりにやってのけたと思っていた。

 ザウロスをこの世から消し去ったと思っていたのだ。

 しかし、事実は違った。

 先週お主がやってきて、ザウロスがまだ生きていると聞いて、わしは耳を疑ったよ。

 今から、お主にザウロスの弱点を教えよう。

 今度こそ、ザウロスの息の根を止めることを約束するのだ。

 それが、条件だ」



「わかりました。必ずや、ザウロスの息の根を止めてみせます」

 マケラは言った。



 そして、ドゥルーダはマケラに打ち明けた。


「奴は、強い。

 どんなに屈強な戦士が相対しても、ザウロスは自らの魔術を用いて、赤子の手をひねるように戦士を退ける。

 もし仮に、戦士の剣先がザウロスの胸を突いたとしても、奴は倒れぬ。

 それは、奴が幻術を使うからだ。

 よいか、目の前にザウロスがいたとしても、それは幻だ。

 本物のザウロスはまやかしのザウロスの後ろに隠れている。

 それを見抜くのだ。

 ザウロスの本体を見極めたら、奴の胸に剣を突き立てるのだ。

 しかし、奴は”鋼鉄の心臓の術”の使い手だ。

 奴の心臓を貫く事のできる武器は、ミスリルの良く研いだ剣先しかない。

 武器は必ずミスリルを鍛えたものを持っていくのだ。

 そしてもう一つ。

 奴は只の人間では無い。

 奴は黒魔術を極め、自らの魂と肉体を分離させることができるのだ。

 ミスリルの剣先を使ってザウロスの肉体を倒しても、まだその魂は生きておる。

 魂からの復活を妨げるには、その場で奴の杖を焼き払うことが必要だ。

 おそらく、領主ガラタは、ザウロスを倒すことに成功したものの、杖を燃やすことができなかったのだろう。

 それゆえザウロスは復活しこの世界に舞い戻ってきたのだ」



 ザウロスを倒す方法を聞いた俺達は、ドゥルーダに礼を言った。

 そして、約束通りジャンの針の契約書を渡した。


 すると、ドゥルーダは目を細めてニヤニヤと笑いながら言った。



「マケラよ。もったいない事をしたなぁ。

 これからは魔法の時代ではなくなり、近い将来に科学の時代がやってくる。

 この契約書は、確かに今はそれほどの値打ちがないかもしれん。

 しかし、数十年先には金貨四千枚どころではない値打ちがつくことになるだろう。

 科学の時代がやってくる前に、わしは今日、貴重な特許の権利を貰い受ける事ができたよ。

 ありがとうよ」


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