第60話 ネケラの話
次は問題のドゥルーダの所に行く番だった。
薬草師協会を出た俺達は、大通りで馬車をつかまえた。
マケラが御者に行先を指示し、馬車は走り出した。
目的の場所は馬車でだいぶ走った所にあった。
目的地に到着するまで、俺は馬車の中でマケラから、マケラの昔話を聞いていた。
マケラの父ネケラの話である。
ネケラは偉大な領主だった。
当時のトンビ村は、農業と牧羊でつつましやかに過ごす小さな村だった。
当時の人口は今の十分の一以下だったという。
領主ネケラ自身も、小さな農場をもち羊を飼っていた。
屋敷も今のマケラの屋敷よりもずっと小さかった。
ネケラが二十五歳の誕生日を迎えた日だった。
国からの使者が村にやってきた。戦争が始まったのだ。
ところで、アイランドは、東はバクハード、西はエスキリアという二つの国に分かれている。
アイランドの西側の地域がその領土であるエスキリアは、トンビ村やダマスの街がある我が国のことだ。
そして東にある国バクハードは、首都バクタにいるアンドフが統治する国である。
この両国の戦乱のきっかけは、両国のちょうど国境近くに位置する街、ヤーポだった。
ヤーポは当時エスキリア領の商業の町で、ダマスと交易することでお互いに成長発展を遂げていた。
ある時、ヤーポの街の商業権益がほしいバクハードの王アンドフが、ヤーポの町に突如進軍し、街を占領したのである。
この突然の事態に激高したエスキリアの王テリスは、ヤーポの街に兵を出し、奪還を図った。
こうして、ヤーポの街をめぐりバクハードの王アンドフと、エスキリアの王テリスとの間で領土戦争が始まったのである。
結果はといえば、ヤーポをめぐる戦いが二年間続いたところで、休戦協定が結ばれた。
現在はヤーポの街は、エスキリアにもバクハードにも属さない、中立都市となった。
ヤーポは、両国両都の交易の中継地点としての役割を担うこととなり、今に至っている。
トンビ村の話に戻そう。
戦争がはじまり、若きネケラの元に、エスキリアの王テリスからの使者がやってきた。
使者は、戦争のため羊を徴収するとネケラに告げた。
羊を失ったネケラは消沈する。
このままでは村が滅びるとネケラは考えた。
しかし、ネケラは賢く、人望も厚い男だった。
ネケラはダマスの街に行った。
そしてダマスの街にいたある天才的な工芸職人に声をかけた。
彼の名前はテオンといった。
彼は当時、戦争が始まり、治安が悪化し搾取が始まっていたダマスの街に辟易としていたこともあり、ネケラの誘いに乗った。
ネケラは職人テオンをトンビ村に移住させることに成功したのである。
なぜにテオンはダマスの街から何もない辺鄙な村に移住したのか。
それは、戦火の影響を免れるためだけではなく、ネケラの人格に心を動かされたのだと言われている。
ネケラは私財を投げ打ち、莫大な借金をして、立派な工房を建設した。
そして、テオンを使って、羊を失ったことで生計のたたなくなった男達に工芸の技術を教えた。
もともと、トンビ村の男達は、手先が器用な者が多く、素質があったようだ。
男達はみるみるうちにその技術を吸収していった。
その時、戦争が終わり、休戦協定が結ばれたことで、ヤーポの町はエスキリアのダマスだけでなく、バクハードの都バクタとも交易を開始するようになった。
その後徐々に、エスキリア、バクハードの両国ともに、景気が回復していった。
やがてダマスの街はいまだかつてない好景気となり、それはトンビ村にも影響した。
こうしてトンビ村は数十年のうちに工芸の村として大きく成長することとなった。
そしてネケラ五十歳の時に、息子マケラを授かり、マケラが成人した年に亡くなった。ネケラ亡き後、マケラがトンビ村の領主を引き継ぎ、今に至っている。
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