第59話 ダマスの街
翌日の朝、俺はタリアに事情を説明した。
明日からマケラと一緒にダマスの街へ行くこと、帰りは少なくとも一週間以上後になること、マケラの切望であるザウロス討伐のために必要な仕事であること……。
タリアは俺の話を聞き、しばらく考えてから口を開いた。
「マケラ様の頼みなら仕方ないわね」
タリアは了解してくれた。
昼には、マケラがやって来た。
そしてタリアに、
「事情はもう聞いたと思う。
すまないが一週間ほどプッピを貸してくれ」
と頭を下げた。
「プッピも今まで頑張ってくれてたんだから、すこしくらい仕事から離れて別の事をしたほうが良いかもしれないわ。
プッピがいない間の事は任せて。
……私とタータとピートとルイダで、なんとかなるわよ」
タリアは笑顔で言った。
マケラは東の詰所と東の魔術師サチメラにも、しばらくの間タリアの店が手薄になるため、出来るだけ負担がかからないよう配慮するように、と指示してくれたようだった。
そしてその翌日、俺はマケラと共にダマスへと旅立った。
ダマスの街は、ノバラシ河の南の下流にあるアイランド最大の都だ。
トンビ村も、村とはいえないくらい大きな街で、大きさで言えば、ダマスの街の次、アイランド南西部で二番目に大きなコミュニティである。
しかし、ダマスの街の規模は、トンビ村とは比べ物にならないくらい、さらに大きい。
ダマスは人口だけでもトンビ村の二十倍を超えている巨大都市である。
現在の領主はガラタの長男、ドルテ。
ガラタは数年前に病気で亡くなっている。
トンビ村からは、西の船着き場から船に乗り、ノバラシ河を下って行く。
往きはおよそ二日間かけてダマスの街に着くが、帰りは風向きの関係で四日かかってトンビ村に着く。
また、トンビ村からは工芸品をダマスの街へ、ダマスの街からは様々な日用品や武器防具等がトンビ村に運ばれている。
水路はトンビ村とダマスの街を結ぶ重要な交易に活用されているのだ。
ダマスの街はいにしえの時代から栄えている都である。
言い伝えによると、もともとはケム湖と海を往復する小さな漁船を狙って待ち伏せする海賊たちの居留地だったと言われているそうだ。
居留地が村に、村が町になり、やがて国で有数の都となった。
今ではダマスの街は、政治、文化、芸術など様々な分野における国の中心地となっている。
そういうわけで、俺とマケラは、トンビ村の西の船着き場から船に乗り、二日かけてダマスの街にたどり着いた。
港を出るとすぐに賑やかな喧騒に包まれた街の中に入った。
大通りを馬車が行き交い、通り沿いの商店は繁盛していた。
とにかく人の数が多い。
まるで上野のアメヤ横丁をもっと広くしたような印象だ。
建物はみな堅牢な石造りで、文字通り隙間なく立ち並んでいる。
商店の合間には露店も出ており、何やら良い匂いのする料理を売っている。
「お兄さん、安くしておくから、どうだい?」
街の様子に見とれて、ぼんやり立っていたら、物売りに声掛けられた。
マケラは俺の腕をつかみ、
「さぁ、はぐれないようについてきてくれよ。
早速だが薬草師協会の本部に行こう」
と言って歩き出した。
薬草師協会は、港から歩いて二十分ほどの所にある大きな建物だった。
マケラは入り口から中に入り、自分の名を名乗って協会長との面会を申し込んだ。
しばらく待って、俺達は協会長の部屋に通された。
頭の禿げあがった、六十歳代の男だった。
協会長は
「これはこれは。トンビ村の領主様がわざわざダマスまで来られるとは」
と言って、マケラと握手をした。
お互いの自己紹介と世間話もそこそこに、マケラは本題にうつった。
「実は、新しい治療法を発案したのです。
聞いていただきたい。さぁ、プッピ」
と言って、マケラは俺に振った。
俺は覚悟を決めて、一度息を吸い込み、吐いてから協会長に向けてプレゼンを始めた。
従来は剣で斬られたような切り傷は、よく洗ってから薬を使い、止血を試みて、包帯を巻くくらいしか方法がなかった、という事実を前口上に、ジャンの針を使った傷口の縫合の方法を詳しく説明した。
そして、すでにトンビ村で何人もの患者にこの方法を施し、今の所、一件もトラブルが発生していないことを説明した。
そして、ジャンの針の実物を協会長に見せた。
「切り傷を裁縫のように縫うのですか……。ううむ」
協会長は目を丸くして俺の話を聞いていたが、すでにトンビ村で実証済みであることを説明したあたりから、興味を持ちはじめ、白金色に光り輝くジャンの針を見せた時に至っては、目の色が変わっていた。
「素晴らしい細工の針だ。
これほどの品物はダマスの街では生産できないだろう。
是非、その針を売ってもらえないか?」
と協会長は前のめりになって聞いてきた。
どうやらプレゼンは上手くいったようだった。
ここからの交渉は、マケラに任せた。
マケラは協会長に、ジャンの針を購入し、この治療方法を実践する際はトンビ村に仲介料と権利料を払う、ということを約束させた。
そして、協会長の気が変わらないうちに、マケラはあらかじめ用意した契約書に署名をさせた。
こうして俺達は会談を終えて、薬草師協会を立ち去った。
「協会長と話が着いたので、これで一安心だ」
マケラが言った。
俺も一安心だ。
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