第58話 本当の理由
マケラの屋敷に着くと、いつもどおり、マケラとノーラの二人が俺を出迎えてくれた。
相変わらず豪勢な夕食だった。
最近の夕食はタリアが作ってくれた弁当か、宿屋のパブで食べるありきたりなメニューばかりだったので、マケラ邸のコックが作るディナーの味を堪能した。
食事中は、ノーラの話題が中心だった。
ノーラはとても元気になったようで、最近は農場に行って畑仕事をしてみたり、マケラと一緒に出掛けて仕事を覚えたりしているそうだ。
「もし私がいなくなっても、この村はノーラが取り仕切ってくれるから安心だぞ」
マケラは言った。
「だめ。いなくなられたら困ります。ねえ」
ノーラが笑いながら言った。
「そうだな」
マケラも笑っている。
やがて夕食が終わり、ノーラはマケラと俺に挨拶して寝室に上がって行った。
俺とマケラはワインを飲んだ。そしてマケラが話し始めた。
「実はな、先週、ダマスの街に行ってきたのだ。
そして、昨日帰ってきた」
「そうだったんですか」
「明後日、私は再びダマスに行く。
そこで頼みがあるのだ」
「はい。なんでしょう」
「私と一緒にダマスに来てほしいのだ」
マケラはワインを飲みながら話を続けた。
「ザウロスは、ダイケイブの奥深くに居を構える前は、ダドゥーリーの廃砦を居城としていたのだ。
ダドゥーリーの砦は、古くは我が国エスキリアの建国の王エスケルが国を統治するために建てた堅牢な砦だ。
いにしえの大戦が終わり、砦はその役を終え、廃砦となって年月が経っていた。
ある時、悪の魔法使いザウロスがこの国にやってきた。
そしてザウロスはダドゥーリーの砦を占拠し、魔物を従えて、時の領主ガラタが統治するダマスの街に対して攻撃を開始したのだ。
ザウロスの要求は、こうだった。
“ガラタよ、街を明け渡せ
さもなくば金貨四千枚で手を打ってもよい
もしくはおまえの息子を差し出せ“
領主ガラタは、ザウロスの執拗な攻撃に苦悩したという。
当時から国中に伝わった噂では、苦悩したガラタは金貨四千枚をザウロスに差し出した、ということになっている。
しかし私は以前から疑問に思っていた。
ダマスの街の領主たるガラタが、要求に屈して金で事を解決したとは思えなかったのだ。
そこで、事の真偽を確かめるため、私は先週、ダマスに向かったのだ。
私は、ダマスに居を構える大魔法使いドゥルーダに直接会いに行った。
そして、あの時ザウロスをダドゥーリーの砦から追い出すことの出来た本当の理由を訊いたのだ」
「本当の理由は、なんだったのです?」
「うむ。まず私は、ダドゥーリーの砦から逃げて、しばらく姿を消していたザウロスが、今は私の領地であるダイケイブを占拠していることをドゥルーダに話したのだ。
ドゥルーダは驚いていた。
ザウロスは死んだとばかり思っていた、とこぼした。
そして、領主マケラに限っては教えてやろう、と言い添えながらも、大魔法使いドゥルーダは事の真相を私に教えてくれた。
ドゥルーダの話では、領主ガラタはザウロスに手を焼き、苦悩していた。
そして、ドゥルーダの元に相談にやってきて、助けを乞うたのだそうだ。
ドゥルーダは、三日三晩祈りを捧げ、儀式を行い、ついにザウロスの弱点を解き明かしたのだという。
そして、ザウロスの弱点を知ったガラタは兵を送り、みごとザウロスの撃退に成功したのだそうだ」
俺は、少し考えてから質問した。
「ではなぜ、国中に伝わる噂は違う話になっているのでしょう?
領主ガラタが正々堂々とザウロスと戦って勝ったのであれば、そのように言い伝わるはず。
それがなぜ、ガラタが金貨を払って手を打った、という屈辱的な話にすり替わってしまったのでしょう」
「そこなのだ。
実はな、ドゥルーダは、偉大な大魔法使いだが、金に目がないのだよ。
ザウロスの弱点を教えるかわりに、金貨四千枚を自分によこせ、と言ったのだそうだ。
他に方法のないガラタは、渋々四千枚をドゥルーダに差し出したのさ。
しかし、ダマスの街の金が四千枚も突然なくなれば、ガラタは失脚することになる。
ガラタとしては、ドゥルーダのために消えた四千枚を、ザウロスに差し出したことにするしかなかったのさ」
「ドゥルーダは汚い奴ですね」
俺は言った。
……ところで、最初に俺に一緒にダマスに来てほしいって言ってなかったか?
「マケラ様? それで、どうして私がダマスに行くんです?」
マケラはワインを一口飲み、俺にも勧めた。
そして話し始めた。
「実はな、その金に汚いドゥルーダは、私にそこまで教えておきながら、ではザウロスの弱点とは何か、について口を閉ざしおったのだ。
ガラタから金貨四千枚を貰い受けたのと同じように、私にも金を要求してきたのだ。
ドゥルーダは偉大だ。
これほど優れた魔法使いは、過去にもいない。
しかし、金や欲望にまみれた男であることも事実だ。
私は、金貨四千枚などとても差し上げられません、と伝えた。
実際の所、私にはそんな大金を準備する余裕も手立てもないからな。
しかしドゥルーダは賢い人間だ。
私のような小さなの村の領主から、ガラタと同じように金をとろうとは始めから考えていなかった。
ドゥルーダは言った。
では、金のかわりになるものを持って来るのだ、と。
話はそれからだ、と言った」
「そこでだ、プッピよ」
マケラは座りなおして俺に問うた。
「おぬし、薬草屋で新しい怪我人の治療方法を発案したとか。
それを、私に譲ってくれぬか。
つまり、私と一緒にダマスに行き、ドゥルーダと会い、その治療方法と道具をドゥルーダに差し出すのだ。
……頼む。
そうでもしなければ、ザウロスの弱点を掴む方法がない」
「な、なるほど……。
お話はわかりましたけど、はたしてそんなに上手くいくもんでしょうか」
俺は聞いた。
ドゥルーダが、俺が考えた縫合術を教える程度で、大切な情報を教えてくれるとは思えないが……。
だいたい魔法使いが薬草師の仕事に興味があるとも思えないし。
「まず、ダマスの街にある薬草師の協会に行き、プッピから新しい治療方法について協会長に説明してもらう。
沢山の患者を救える可能性のある技術だ。
そして、すでにトンビ村で実証済だ。
協会長は大金を払ってでも権利を買おうとするだろう。
そこで、ドゥルーダの所に行き、協会と契約ができる旨を説明し、ドゥルーダに治療方法の権利を引き渡すのだ。
そうすれば、ドゥルーダには協会から定期的にまとまった金が入るようになるだろう。
もちろん金貨四千枚には程遠いが」
「なるほど……」
傷口を縫合するだけなのに……。
ビジネスになるとは俺も思っていたが、そこまでとは。
「もちろん、今回の埋め合わせはする。
治療法の権利金ほどの金額を一度に支払うことはできないが、分割でも必ずプッピに借りを返す」
「いや、お金のことは良いんですよ。
はじめからそんなに儲かる話だと、私は思っていなかったから。
それよりも、仕事が……」
「仕事か」
「そうです。ダマスの街に行くのはいいけど、私は今仕事が忙しくて……。
私がダマスの街に往復して、一週間店を空けると、タリアに負担がのしかかることに……」
「そうだな。確かに、タリアに負担がかかる。
でもなプッピ。
いつぞやは、タリアの父マルコスが逝去した際は、一週間プッピが一人で店を開けたのだろう?」
「ああ、そうでした」
「今回は、新たに雇った者もいる。
タリアの妹タータも店にいる。
決してタリア一人ではない。
なんとかなるのではないかな。
ザウロス討伐のため、トンビ村のために、一緒に来てくれないか」
マケラに半ば強引に押された形になったが、結局、俺はマケラと共にダマスの街へ出向く事となったのだった。
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