第57話 多忙な毎日
その日を境に、タリアの店には毎日のように急患が運び込まれるようになり、俺とタリアは休む暇もなく、次々と押し寄せる患者の治療・処置に追われる毎日となった。
ジャンの針を使った縫合術も順調に症例を重ねていった。
縫合の失敗や、縫合後に感染を起こしたりするようなトラブルもなかった。
切創を縫合して三日後に再び診察した時には、大抵はすでに傷口がきれいに閉じていた。
最も生命力や回復力が強いのはドワーフだが、人間とて治癒力、回復力は、元の世界の人間とは比べものにならないほど高いということがわかった。
そして処置後に患者がとても帰れる状態ではない時は、患者を店に泊め、俺も店に泊まり込んだ。
つまり入院である。
入院期間は、余程のことがない限り三日というところだ。
それ以上入院されると、毎日のように急患が運ばれてくるため、ベッドが足りなくなるのだ。
三日経っても自力で歩いて帰ることのできない患者がいたら、“運び屋”に連絡して、宿屋まで運んでもらった。
俺とタリアは手が空いた時に、患者が療養している宿屋まで出向き、治療の続きや、薬の処方などを行った。
というわけで、今この村の薬草屋と一部の宿屋は、さながら野戦病院と療養所に形を変えてしまっていた。
増え続ける患者に対し、俺とタリアだけでは余りにも手が足りないので、タリアは人を雇うことにした。
求人募集には多くの応募があったが、その中でこの仕事にいくらかでも適性のある人間を雇うとなると、数はぐっと限られた。
俺とタリアはじっくり考えた末に、ピートという二十歳代の男とルイダという四十歳代の男を雇うことにした。
それ以外の応募者は、残念ながら、どう考えてもいろいろな意味でハードな当店の業務に耐えられると思えなかったため、断りを入れた。
新しい雇用者がたった二人では、それほど忙しさの緩和に繋がらなかったため、ある日タリアはもう一人、新しい助手を連れて来た。
それは、タリアの末の妹のタータだった。
タータはまだ若く十七才で、目元がタリアにそっくりだが、タリアよりも美人だ。
ピートとルイダには急患が運ばれてきた際の力仕事から教え始め、タータには薬草の仕入・販売と在庫管理から仕事を教えた。
いずれにせよ、入院患者がいる日の店の泊まり番は俺がやるしかなかった。
ピートやルイダを泊まらせても、患者に急な病状変化があった際に、何も対応できないからだ。
泊まる時は、店のカウンターの一角に簡易ベッドをこしらえるか、患者用の空いているベッドで寝た。
泊まり番の日はタリアは夕食を作って夜に持ってきてくれた。
泊まりの日は風呂に入れないのが嫌だった。
宿屋に泊まるときは、宿屋から歩いて数分の所にある公衆浴場に行って汗を流すことができたのだが、店に泊まる時は、日中は大抵忙しく働いており、日が暮れれば同じように忙しく働いていた皆を家に帰してやらなければならない。
すると、俺が公衆浴場に行く時間がなくなるのだ。
泊まり番の時は酒も飲めず風呂にも入れず暇なので、スマホを取り出し、ハリヤマやユキとメッセージのやり取りをした。
◆『タカハシさんお疲れ様です! 今日も忙しかったですか』
◇『忙しかったよー。疲れた。ところで質問』
◆『はいどうぞ』
◇『この世界の人間は、元の世界の人間に比べて途轍もなく頑丈で強いってことがわかったよ。
俺が下手糞な手つきで傷口を縫合しても、いまだにトラブルは起きてないし、傷口が化膿したこともない。
この世界って、もしかして感染症っていう概念はないのかな?』
◆『感染症はあります。
周りに風邪を引いている人とかいませんか?
NPC(ノンプレイヤーキャラクター)でも、風邪を引いたり病気になったりするのですから、感染症が無いということはないです』
◆『傷口が化膿するような事だってある筈ですが、発生率がかなり低く設定されています』
◆『そして発生率については、タカハシさんも同じです。
タカハシさん、つまりプッピも、風邪を引く確率がゼロではないし、傷口が化膿する可能性もゼロではないです。
ただしその発生率は現実世界よりずっと低いです』
◆『たとえばインフルエンザが大流行して、出て来る人達が皆鼻水たらしてたらゲームにならないですから』
◇『なるほど。俺も風邪ひかないように気を付けるよ』
◆『手洗いうがいが大事ですよ(笑)』
◇『こんばんは! ユキさん元気かな』
◆『こんばんは! お疲れ様です!
私は元気です! タカハシさんは?』
◇『元気……
だけど、疲れた』
◆『忙しそうですよね』
◇『今日も急患の連続で昼飯食う暇もなかったです』
◆『でも、タカハシさん楽しそうですよ(キラキラ)』
◇『そうかな? なんでそう思う?』
◆『メッセージの文面だけじゃあわからないけど、なんか活き活きしてる(笑)』
◇『そうかなぁ』
◆『こっちの世界に戻ってきてくれないんですかぁ』
◇『なんでそんな事聞く?!
戻りたいのに戻れないんじゃん』
◆『そうですよね(ゴメン)
にぼしも待ってますよ~(ネコ)』
一方、ザウロスからの屈辱的な報復の後、マケラは真剣にザウロス討伐について考えているようだった。
マケラは、ザウロスの首に金貨五〇〇枚という懸賞金を掛け、村の中心部の冒険者の集まる酒場にそれを掲げた。
そして、それだけではなく、次の一手を考えているようだった。
今のように、流れ者の冒険者達が思い思いにパーティを組んでダイケイブに潜っていくのに任せるのではなく、自らでダイケイブへの攻撃部隊を編成しようとしているようだ。
マケラはダイケイブから運良く生還してきた冒険者と面談し、情報を得ていった。
冒険者から聞いた断片的な情報を頼りに、ダイケイブ内部の地図を作り、危険な場所や魔物が潜む場所等の特定をすすめているようだった。
ある日、俺はマケラから招待を受けた。
タリアの店で仕事をしている時に、伝令が来たのである。
“本日夜、我が邸に来られたし。夕食を一緒に食べよう“
俺は今日最後の患者の処置を終えた所だった。
しかし、今日も入院の患者があり、泊まり番をしなくてはならない。
マケラの家に泊まりに行くことはできない。
マケラに断りの連絡を入れようかと迷っていると、タリアが来て言った。
「行ってきなさいよ。今日の泊まり番はルイダにやらせるわ」
「でも、ルイダじゃあ何かあった時に何もできないだろう」
「大丈夫。もし患者に何かあったら、すぐにタリアさんの家に行って、知らせることにするよ」
ルイダが言った。
「そうよ。それにルイダもだいぶ仕事を覚えたわよ。
もし夜中にルイダが家まで来たら、私が店に行って患者の様子をみるわ。
毎回プッピに泊まり番をしてもらってるもの。
今日くらいゆっくり休んで。行ってらっしゃい」
タリアが言った。
俺は二人に礼を言い、後片付けと身支度をして店を出、マケラの屋敷へと向かった。
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