第56話 急患 その2
タリアが、魔法使いの腕を、噛まれた傷から少し上のあたりで縛った。
そして毒消しの薬を患部に手早く塗り付けた。
「はやく見てくれ! 大怪我なんだ!」
レイという名前の、全身に大火傷を負った男が狼狽えて叫んでいる。
タリアが魔法使いの腕をみている間に、俺は腹を刺された男の容態をみた。
ラモンに手伝ってもらい、男の服をはぎ取り、腹部の傷を確認した。
重症だった。剣で突き刺され、刺し傷は背中を貫通していた。
すでに多量の血を失っている。
意識が朦朧としている様子だ。
俺はタリアに声掛けた。
「見てくれ。彼は助かるか」
タリアは腹部の刺傷をみて、首を横に振った。
「多分無理ね。でも出来るだけのことをしてみましょう」
俺とタリアは、まずは腹に傷を負った男の処置をすることにした。
魔法使いのベスの傷も、早々に処置が必要だったが、腕を残したいという本人の希望を無視するわけにはいかない。
間に合わないかもしれないが、ベアリクの到着を待つことにした。
全身に火傷を負ったレイは、痛みと恐怖でパニックになっており、ラモンが取り押さえていた。
俺とタリアで、腹を刺された男の傷を洗い流した。
傷口はただの刺し傷ではなかった。
恐らくオークの汚く錆びた剣で突かれてからひどく抉られたのだろう。
よくここまで生きて戻ってきたものだ。
この世界の人間の生命力は元の世界の人間に比べて段違いに強い。
タリアが傷口を確認している。
「腸が破れている」
とタリアが言った。
他にも破壊された臓器があるかもしれない。
もう彼は助からないだろう。
「どうする?」俺は聞いた。
「一応、できることはする」とタリアは言って、処置を続行した。
「来たぞ」
ラディクがベアリクを連れてやってきた。
「いよいよ薬草師と魔術師が手を組むってわけだ」
ベアリクは笑って言ったが、店内の惨状をみて真顔に戻り、俺とタリアに聞いた。
「誰から、何をすればいい?」
タリアはベアリクに指示を出した。
「あの魔法使いは、スナッタバットに腕を噛まれたの。
今、毒が回らないように縛ってある。
解毒できなければ、命のためには腕を切断するしかなくなる。
本人は腕を残してほしいみたい。
やってみてくれる?」
「わかった」
ベアリクは言って、腕を噛まれた魔法使いの所に行った。
「やぁ。俺は村の魔術師だ。
災難だったな。
毒消しの魔法を試してやるからな」
そう言ってベアリクは呪文を唱え始めた。
腹に怪我をした男の処置をタリアに任せて、俺は大火傷を負った男の所に走った。
暴れる男を、ラモンが動かないよう押さえていてくれた。
「ありがとうラモン。
薬を塗るからそのままおさえていてくれ」
ラモンにおさえてもらいながら、俺はレイの火傷に薬を塗っていった。
ひどい火傷だ。
助からないかもしれない……。
「プッピ、毒消しの魔法をかけたぞ。
効果のほどは、五分五分というところだ」
ベアリクが言った。
「そうか……。わかった。
ありがとう。
それでは次に、こいつに睡眠の呪文をかけてやってくれないか?
可哀想に痛みと不安が強くて安静が保てんのだ」
俺はベアリクに、全身火傷のレイを指さして頼んだ。
ベアリクは睡眠の呪文を唱えた。
ほどなくして、レイの精神が落ち着き、眠り始めた。
「ありがとうベアリク。
それでは次に、この男の火傷に、この軟膏をたっぷりと塗り付けておいてくれ」
俺はベアリクに頼んだ。
「俺がか!?」
ベアリクはびっくりした顔をして、聞き返した。
人手が足りないのだ。
やってもらうしかない。
「……仕方ないなぁ。
俺は魔術師だぞ。ブツブツ……」
文句を言いながらもベアリクは手伝ってくれた。有難い。
俺は魔法使いのベスの腕の様子を見に行った。
スナッタバットに噛まれた部分の皮膚の色に、少し変化がみられたように思えた。
どす黒く変色していた傷口付近の皮膚に血の気が戻ってきている。
毒消しの魔法が効いたのでは……?
俺はタリアとベアリクを呼び、ベスの腕を見せた。
「術が効いたんじゃないか?」
とベアリクが言った。
「私もそう思う。解毒に成功したわ。ベアリク、ありがとう」
タリアが言った。
タリアは腕を噛まれた魔法使いのベスに説明した。
「魔法が効いたようよ。
このまま傷の処置をして様子をみましょう」
ベスはホッとした様子だった。
「プッピ、ベスの処置は頼んだわ」
タリアが言った。
スナッタバットに噛まれた傷口は、なんとか縫合することができそうだった。
俺はジャンの針を使って、傷口を縫い合わせていった。
やり方は滅茶苦茶だが、ここは元の世界ではない。
とりあえず縫い合わせればなんとかなるはず……、と信じて処置を続けた。
ベスは顔をしかめて我慢している様子だったが、処置している間は動かずにじっとしていてくれた。
俺は次に、頭と腕に怪我を負ったテムの処置にうつった。
頭部の傷は軽傷だったので、簡単な処置で問題なかった。
腕の傷は、剣で斬られた切創だった。
テムの傷も、ジャンの針で縫合を行った。
「しかし、ダイケイブでレッドアイとオークの襲撃に遭うなんて……。
本当にダイケイブはどうなっちまったんだ」
ラモンが言った。
頭と腕に怪我をしたテムが言う。
「オークが地下深くにいるのではという噂は聞いていたが、レッドアイには驚いたよ。
あんな化け物がいるんじゃあ、誰も寄り付けないぜ」
「だめ……。死んだわ」
腹に大怪我をしている男の処置をしているタリアがつぶやいた。
腹の怪我の男は、処置の甲斐なく死んだようだった。
一人は死なせてしまったが、残りの三人はなんとか処置が終わった。
ラモンとラディクは詰所に戻り、ベアリクも家に帰って行った。
「タリア、レイは今日はここに泊めよう。経過をみないと」
全身に火傷を負ったレイは重傷であり、動かすのが難しい。
俺は今夜はこの店に泊まり込み、重傷者の見守りをすることにした。
軽傷のテムと、解毒に成功したベスは、ここで夜を明かす必要はないので、縫合部の状態を確認するため三日後に再び店に来るよう説明して、帰らせた。
これで今日の仕事は終わりだと思ったのも束の間だった。
ベッド周りの片づけが終わりきらないうちに、再び東の詰所の鐘が鳴った。
今度は二回鳴った。
まもなく馬車がやってきた。
「タリアすまん。他がいっぱいでここにしか連れて来れる場所がなかった」
馬車に乗っていたのはドワーフの戦士と人間の戦士だった。
二人とも脚や腕に剣で斬りつけられた傷を負っていた。
仕方なしにベッドに二人を誘導し、タリアと手分けして、処置を行った。
二人は軽傷で、出血も止まり歩くことができそうだったので、金を払わせて帰した。
結局、この日俺は四人の患者に、七ヶ所、ジャンの針を使って縫合を施したことになった。
俺もタリアも疲れ果てた。
仕事が一段落したのは日が暮れてだいぶ経ってからだった。
俺はタリアを家に帰らせた。
そしてカウンターの端のスペースに毛布を持ち込んで、手近にあった小箱を枕がわりにして簡易の寝床をつくった。
レイは眠っており安静が保てていた。
処置後の経過は良好かのように見えた。
夜の八時に、タリアが訪ねてきた。
俺と、患者の分の食糧を持ってきてくれたのだった。
俺は礼を言った。
大火傷を負ったレイは処置の当日はずっと眠り続け、翌朝まで全く目を覚まさなかった。
朝になり、水分と食事を勧めたが、火傷による体力の消耗が酷く、飲み食いもままならなかった。
ベアリクに頼み、体力回復の呪文などを試みてもらったが、うまく効かず、結局レイは翌々日に死んでしまった。
魔法使いのベスは、その後の経過も良好で、スナッタバットの毒にはやられずに済んだようだった。
縫合部の治癒もみるみるうちに進み、三日後には傷口はほぼくっついた。
他の縫合をした患者達も同様で、皆、傷口の治りが早く、最初にドワーフに試した時と同じように、全員が縫合三日目にして抜糸することができた。
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