第52話 子豚




 俺が一人で店を開けた初日にタランが急患で運び込まれたが、その後は東の詰所の連中も俺に気を使って、急患を連れてくるような事はなかった。

 以後一週間、特に問題もなく店を営業することができた。


 一人で店を開けてちょうど一週間たった日、薬の在庫の場所がわからず、昼休みにタリアの家に直接出向いて聞きに行った。

 タリアの家は、店から徒歩五分ほどの場所にあった。

 庭には花壇があり、黄色い綺麗な花が咲いていた。

 花の名前は俺にはわからない。


「プッピ、わざわざ来てくれなくても、伝言してくれたら私が行ったのに」

 とタリアは言った。


「妹さん達にも会ってみたいなと思ってね」

 俺は冗談混じりに言った。


 タリアは、俺に妹達を紹介してくれた。

 次女の名はユリア、三女の名は二キタ。四女のタータは不在だった。

 次女も三女も、タリアとは顔立ちが違い、あまり似ていなかったが、タリアよりも美人だった。

 俺は右手を上げて手を振り、二人の娘に挨拶した。


 タリアから探している薬の在庫の場所を聞く。


「入ってすぐの白い棚の、上から五段目を探してみて。すぐわかると思うわ」


 タリアは即答で教えてくれた。

 この娘は、あの広い店内の膨大な在庫の種類や保管場所を、恐らくすべて暗記しているのだ。


「ところで、こないだ鐘が鳴ってたわね。大丈夫だった?」


「ああ。もう運ばれた時は手遅れだった。

 君を呼んでもどうにもなるものでもなし……。

 出来ることはしたよ」


「大変だったのね。お疲れ様。

 ……そうそう。明日から、店に出るわよ」


「明日からね。待ってるよ」


「ええ。本当にありがとう。おかげで妹達とゆっくり休むことができた。

 それから、明日はいよいよ、私に何を隠しているのか教えてもらうから。楽しみにしてるわ」

 タリアはウインクした。


 全部お見通しなのだ。







 翌日の朝、俺は久しぶりに出て来るタリアよりも早く出勤しておくために、いつも以上に早めに宿屋を出た。

 しかしタリアは早く出てきた俺よりも、さらに早く店に着いており、予備の鍵を使って店に入り、開店準備に取り掛かっていた。


「おはよう。昨日まで、本当にありがとう」


「おはよう。どういたしまして」


「ねぇプッピ、店を開けて一段落したら、教えてちょうだいね。

 どうして豚なんか飼ってるのか」




 裏庭にいる子豚のことを、出勤早々、タリアはすぐに気づいたらしい。


「まぁまぁ、落ち着いて。昼になってからゆっくり説明するよ」

 と俺はタリアを宥めた。







 午前中は平和に過ぎていった。

 昼休みの時間になり、店をいったん閉め、タリアと一緒に昼食を摂る。

 二人で食事するのは久しぶりだ。


 食事を食べ終わった頃に、店にベアリクが訪ねてきた。


「ごきげんよう。タリア、久しぶりだな」

 ベアリクが言った。


 今日のベアリクは普段着ではなく、仕事着、つまり長いローブを身にまとい、杖を持って来ていた。


「どうしたのベアリク?」

 タリアは驚いている。


「では、事情を話すとするよ」

 俺は説明を始めた。



「無断で子豚を飼ってごめん。

 君に説明するために、今日まで飼っていたんだ。

 今日が終わったら、子豚は煮るなり焼くなり好きにしてくれていいよ」



「話は一週間前、つまり君が教会に行っていた日までさかのぼるんだ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る