第51話 タラン




 その日の夜、俺は宿屋の部屋に入ってからスマホを取り出し、数日ぶりにSMSの着信を確認した。


 着信はハリヤマから数件入っており、どれも当たり障りのない無事を確認する目的のものだった。

 特に用事は思いつかなかったが、久しぶりにメッセージを入れてみることにした。


◇『こんばんは。今日は初めての休暇だったよ。比較的有意義に過ごしました』



 ハリヤマからの返信は十分後に届いた。


◆『お疲れ様です! 久しぶりに連絡をくださいましたね。

 もう元の世界に戻りたくなくなってきておられるのではないかと心配しております!』


◇『どうかな? 元の世界はどうですか? 楽しいかい?』


◆『正直に打ち明けます。楽しくありません(苦笑)』


◆『上司と部下の間で板挟みですから。

 私も休暇がほしい(汗)』


◇『ハリヤマちゃん、前に三百六十五日体制で頑張るって送ってきたけど、本当にそんなに頑張らなくていいからな。

 適度に息抜きをしなさい』


◆『お気遣いありがとうございます!』





 ハリヤマとの交信を終えて、今度はユキにもメッセージを送った。


◇『こんばんは。今日は初めての休暇でした。

 ゆっくりしています』



 ユキからの返信はすぐに届いた。


◆『タカハシさんこんばんは!! 

 元気にしてますか?』


◆『今日は、理学療法士さんに教えてもらって、タカハシさんの筋トレをしましたよ!』


◇『筋トレですか?!』


◆『タカハシさんの体が、寝たきりで固くなって動かなくなってしまわないように、体中の筋肉を動かしてあげるんです。

 やり方を教えてもらったので、明日からもやります(↑)』


◇『なんだか恥ずかしいです。まさか俺全裸か?』


◆『大丈夫です(笑)私が選んだパジャマを着ていますよ!』


◆『理学療法士さんや看護師さんの仕事ぶりを毎日見ていたら、私も看護師になりたくなってきました』


◆『タカハシさん、戻ってきたら、看護師国家試験の勉強法教えてください』


◇『看護師になりたいの? やめときなさい。

 今の仕事の方が合ってるよ』


◆『そんなことないです。

 そろそろ転職を考えてます』



 ユキの日本人離れした顔立ちを思い出した。

 ハリヤマは自分は日本人ではない、と言っていたが、ユキは?


◇『クリタニユキさんって、偽名ですか? 

 日本人じゃない?』


◆『突然ですね(苦笑)本名です。

 日本人です(怒)』


◇『失礼しました。すいません。

 ハリヤマが日本人じゃないし偽名だと自分で言ってたから。

 ユキさんもかなと思ったんだ』


◆『確かに、うちの会社の人達って皆日本人離れした顔立ちしてますよね。

 外資系だし国籍不明って感じの人達ですよね』


◆『でも、私は日本人です!』


◇『あの会社の正体は何? 

 とんでもない金持ちだってことはわかるけど、それ以外が謎すぎる』


◆『私もそう思います。

 すごく給料が良いので就職したんですが、なんだか怪しい部分があるので、長居は無用だと思ってます』


◇『どこの国から来た人達だと思う?』


◆『うー。わかりません。宇宙人?』


◇『実は俺もそう思ってる』


◆『ところでタカハシさん。

 このSMS、会社のパソコンからも見られてますので(苦笑)』


◇『わかってます。

 わざとこういう会話をしてみた』


◆『さすが(笑)』



 この後も、くだらない話をしばらくしてから、交信を終了した。

 そして、寝た。






 翌朝は、普段よりも早起きをして、朝食を摂り、早めに出勤した。

 今日からタリアがいない間、俺が一人で店を開けるのだ。

 

 昨日貼った“closed today”の貼り紙をはがし、店の扉の鍵を開けて中に入った。

 タリアがいつも一人でしていたように、まずは窓を開けて空気の入れ替えをした。

 次に外の水場まで飲み水を汲みに行った。

 そして、軽く店内の掃除をしてから、金庫を開けて保管金額を確認した。

 飲みたいときにいつでも飲めるように、湯を沸かし、お茶をポットに入れておいた。

 この世界のお茶は、紅茶に似た香りがするが、独特の後味がする。



 開店準備が整った所で、早速客が来た。


 これからダイケイブに行く、という冒険者一行だった。

 回復薬と毒消し草を希望したので、適当に見繕って売りつけて帰した。


 次に店に入って来たのは、客ではなかった。

 タリアだった。


「気になったので様子見に来ちゃったわよ」


「まぁ、今日のうちに一度は来るだろうと思ってた」


「どう? 大丈夫そう?」


「まだ開店したばかりだけど、大丈夫なんとかなるよ」


 しばらく、俺はタリアとお茶を飲みながら世間話をした。


「もし何かあったら、近所の子供に小遣いを渡して、私の家まで伝言に来させて。

 そうしたら、店に行くから」


「ありがとう。そういう事がないように頑張るよ」


「ところで、何か隠してない?」


「何?」


「何か変な匂いがする」


「昨日肉料理をたらふく食ったから、体臭がするのかもしれん」


「嫌だ」タリアは笑った


「君は鼻がいいのかい?」


「そうよ私の嗅覚は敏感よ。

 薬草師は五感を研ぎ澄まさないとできない仕事なのよ」


 そう言って、笑顔をみせながらタリアは帰って行った。





 午前中、特にトラブルなく過ごすことができた。

 昼になったら、店を閉め、近所の食堂に昼食を食べに行って帰ってきた。



 午後になって、東の詰所の鐘が鳴った。

 一回鳴って、一拍置いて、一回。


 急患が運ばれてくるようだ。

 昨日東の詰所にしばらく急患は診れない旨を伝えてあるはずなのに。



 しばらくして、馬車が到着した。

 馬車を操ってきたのはオルトガとラディクだった。


「プッピ、すまん。急患を見れないというのは聞いていたのだが、この男がどうしても薬草屋に運んでくれと言うもので……」


 オルトガとラディクの助けを借りて、馬車から降りてきたのは、以前に宿屋で相部屋になったタランだった。



「俺を覚えているか」

 タランが絞り出すような声で言った。


「ああ、覚えてる。タランだな。

 ここで再会しないことを祈ってたんだけどな」


 タランは、腹から血を流していた。

 オルトガとラディクに手伝ってもらい、タランをベッドに運び寝かせた。


 傷は深かった。左の肋骨の下あたりから、すっぱりと刀が入っている。

 よくここまでたどり着いたものだ。

 

 「タラン、聞こえるか。金は払えるか?」


 俺の問いかけに、タランは首を横に振る。

 ……金を持っていないのか。


「プッピ、どうする? 文無しのようだぞ」

 オルトガが俺に聞いた。


「ここまで来たのに何もしないわけにはいかないよ。

 いいぞ。置いて行ってくれ」


「じゃあ、頼んだぞ」

 オルトガとラディクは帰って行った。



 タランの顔色は悪い。

 意識を失いかけているようだ。


 俺は傷口を洗いながら、タランに声掛け続けた。


「おいタラン。

 どんな顛末でこんな怪我をしたんだ? 

 仲間はどうした? 

 一人でここまで帰ってきたのか?」


 タランは苦しそうな表情で、何かを言おうとしているが、声にはならなかった。


 止血作用のあるトラドナを使ってみたが、血が止まらない。

 ジワジワと流れ続けている。


 様子をみたが出血量は変わらないため、別の薬を試してみた。

 しばらくして、流れ出る血の量が軽減してきた気がする。

 しかし、薬が効いたのか、全身の血液量が決定的に失われてしまったのか、どちらかはわからなかった。



 他にできることは思いつかなかった。

 俺は清潔な布切れの束を、傷口の血が一番流れている部分にあてて、圧迫し続けた。


 どれくらいの時間、傷口を押さえ続けていただろうか。

 数分間だったのかもしれないし、数十分間かもしれない。


「プッピ……」


 気づくと、タランが意識を取り戻して俺に向かって話しかけていた。


「タラン。頑張れよ」

 俺は声かけてやった。


「水馬亭で相部屋になった時のことを思い出してな」


 タランが小さな声で喋り始めた。


「あれから、三回、ダイケイブに潜ったんだぜ。

 だいぶ金も稼いだよ。

 しかし今回はな、ダイケイブに潜る前にヤブカラ谷で襲われちまってな。

 不意打ちを食らったんだ。

 仲間は皆殺されたよ。

 俺は馬に乗ってなんとか詰所まで戻ってきたんだが」



「あまり喋ると傷に悪いぞ」



「金なんだけどな、せっかく稼いだ金を、今日全部ゴブリン共に奪われちまったんだ。

 悪いが、治療代は次回払わせてくれ」


「ああ、わかった。必ず払えよ」





「プッピ、ありがとうな」




その言葉を最後にタランは死んだ。


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