第50話 ジャンの工房
雑貨屋の主人は名前はゲータといった。
俺も自分の名前を名乗った。
「今日は仕事はお休みかい?」
とゲータが俺に聞いた。
「臨時休業なんだ。
それで、やることがなくて釣りを思いついてここまで来たんだ」
俺は普段は村の薬草屋で働いていることを話した。
ゲータも自分の仕事の事を話し始めた。
ゲータは入り婿のようで、家では肩身がせまく、雑貨店に出ているときが唯一の息抜きの時間なのだ、と笑いながら言った。
雑貨店は、基本的に船着き場に船が出入りする時以外は暇なのだという。
しばらく歩き、ゲータが勧める釣りポイントに到着した。
俺はゲータから釣り竿を受け取った。餌は小さなカニだった。
ゲータに教えてもらいながら、見様見真似で釣りを始める。
釣り針にカニを取り付け、水面に投げ入れて待ったが、いつまで待っても魚はかからなかった。
そのうち、ゲータが一匹、二匹と魚を釣り始めた。
青緑色をしていて、食べても美味くなさそうな見た目の魚だったが、ゲータに言わせると、炙って食べると美味なのだそうだ。
俺の方はといえば、ちっとも釣れず、だんだんと退屈になってきた。
餌の付け方が悪いのかと、いったん釣り糸を引き上げてみたら、取り付けていたはずのカニが外れてどこかに消えてしまっていた。
どうりで釣れないわけだ、と思い、新しいエサを取り付けようと、釣り針を見ていたら、あるアイディアが頭にひらめいた。
「この釣り針、とても良く出来てますね?
どこで買ったんですか?」
「釣り針は工房から仕入れた物だ。
釣り竿は俺が作った物だし、釣り糸はうちの店の商品だよ」
とゲータは答えた。
俺は、工房の場所を教えてもらった。
村の中心部から北に行った所にある雑貨を専門に作る工房なのだそうだ。
俺はゲータに礼を言って、釣りをおしまいにし、雑貨屋で釣り糸を購入してゲータと別れた。
そして馬車を捕まえ、村の中心部に帰った。
目指す工房は、タリアの店から徒歩で二十分ほどの場所であった。
付近には、工房が何件かまとまって立ち並んでいる。
俺は目的の工房に訪ねて入った。
工房内には年の頃六十歳前後の男が一人。
どうやらここは男が一人で営んでいるようだった。
彼は今、作業机に向かって、何やら細かい作業をしている所だった。
「こんにちは。ちょっとおたずねします」
「やあこんにちは。お客さんかな?」
男は言った。
男の名前はジャンと言った。
この工房を一人で切り盛りしている職人だった。
「西の雑貨屋のゲータが持っている釣り針をみました」
「ああ、何年も前にゲータに売った記憶があるよ。
うちの製品だろうね」
「とても、精巧に作られた品物だと思いました」
「ありがとう。目が良いし、手先が器用なんだ」
ジャンは言った。
俺は、ジャンに頼み事を持ち掛けた。
「私にも釣り針を作ってほしいんです。
ただし、ゲータの釣り針よりも、もっと細く。
できるだけ細くて、丈夫な釣り針を。
切先は可能な限り鋭くしてほしい。
針の先端の“かえし”は不要です。
……できますか?」
「金さえ出してくれれば、作ってみるよ」
と、ジャンが言ってくれた。
次に、報酬の交渉に入った。
ジャンの言い値は金貨二枚と、随分高かった。
「特注だからそれくらいかかる」
とジャンは譲らない。
しばらく粘って、銀貨一枚分だけ負けてもらったが、それ以上は無理だった。
しかし高いからと言って諦めても、他の工房で同質の物を安く作ってもらえるという保証はない。
結局、その金額で了承したが、金貨二枚といえば、俺の全財産では足りない。
タリアに給料の前借りを頼むしかないが……。
とにもかくにも、ジャンに制作を依頼した。
しかし、完成するまでに二週間かかるという。
無理を言って、十日で仕上げてもらうよう頼み、工房を出た。
完成が待ち遠しかった。
自分のアイディアを試すのに、とてもではないが、十日も待てない。
そこで、俺は再度馬車を使い、西の船着き場のゲータの所に舞い戻った。
「あれ? また来たのか。どうした?」
「ジャン、悪いけど、さっきの釣り針を売ってくれないか」
俺は頼み込んだ。
ジャンは嫌がったが、しつこく食い下がる俺に負けて、最後には釣り針を一つ、銀貨一枚で売ってくれた。
時刻は今、午後二時。
今日という休日はまだ半日残されている。
来週、タリアが店に戻ってくるまでに、さきほど俺の中に浮かんだアイディアが実現可能かどうか結論付けるには、今日中に出来ることを試してみるしかない。急げばなんとかなるだろう。
次に俺は馬車を再び走らせ、村の中心部に戻り、ベアリクの家に行った。
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