第49話 川釣り




 その日の朝、タリアは普段どおり俺よりも先に店に出勤していたが、いつもと違い、店の開店の準備を一切していなかった。

 仕事着ではなく、黒のアンサンブルを着て、ぼんやりとした表情で椅子に座っていた。


「昨日の夜、父が亡くなったの」

 タリアが言った。


 病に倒れていたタリアの父マルコスが、昨夜息を引き取ったという。


 タリアと、タリアの妹達が父を看取った。

 タリアは四人姉妹の長女で、父マルコスが倒れて以降、次女と三女が協力して家事や父親の介護にあたり、タリアが父の店を引き継いでいた。

 昨日、タリアが仕事から帰ると、妹達が寝ている父の周りに集まっていた。

 すでに呼吸が浅く意識が無い状態だったという。


 それからしばらくして、タリアが見ている前で、マルコスは最後の言葉も何もなく、眠ったまま死んでいったそうだ。




 これから教会に行くので、今日は店を休業する、と。


「でも、何日も店を閉めているわけにはいかない」

 とタリアは言った。


 明日からは店を開けるとタリアが言うので、無理せずにもっとゆっくり休むよう促した。


「私がいないと店を開けられないし、何日も店を休んだら、沢山の人に迷惑がかかるわ」


「君がいなくても、店は開けることができるよ」

 と、俺は言った。


「俺が店を開ける。

 何、自分に出来る事だけをやるさ。それで十分だろう」



「大丈夫?」


「大丈夫だよ。客が来たら薬を売る。

 俺にわからない相談がきたら、事情を話して断る。

 急患は診ない。

 しばらくの間、診れないことをマケラにも説明しておくよ」


 その後もタリアは、では毎日朝だけ顔を出そうか、とか、昼食を届けるわ、とか、いろいろ提案してきたが、全て却下した。


 結局、今日から少なくとも一週間は妹達と一緒に家で過ごす、という事をタリアに了承させた。


 タリアから店の出入り口と金庫の鍵を預かった。



「どのみち、今日一日くらいは店を閉めても大丈夫よ。

 一人で店を開けるのは明日からになさい」

 とタリアが言うので、そうする事にした。


「じゃあ、教会に行くので帰るわ。

 明日からお願いね。……ありがとう」


「妹さんたちによろしく。

 俺のかわりにお父さんにお別れのことばをかけてやってくれ」


 タリアは家に帰った。






 まず俺は、店の入り口に“closed today”と下手糞な筆記体で書いた紙を貼り付けた。

 村人達に俺の文字が読めるかどうかはわからなかったが、何もないよりはマシだろう。


 そして次に、馬車を呼びつけ、御者に金を渡し、伝令を頼んだ。

 “今日は薬草屋を休業する。明日からもしばらくは急患を診れない。”という内容の伝言を、東の詰所と西の詰所及びマケラの屋敷の三ヶ所に伝えてほしい、と依頼した。

 結構な金額を渡したので、御者は喜んで引き受けてくれた。





 さて。今日はこれから何をするか。


 考えるが、良いアイディアが思い浮かばない。


 毎日、昼間はタリアの店で仕事をして過ごすか、材料採取に出かけているかの生活だったので、休日の暇つぶしの方法が出てこないのだ。


 しばらく考えて、


 ①今日の休みを利用して、借家を探す

 ②ベアリクの職場に行き、そこで過ごす

 ③村の西の船着き場のあたりに行って、釣りでもして過ごす

 

 以上、三つの案を思い浮かべた。


 ①は、確かに必要なことだ。

 いつまでも宿屋で暮らすのではなく、一人でゆっくり落ち着ける家を探したい。

 それに、風呂付きの家なら最高だ。

 ……しかし、なんだか今日は家探しが面倒に思い気が乗らなかった。

 

 ②は、またベアリクの仕事を見学させてもらえば、退屈しのぎにはなるが、ベアリクからしてみれば迷惑千万だろう。


 ……結局、消去法で、③を本日の予定として採用することとした。



 久しぶりの休暇、川で釣りをしてのんびりと過ごす……良いじゃないか。


 

 現実世界で釣りなどしたことないのだが、できるだろうか。

 まぁ、やってみなければわからない。

 


 俺は、馬車を呼び、村の西部のノバラシ河の船着き場に向かった。



 船着き場に到着し、俺は川沿いの歩道をしばらく散策した。

 釣りに向きそうな良い場所はないだろうか。

 探しながら歩くが、そもそも現世でも釣りをしたことが無いので、釣りに適したスポットを見極めることができない。


 俺は船着き場に戻り、近くの雑貨屋に入った。

 雑貨屋内は客は一人も入っておらず、主人が一人、椅子に腰かけてくつろいでいる所だった。


「こんにちは」


 俺は雑貨屋の主人に声かけた。


「やあ、こんにちは。何か探しているのかい?」


「釣り道具は売ってますか? 

 ここの川岸で釣りをしてみたいんだけど、どうしたら良いかな?」


「あんた、釣りしたことないのかい?」


「はい、そうです。やった事ありません」


「じゃあ、道具は貸してやるから、釣り餌を買っておくれよ」


 俺は釣り餌代を払った。

 雑貨店の主人は、奥の部屋に行き、釣り糸のついた釣り竿二本を持って戻ってきた。


「よし、最初は教えてやるから、一緒に行こう」


 主人は店番を放置して、俺の釣りに付き合ってくれるようだった。

 俺は礼を言い、主人について行った。


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