第47話 薬草屋の仕事




 このようにして、俺のこの世界での毎日は過ぎていった。


 忙しい日もあれば、退屈な日もある。

 仕事が忙しい日でなおかつ宿屋で個室が確保できなかった夜は、SMSの着信メッセージを確認することができなかったが、いつ戻れるかもわからない現世からのメッセージを毎日確認した所で、取り立てて急を要する内容であることも少なく、俺はあまり気にしなくなった。


 今では、こちらが用事があるときにはSMSを開いてメッセージを確認し、やり取りするが、用事がない時にはこちらの世界での生活を優先する事にしている。


 始めのうちは、丸一日メッセージに既読がつかないと、ハリヤマが心配することもあったが、そのうちにハリヤマもメッセージのやり取りは俺の都合を優先するというパターンに慣れていってくれた。


 ハリヤマとのやり取りは用事がある時以外はどうでも良かったが、数日に一度、ユキとメッセージのやり取りをする事は、俺にとって楽しみだった。



 ユキは、週に数回俺の家に行き、にぼしにエサを与えてくれている。

 ちなみに俺の家は都営南北線の王子神谷駅から徒歩三分のアパートで、ユキのマンションの最寄り駅は、同じく南北線沿線の飯田橋駅だそうだ。ユキは、休日や仕事帰りを利用して、俺の家に通ってくれている。


◆『悪いと思ったんですけど、勝手に掃除しちゃいました(笑)』


◆『冷蔵庫の中の、消費期限が過ぎた物を処分しておきましたよ!』


 ユキはまるで留守宅を管理する家政婦のように、俺の汚い散らかったアパートの一室を、少しずつ整備してくれていた。


 そしてユキは、植物状態になった俺の肉体の事についても、たまに報告してくる。

 現在俺の体は、高級介護ベッドに乗せられて、二十四時間体制で医師と看護師と介護士が管理しているそうだ。

 また、長期臥床によって筋肉が落ちないように、毎日理学療法士がやってきて、腕や足腰の曲げ伸ばしなどの運動を実施している、とのことだ。



◆『裸のタカハシさんを毎日のように見ているので、慣れちゃいました』

 という、ショッキングな報告もあった。


 医療的・介護的な処置のために全裸にされることがあるのだろう。



 それにしても、全く奇妙な感覚である。

 ユキとは、実際に会ったことは一度しかないのだ。

 それも、たいして盛り上がらなかった世間話を二十分ほどしただけである。

 俺の方は、正直もうユキがどんな顔だったか、朧気にしか覚えていない

 (美人だったことはもちろん覚えている。)。

 それにひきかえユキは、俺の自宅の隅々までを熟知し、俺が可愛がっていた猫を手なずけ、毎日俺の全裸を眺めているのだ。

 元の世界に戻ったときは、どんな顔をしてユキと会えばいいのか? なんと声かければいいのか……。




 ……ハリヤマとの交信の話に戻そう。

 数日に一度のハリヤマとのメッセージのやり取りでは、必要な事があれば、伝えるようにした。


 先日は、薬草学についての書物を読む際に、見た事の無い言語と英語がごちゃ混ぜになっている状況を伝えた。

 なんとかならないものか? と俺は聞いたが、すでに構築されている世界のデザインは変更が難しい、とのことだった。


◆『例えば、もし、タカハシさんがどうしてもアイランドでの言語・文字を英語もしくは日本語に統一してほしいと言われたとします。

 実はそれ自体は技術的にそれほど難しいことでは無いかもしれません。私はエンジニアではないので、詳しくはわかりませんが、設定画面を開いて、言語設定の所を少し修正する程度で出来るのではないでしょうか。

 しかし、その設定変更を、タカハシさんのいる世界に反映させるためには、プログラム全体の再起動が必要です』


◆『タカハシさんの意識全体がアイランドに転移している今の状態で、プログラム全体を再起動することが、タカハシさんにどんな影響を及ぼすのか未知数なのです。

 つまり、現状、アイランドプログラムを再起動させるということは、タカハシさん自身をも再起動させることを意味するわけで……。

 想定されるリスクがゼロではないので、残念ながら現時点では実行できない選択肢なのです』



 俺は、自分が“再起動”される所を想像してみようとしたが、全くイメージできなかった。

 下手なことをして二度とこの世界から戻れなくなるようなことになっても困るので、書物の文字については諦めるしかなかった。


 ただ、ハリヤマは、俺に英和辞書をプレゼントしてくれた。

 俺のスマホの“ISLAND”アプリの中に、英和辞書ツールをアップデートしてくれたのだ。

 辞書があれば、少なくとも英語で表記されている部分について、わからない単語の意味を調べる事ができる。

 こうして、ごくわずかではあるが、読書についての問題が改善された。




 店が暇な時間帯、特に午前中は、タリアは俺に書物を読んで理解を深めることを指示してきた。

 俺は机に向かい、英語で書かれた部分を拾い読みし、全体の内容を推理する、という作業に没頭した。

 わからない単語は、ハリヤマがアップデートしてくれた辞書ツールをこっそり使って調べた。


 そんな毎日を繰り返すうちに、少しずつではあるが、俺も薬草のことが、わかるようになってきた。

 店に陳列・保管されている薬草の種類や分類についても、自分なりにメモをまとめたりして、ある程度の見当がつくようにした。


 今では、タリアが手が離せないときは、俺がかわりに客の対応をして、客の要望を聞き、要望に合った薬草や薬を在庫から取り出して、販売するということも出来るようになった。


 


 次に、材料の入手について話そう。


 以前に述べたように、薬草屋の仕事は、薬草・薬の販売だけではない。

 薬の原材料となるものの入手が、大事な仕事の一つである。


 俺とラモンでヤブカラ谷まで黒トウガラシを採りに行ったように、一部の薬草類は、自ら採取に行かなければならない。

 あの騒動の後も、俺はタリアに頼まれて、東の森まで行きキノコを採取してきたし、村の西側にも何度か足を伸ばした。


 ちなみに村の西側には、ノバラシ河という名前のとても大きな河が流れている。

 村から北にあるケム湖から流れる大きな河だ。

 川沿いには船着き場がいくつかあり、比較的大きな船が、そこを出入りしている。

 船は、この村で生産された工芸品を、河の下流のダマスの街まで運ぶ。

 そして船はダマスの街で日用品等を積み、河を上ってこの村まで帰ってくる。

 また、反対に河の上流へ行けば、ケム湖の湖畔のクイナの村と連絡している。

 ノバラシ河は、この村と周辺の地域を結ぶ、村の交易の拠点となっているのだ。

 

 大抵の原材料は、月に一度ダマスの街からノバラシ河の交易船に乗ってやってくる商人から仕入れを行っている。

 タリアの店は、この村の問屋のような役割も持っている。

 タリアが商人から薬草の原材料他、物品を大量に買い上げ、そのうちの一部はタリアの店の陳列棚や倉庫に保管される。

 そして一部は、タリアが箱詰めして、村の東部や西部にある雑貨店に回される。

 またこの時、調合が必要な薬草類は、タリアが調合まで済ませて雑貨店に回る。


 この世界の雑貨店は、なんでも屋のようなもので、様々なアイテムがそこで取引されているようだ。

 タリアの店からは回復薬や各種薬草が入荷されるし、武器屋・防具屋からも一部の装備品が届く。

 その他日用品など、様々な物を販売する店が、この世界における雑貨店だ。

 安売りショップの“ドン・キホーテ”のようなもの、といえばわかりやすいだろうか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る