level.3
第43話 ザウロスの噂
今日は早く帰って休めとタリアに急かされて、閉店前に店を出た。
時刻を確認するとまだ午後六時だった。
ふと思い立ち、俺は馬車を呼び止め、マケラの屋敷へ向かった。
もし今日、一人でヤブカラ谷まで行っていたら、俺はゴブリンに殺されていただろう。
マケラに礼を言わねばなるまい。
屋敷に到着し、入り口で門番に突然出向いた旨を説明した。
門番は「しばらくお待ちください」と言い、邸内に入って行った。
しばらくすると、門番が戻ってきて、
「お待たせしました。マケラ様がお会いになりますのでお入りください」
と言って、門を開けてくれた。
「おおプッピ! 聞いたぞ。大変だったな。無事で何よりだ」
俺は突然訪問した非礼を詫び、重ねて、ヤブカラ谷へラモンを同行させるという取り計らいを仲介してくれたことに対して礼を言った。
「ラモンを同行させておいて良かった。
まさかゴブリンが森の入り口まで追ってくるような事は、さすがの私も予想していなかったが」
マケラは言った。
突然訪問したにも関わらず、マケラは俺を夕食に招待してくれた。
また、今日は食事の後、泊まっていけばいい、とも誘ってくれた。
実をいえばこの数日風呂に入っていないし、今日はゴブリンの血を浴びて服も体も汚れたので、マケラの屋敷の温泉に浸からせてもらえたら……と思っていたのだ。
そこで俺は、
「それは嬉しいお誘いです。遠慮なくお言葉に甘えさせてもらいます」
と礼を言った。
「良ければ、食事の前に温泉に浸かってきたらどうだ?」
とマケラに勧められたので、俺は嬉々として中庭の奥の温泉に向かった。
温泉の湯は、疲れた体を癒してくれた。
ゴブリンの悪臭のする返り血を浴びた後、ずっと気持ちが悪かったのだ。
良く気の付くマケラは、風呂だけでなく、俺に新しい衣類まで貸し出してくれた。
夕食は、豪華な御馳走だった。
今夜もまた、ノーラが同席し三人で会話をしながらの楽しい食事会となった。
話題は今日の料理についてから、ノーラの料理の腕前の話にうつり、マケラの酒癖の話にうつった。
それから、俺の薬草屋での仕事の話になり、忙しく働く日々を面白おかしく脚色して話してみせたところ、それなりに二人に受けた。
ノーラもよく笑い、マケラも表情柔らかく、俺も楽しかった。
食事会が終わり、ノーラが俺とマケラに挨拶して寝室に戻って行ってから、話題は今回のゴブリン襲撃の件に移った。
「しかし、今回の事件は大問題だ。
私達はダイケイブの魔物がヤブカラ谷はともかく、村の手前の森の入口までやってくるという事までは考えていなかった。
今後は、村の東の警備の体制を見直さなくてはなるまい」
とマケラは言った。
「悪の魔法使いザウロスがダイケイブの黒幕なのではないかという説はどう思いますか?」
俺は、ラモンの話をマケラにぶつけてみた。
「うむ……。おぬしも知っていたか。
個人的な意見だが、ザウロスの噂は真実だと思っている。
ダイケイブはいにしえの時代から存在するダンジョンだ。
しかし、以前はよほど奥深くまで入り込まなければ魔物など出現しないような場所だったのだ。
それが、急に魔物の数が増え、一歩でも足を踏み入れれば命の危険がある場所となった。
これほど短期間でダンジョンの様相が変わったその要因は、私にはザウロスの仕業としか思えない。
恐らく彼がダイケイブに居を構えたのだ。
そして恐ろしい術を駆使してダイケイブを屈指の魔物達の巣窟と変えたのだと思う」
マケラは腕組みをして目を閉じ、話を続けた。
「ただし、私はこの話を広めるつもりはない。
トンビ村からそれほど遠くないダイケイブにザウロスがいるに違いない、という話になれば、村民は今以上に脅えて暮らすことになるだろう。
せっかくここまで繁栄した村の経済も冷え込むことになりかねない。
ザウロスの噂が広まるよりは、今のように金銀財宝の噂が広まっているほうが、よほどマシだ。
……ザウロスの話は、ラモンから聞いたのだろう? 奴を言い含めておかなければならぬな。
そんな噂がこれ以上広まっては困るのだ」
「ラモンには気の毒なことをしました。
私がもう少ししっかりしていれば、二人とも無傷でゴブリン共を撃退することができていたと思います」
俺は言った。
本当にラモンには申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
「いや、気にするな。ラモンはこの村で一番の弓の使い手だ。
そのラモンですら手こずったのだ。
よほどの難敵だったに違いない。
プッピ、おぬしの働きがあったからこそ、ゴブリン共を倒すことができたのだと私は思うぞ」
マケラが慰めてくれた。
「しかし、不安なことが一つ。
ザウロスの先兵をこのような形で皆殺しにしたことで、新たな火種がつかなければ良いが……」
ラモンの推測が正しければ、状況は思わしくない。
ゴブリン共が、偶然にも俺と同じくあの原っぱの黒トウガラシを採りにきていたのだとすれば、俺達は黒トウガラシを横取りして、なおかつゴブリンを皆殺しにしてトンビ村に帰ってきた、という事になる。
ザウロスがダイケイブにいるという説が真実だとすれば、このまま見逃すという選択肢はなかろう。
「もしザウロスがダイケイブにいるのなら、今回の事に対して、何らかの報復をしてくるかもしれない、と?」
俺は、マケラに問いかけた。
マケラはため息をつく
「そのとおり。下手をすれば戦争になる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます