第42話 治療




 しばらく歩き、森の出口に差し掛かったところで、東の詰所から来てくれたオルトガともう一人の救援者と出会うことができた。

 幸いなことに、オルトガ達は馬に乗ってやってきていた。


「大丈夫か。なんてことだ、怪我をしているじゃないか。

 ラモン、馬に乗れ。急いで帰ろう」


 オルトガが、手を貸してラモンを馬に跨らせた。

 俺も、もう一頭の馬に跨らせてもらった。

 もう一人の救援者はラディクという若い男だった。

 俺は馬の背の、ラディクの跨るその後ろに乗せてもらった。


 そして二頭の馬は村の詰所に急行した。



 東の詰所に着くと、

「このままタリアの店に行こう。いいか?」

 オルトガが言った。


「もちろんだ。急ごう」

 俺は答えた。


 オルトガは東の詰所の番兵に、鐘を鳴らせと指示した。

 我々は、鐘の音を背に、馬で村の中心部まで急いだ。




 間もなく我々はタリアの店に到着したが、残念なことにタリアは店にいなかった。

 “少しの間留守にします”という看板が店の入り口に出されている。


 仕方がない。


 とにかく、俺はオルトガとラディクと協力してラモンを馬から降ろさせ、店内のベッドに連れて行き、寝かせた。


「ラモン、痛いだろうが治療の邪魔になるので服を脱いでくれ」

 俺は言った。

 オルトガがラモンの脱衣を手伝った。




 さぁ、これからどうしたらいい?



 就職四日目にして、早くも怪我人を一人で対処することになってしまった。

 タリアはどこに行ったのだろう。

 すぐに戻ってくるに違いないとは思ったが、それまで何もせずにぼんやり過ごしているわけにはいかない。


 俺はオルトガとラディクに、湯を沸かすのと、水をたっぷりと運んでくることを頼んだ。


 そして、ラモンの傷口を見た。

 左の肩口から約二〇cmほど、ざっくりと斬られている。

 ただ、斬りこみが浅かったため、深部までは切れ込んではおらず、比較的傷は浅いように見えた。


 まずは、傷口を洗わなければ。

 俺はオルトガが汲んで来てくれた水を少しずつ傷口にかけて、洗い流した。

 何度も何度も洗い流しを繰り返す。

 錆びてボロボロの剣で傷つけられた傷口だ。

 洗いすぎて悪いことはないだろう。


 ラモンは、痛みをこらえているようだった。

 そりゃ痛いだろう。


 俺は、昨日の診察でタリアが使っていた、リドンと呼ばれる壺に入ったドロリとした液体を柄杓ですくい、ラモンの傷口に満遍なく垂らしていった。


「これで、とりあえず痛みは引くはずだ」

 俺はラモンに説明した。


 次に、トラドナと呼ばれる軟膏を取り出し、傷口にたっぷりと塗布した。

 はたしてこれで出血がとまるだろうか。


 俺は治療材料が保管されている棚から、A4サイズくらいの大きさの清潔な白い布を探し出し、それをひとつかみ、ラモンの傷口にぎゅっとあてるようにして固定した。

 最後に、包帯を巻いた。



 処置は、これでいいのだろうか。

 わからない。タリアまだか。




 そう思っていたら、タリアが外出から帰ってきた。


「急用ができてちょっと出かけていたの。ごめん!」

 タリアは言った。


 俺はタリアに状況を説明した。

 ゴブリンに襲われて、ボロボロに錆びた剣で斬られた、と。

 しかし傷口はそれほど深くないようだったので、昨日の診察と同じように、トラドナを塗って、圧迫して、包帯を巻いたところだ、と言った。


 タリアは確認のため、俺が巻いた包帯をほどき、圧迫していた布をどかして傷口を見た。


「なんとか出血は止まりそうね。処置はこれで大丈夫よ。よく出来てるわ」



 その後、タリアはラモンに回復薬と滋養強壮の薬を飲ませた。

 それから、「傷が膿んだりしないように念のため」といって、毒消しの薬草なるものを数日分処方した。


「プッピ、おかげで助かったよ。ありがとうな」

 ラモンが俺に礼を言った。


「あんた、まだ薬草屋で働いて数日にしちゃ、良い腕してるじゃないか」

 オルトガが俺を褒めてくれた。



 その後、オルトガとラディクは先に帰り、ラモンはしばらくベッドで休んでから帰って行った。





 閉店後だった。

 タリアは仕事の手を止めて、急に後ろを向き、下を向いて肩を震わせた。

 しばらく迷って、声をかけようとしたとき、タリアが振り向いて、目に涙を浮かばせながら俺の両手をとり、

「危ない目に遭わせてごめん!」

 と謝ってきた。


 俺の方はラモンに守ってもらい怪我をしなかったから、なんということはない、大丈夫だ、と俺はタリアに言った。



 タリアはしばらく泣いていた。


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