第40話 ゴブリン




 くねくねと曲がる谷間を延々と進んでいる所で、ポツリポツリと雨が降り出した。

 その時だった。

 隣を歩いていたラモンが急に俺の肘を掴んで言った。


「おい。……まずいぞ」


「どうした? またスライムか?」

 俺は聞いた。


「違う。どうもトウガラシの原っぱからずっと、尾けられているようだ。

 気を付けて後ろを振り返って見てみろ」


 俺はさりげなく後ろを振り返って見たが、何も異常を感じることはできなかった。


「わからん。何だ?」


 ラモンの表情が険しい。


「多分、ダイケイブのゴブリンどもだ」


「本当か! ……何匹?」

 自然と小声になる。


「わからん。二匹か三匹だろう。

 ずっと遠くを、気が付かれないようにして尾けてきてやがるな」


 なんということだ。

 先ほどのスライムとの遭遇の際は呆気なくラモンが退治してくれたが、相手が複数、それもゴブリンとあっては、簡単な話ではないだろう。


「で、どうするんだラモン? 戦うのか? 

 ……言っとくけど、俺は使い物にならんぜ」

 俺は念のためラモンにことわりを入れた。


「わかってる。逃げよう。

 できるだけ速足で、さっさと谷を抜けちまおうぜ」

 ラモンが言った。


 俺とラモンは足を速めた。

 しかし、この先もずっと一本道だが……。




 そこからは、俺もラモンも、一言も口を聞かずに、ただ速足で谷間の一本道を急いだ。

 後ろを振り返っても、俺には魔物の姿を確認することは出来なかったが、何やら重たい空気が立ち籠めているのは、俺にもわかった。

 姿は見えないが、追われているというプレッシャーを確実に感じていた。



「もし戦闘になったらどうなる?」

 俺は黙って歩くのが辛くなり、ラモンに話かけた。


「俺は弓だ。おまえは短剣を持ってる。

 だから俺が後ろの敵を弓で狙って殺して、おまえは、前の敵を倒す。

 それしかない。

 でもな、これは相手が二匹だったときの話だ。

 三匹だったら、俺かお前のどっちかは最初の一撃を食らうことになる」


 ……聞かなければよかった。

 俺はラモンの話を聞いて、この後、場合によっては魔物と対峙することになるかもしれない、という現実を受け入れざるを得なくなった。

 見た事もない魔物に命を狙われているという恐怖が、俺を襲っている。

 心臓の鼓動が激しくなっている。

 手に汗を握っている。

 さきほどから、はぁはぁと口で呼吸をしていて、喉が渇く。




「しかし、どうしてまた、奴らはいつまでも俺達を尾けてくるんだ」

 俺は聞いた。


「まさにそれだ。こんな事は今までなかったことだ。

 ダイケイブの魔物が谷まで出てくるのも珍しいし、いつまでたっても尾けるのをやめて引き返さないのもおかしい。

 もしかしたら、最近ダイケイブに入って命を落とす冒険者が増えて、奴ら人間の肉の味を覚えてしまったのかもしれんな。

 俺達を襲うタイミングをみていて、いつまでも判断できずにここまで尾いてきてやがるのかもしれん。

 ……諦めて引き返しゃあいいのに」



 しばらくして、ラモンが思いついたように言った。


「あるいは、奴らも黒トウガラシを採りにダイケイブからあの原っぱに来ていたのかもしれん。

 そうしたら、俺達があらかた採って行ってしまったので、怒って追いかけてきているのかも」



「ゴブリンが黒トウガラシを必要とするのか?」

 俺は聞いた。


「これは噂だけどな、そもそもダイケイブに魔物が棲むようになったのは、悪の魔法使いの仕業なのではないかと、言われている。

 悪の魔法使いがダンジョンの最深部を寝倉にして居付き、魔物たちを従えているのではないかとな。

 もし、魔法使いがいて魔物どもを従えているのが本当なら、そいつの命令で黒トウガラシを採りにくることはあるかもしれん。

 黒トウガラシは魔術をかける時にも使うことがあるんだよ」ラモンは言った。



「あんた、ここに来る前はダマスの街にいたんだろう。

 悪の魔法使いザウロスの事を聞いたことがあるだろう?」


「ああ、ううん」

 俺は曖昧に返事をした。


「実はザウロスは、以前はダドゥーリーの砦を居城にしていたが、そこを追われて今は行方不明なのだ。

 ザウロスが今どこで何をしているのか、皆が気にしている。

 ダイケイブに居付いた悪の魔法使いは、ザウロスその人なのでないか、という噂を俺は前に聞いたことがあるのだ。

 その時は、眉唾物の噂だと聞き流したのだが、俺は今、こうしてゴブリンに追われている状況に遭遇して、ザウロスがダイケイブの首領になったという説はあながち嘘じゃないと思い始めたよ」




 我々はヤブカラ谷を抜け、森の入り口までたどりついた。


「いよいよ森の入り口まで来てしまった。

 これ以上奴らを村に近づけるわけにはいかない。

 ここらで奴らと対決するしかないな。

 プッピ、覚悟を決めろよ」

 ラモンは言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る