第39話 ヤブカラ谷へ




 翌日の朝、俺は以前に領主マケラから貰い受けた短剣を腰にさし、ひとまずタリアの店に出勤した。


「トウガラシの実は、赤いのと緑のと、黒いのがある。

 必要なのは黒トウガラシの実よ。

 できるだけ、持てるだけ採ってきてほしいの」

 タリアは俺に言った。


 タリアは道中で食べるための弁当を作ってくれていた。

 弁当を俺に手渡してくれたので、俺は礼を言った。


「谷のどのあたりに自生しているんだい? 

 俺にわかるだろうか」


「詳しく説明しようと思ってたけど、今日はラモンが同行するのなら、彼について行けば大丈夫よ」

 とタリアは言った。


 つまり、ラモンに案内してもらえということか。

 それなら、はじめから金を払ってラモンに頼めば良いじゃないか、と思ったが、口には出さないでおくことにした。


「行ってらっしゃい。気を付けてね!」


 俺は店を出て、東の詰所に行くために馬車を使った。

 村の中心地にあるタリアの店の近くから村の東端まで、運賃は銅貨三枚だった。

 高いのか安いのか、俺にはよくわからない。


 東の詰所に到着すると、ノッポが詰所の前に立って俺を待っていた。


「やあ、おはよう。領主様から聞いてるぞ。ヤブカラ谷までピクニックに行こうじゃないか」


 どうやら、ノッポの名前がラモンだったらしい。

 ちなみに口ひげの方の名前はオルトガと言うのだそうだ。



 空はどんよりとした雲に覆われていて、今にも雨が降りそうな気配があった。

 俺とラモンは、村を出て森につながる一本道を歩く。



「降ってきそうだな。夕方まで天気がもつといいが」

 ラモンが言った。


「ヤブカラ谷までの往復は、一日仕事になると思っていた方が良いのかな?」

 俺はラモンに質問した。


「そうだ。谷まで行くのは、それほど時間はかからないが、谷に入ってから、目的地までがちょっと遠いからなぁ。

 黒トウガラシを採りたいんだろう?」


 ラモンのいうとおり、森を抜けてヤブカラ谷に入るまでの道のりは思ったよりもすぐだった。

 そしてその後、谷間のくねくねと曲がった一本道を延々と進んだ。

 そのうち、谷間が広く開けて、沼地に出た。

 沼地を越えてさらに歩くと、やっと目的地だった。

 ラモンの目を盗んでスマホで時刻を確認すると、十一時を回っていたので、三時間以上歩き続けたことになる。



「ほら、あそこと……、あそこに、黒トウガラシが自生しとろう。どれ、俺も手伝うぞ」

 ラモンも黒トウガラシの採取を手伝ってくれたので、背負い袋いっぱいになるまで実を採取するのに、それほど時間はかからなかった。


 採取が完了した所で、我々は昼食を摂ることとした。

 俺はパンとチーズを、ラモンはパンと干し肉を持ってきていたので、二人で相談して、お互いの食物を半々に分け合い、仲良く半分ずつ食べた。


「ダイケイブはもっと先にあるのかい?」


 ヤブカラ谷をだいぶ深くまで歩いてきたので、俺はそこが気になっていた。

 魔物の棲むダンジョンには近づきたくない。


「ダイケイブはまだ先だよ。

 トンビ村からダイケイブまで歩いていくと、だいたい朝方出発して、着くのは夕方になる。

 つまり、ここからダイケイブまで行くとしたら、さらに夕方まで歩くことになる。

 ……そうか、ダイケイブに近づくのが恐ろしいんだな?」

 ラモンは笑ってそう言った。


「そのとおり。怖い場所には近づきたくないし、怖い目にも遭いたくないよ」

 俺は答えた。


「大丈夫だプッピ。安心しろ。

 ダイケイブに棲む魔物がここまで出張ってくることはないと思うぜ。

 それに、もし魔物が襲ってきても、この俺が守ってやるよ」

 今日もラモンは背中に弓を担いで来ていた。


「さぁ、雨が降り出す前に帰ろう」




 帰り道の途中、急にラモンが


「おっと、気をつけろ、そこだ」


 と左前方の地面を指した。


 プルプルと震える気持ちの悪い物体がこちらに向けて這うように近づいてきていた。

 まるで透き通ったウミウシのような物体だ。

 座布団くらいの大きさで、意思を持って動いているように見える。


「スライムだ。小せえな。

 避けて歩いてもいいが、仕留めとこうか」


 ラモンが弓をつがえて、狙いを定めて矢を射った。

 矢は見事にスライムに命中した。

 スライムはブルブルっと震えた後、塩をかけられたナメクジのように少しだけ萎んで、それから動かなくなった。


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