第38話 頼み事




 その後何人か客が来たが、本日は昨日に比べればずっと平和な一日だった。

 閉店して店を出て、スマホを取り出し時刻を確認すると、まだ夜の七時前だった。


 今日も水馬亭に行き、夕食を食べて、部屋に入った。

 一人になったところで、SMSのメッセージを確認する。



< 4月5日(金)>

◆『仕事には慣れましたか? 

 困っている事はありませんか』午後1:23


◆『伺いたいことがあるので、連絡お願いします』午後1:25


 俺はハリヤマに返信した。


◇『昨日は疲れたけど、今日は特に問題なく過ごせたよ。

 ところで聞きたいことって何?』


 ハリヤマからの返信は、十分後に届いた。


◆『実は、上の者から指摘を受けまして、タカハシさんに確認させていただきたいことがあります』


◆『タカハシさんは、長期間、帰宅できない形となってしまいましたが、ご家族や、お友達は心配されませんか? 

 例えば、連絡がとれずに心配したご家族が、タカハシさんが自宅を長期不在にしている事に気づいて、警察に通報したりといったことがありそうですか?』

 


 なるほど。俺は元の世界では、長期間行方不明という形になるのだ。

 問題が生じる前に確認するよう上司に命令されたのだろう。



◇『俺は離婚して独り身だし、親とも疎遠だ。

 失業中だから職場から電話がかかることもない。

 友達はいるけど、しばらく連絡がとれないからと言って余計な心配をするような事はないと思う。

 別れた妻も、わざわざ家まで来るようなことはない。

 大丈夫だよ』


◆『実は、タカハシさんのスマートフォンから、たまに着信音が鳴るのです。

 もちろんロックがかかっていますし、わざわざ解除して中身を確認したりはしていないのですが、今後はどうしましょう』


◇『気になるなら、中身を見てもらってもいいよ。

 指紋認証だけど、俺の体はそっちにあるから解除できるだろ』


◆『わかりました。

 では、すみませんが、念のため私物のスマホのロックを解除させておいていただきます』



 ……思い出した。長期不在にすることで、一つだけ気になることがあった。


 少し考えて、この件はハリヤマではなく、後でユキに頼もう、と思った。



 俺はハリヤマに別の質問をすることにした。


◇『ところで質問。そっちでは、どうやって俺のSMSのメッセージを見ているの? 会社のパソコン画面から?』


◆『もうすでにお気づきだと思いますが、このSMSは、緑色の縁取りに白い吹き出しのアイコンで有名な、あのメッセージアプリを模した、仮想アプリケーションです。

 “ISLANDサポート”というプログラムの内部に構成されています。

 タカハシさんからのメッセージをサーバーで受信したら、私の私物のスマートフォンに内容が転送されるようになっています。

 私のスマホにも、SMSがインストールされていますので、タカハシさんとスマホ経由でメッセージのやり取りをすることができます』


◆『ですので、いつでも連絡してくださってかまいません』


◆『メッセージの内容によっては、時間帯によりすぐにお答えできないこともあるかと思いますが』


◇『よくわかりました。

 ところで、クリタニさんと友だち登録したよ?』


◆『承知しています。

 栗谷のスマホにも私と同様にタカハシさんのメッセージが転送されるようになっています』


◆『栗谷にタカハシさんの身体状態の管理を担当させておりまして、SMSメンバー追加も私が栗谷に指示いたしました』


◇『なるほど。わかりました。

 ところで、そっちの世界とこっちの世界で時差はあるのかな?』


◆『今のところ、ほとんど時差はありません。

 ただ、これからは、こちらの世界とそちらの世界で時差が生じる可能性もあります。

 しかし、それほど気になさらないで大丈夫と思います。』


◆『私はタカハシさんが無事戻ってこられるまで、二十四時間三百六十五日体制でサポートをさせていただきますので、いつでも連絡してください』


◇『もう一つ質問いいかい?

 このスマホはどこで充電したらいいの』


◆『そのスマホは充電しなくても大丈夫です(笑)ただし、物理的に壊してしまうことだけは気を付けてください。ちょっとやそっとの事では壊れない作りですが、無理をすれば壊れることもあります。スマホが壊れてしまったら、連絡の手段がなくなりますので』


◇『そうかい。わかった』


◆『これからもよろしくお願いいたします』




 俺はハリヤマとの交信を終え、次にユキからのメッセージを確認した。


< 4月5日(金)>

◆『タカハシさんお疲れ様です! 今日は疲れてませんか?

 あまり無理しないように頑張ってくださいね(キラキラ)』午後5:13



 俺はユキにメッセージを送った。

◇『こんばんは。今日は平和な一日でした』


◇『ユキさんに、折り入って頼みがあるんだ』



 ユキからの返信は十五分ほど経ってから届いた。


◆『お疲れ様です! 頼みって何ですか?』


◇『すごく図々しいお願いなんだけど、いいかな』


◆『どうぞ』


◇『猫がいるんだ』


◆『猫を飼ってるんですか?』


◇『違う。飼ってるわけじゃない。

 近所の野良猫なんだけど、いつもエサを与えてやっていたんだ』


◆『なるほど。タカハシさんのご自宅に行って、その猫ちゃんにエサをあげてきましょうか』


◇『うん。毎日じゃなくていいから、たまに、週に一度か二度、様子を見に行って、エサを与えてほしいんだ。本当に悪いけど』


◆『いいですよ(OK)! 不定期でも構わなければ』


◇『面倒なことを、本当にごめん。ありがとう!!』


◇『家の鍵は、俺の荷物の中に入ってるのを持ってていい。

 玄関を開けて、ベランダに出ると、猫用の皿がある。

 皿にエサを入れておけば、後で勝手に食べにくるから』


◆『了解です。猫ちゃんのご飯はどんな物をあげればいいですか?』


◇『煮干しをひとつかみと、チーズスティック』


◆『わかりました! 猫ちゃんの名前はなんていうんですか?』


◇『名前はないんだ。基本野良猫だしね』


◆『じゃあいつもなんて呼ぶの?』


◇『呼ばないんだ』


◆『じゃあ、私が勝手に名前をつけちゃってもいいいですか?』


◇『全然かまわないよ。でもなんて名前?』


◆『猫ちゃん本人に会ってから、良い名前を考えたいと思います。

 また連絡しますね(ネコ)』


◇『ありがとう! 恩に着ます』


◆『おやすみなさい(zzz)』


◇『おやすみ』


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