第37話 傷の治療




 午前中は読書で終わった。

 午後からは店番を手伝うことになったが、午後の仕事のかかりにやって来たのは、領主マケラだった。


「タリア、ごきげんよう。プッピよ、調子はどうだ?」


 マケラは俺の様子を見に寄ってくれたのだ。

 俺は礼を言い、タリアに教えてもらいながら頑張っている、と近況を報告した。


 明日俺をヤブカラ谷まで材料採取に行かせる予定であることを、タリアが何の気なしにマケラに話したところ、


「プッピを一人で行かせるのか? 大丈夫か……」

 と、俺のことを心配してくれた。


「大丈夫よ。私が行ったっていいくらいよ。

 でもプッピはまだ一人で店番はできないもの。

 大丈夫でしょ? ねえ?」

 タリアが俺に言う。


「いや、タリアよ。最近は物騒だぞ。

 ヤブカラ谷も安全な場所ではない。

 ダイケイブから魔物が降りてくることも、あるかもしれない」

 と、マケラは言った。



 タリアは、心配しすぎだ大丈夫だ、と主張したが、マケラは、いや今の時期は危ない、プッピ一人で行かせるのは心配だ、と、譲らなかった。


 結局、マケラの取り計らいで、明日は東の詰所の番兵が一人、俺に同行してくれる事となった。




「護衛付きで出かけるなんて、どれだけ偉いのよあんたは」

 タリアはマケラに言い負かされたので、機嫌が悪くなった様子だ。


「プッピ、明日はまず東の詰所に立ち寄るのだ。

 ラモンには私から頼んでおく」


 ラモンとはきっと、あの番兵のノッポか口ひげのどちらかだろう。

 いずれにせよ有難い。

 俺はマケラに礼を言った。




 マケラが店を出て行った直後に、客が入店してきた。

 左腕から血を流している中年の男だ。

 タリアの指示で、俺は客をベッドに案内し、座らせた。


「言い合いから刃物沙汰になってしまった」

 とその男は説明した。

 

 なんでも、酒場で隣の席の男に因縁をつけられ、売り文句に買い文句で、はじめのうちは押し合い殴り合いの喧嘩だったのが、相手が突然ナイフを抜いてきて、揉み合っているうちに腕を斬りつけられたのだ、と。


「相手は血を見て逃げちまった。糞が」

 男は怒っている。


 タリアはまず、患者をベッドに寝かせ、傷口を水で洗った。

 すると男は「痛え痛え!」とじたばたと暴れ出した。


「痛みがおさまるようにしてあげるから、ちょっとじっとしてて」

 とタリアは言いながら、陶磁器の壺に入った、透明のドロリとした液体をすくい、傷口に塗り付けた。


 そしてその後に、昨日も使っていた軟膏を傷口におもむろに塗り付けた。

 しばらくすると、傷は塞がっていないものの、出血は止まった。

 その後は包帯を巻き、最後に何やら飲み薬を処方した。


「助かった。ありがとうよ」

 と言って、男は金を払って出て行った。





「まずは、傷口をよく洗って、確かめることが大事よ」

 タリアは言った。


「で、痛みや苦痛が強いときは、この塗り薬を使う」


 タリアが指さした先には、さきほどの陶磁器の壺に入ったどろりとした液体があった。

 リドンという名のこの薬は、斑蛙という生き物の臓物の汁を元にして作ったものだそうだ。


「これを塗るとね、しばらくの間、塗った部位が麻痺するの。

 痛みを感じなくなる。

 処置中にあんまり痛がって暴れるときは、使うことがあるわ」


 タリアの説明を聞くに、もしかしたらこの、“リドン”は、いわゆる局所麻酔のようなものなのかもしれない、と思った。


「それからこの軟膏を塗るの。

 “トラドナ”という名前の薬よ。

 うまくいけば、塗ってしばらくしたら出血が止まる。

 今日の客にはうまく効いたわね。

 効かない時も多いのよ」



「効かないときはどうなる?」


「薬が効かない時は、別の薬を使ってみる。

 それでもダメだったら、自然に血が止まるのを祈るしかない。

 でも、もちろん、血が止まらずに死ぬ場合もあるわ」



 では、帰る前に客に持たせた内服薬は何だ? と俺はタリアに質問した。


「あれは、ただの滋養薬よ。

 ついでに売りつけただけ。

 その分治療費を上乗せしたの」


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