第36話 薬草師の基本




 寝ている間に俺は、女神リーナと魚釣りをする夢を見た。

 朝、目覚めたときに、まさかまた俺は死んだのかと一瞬焦ったが、よくよく考えれば単なる夢を見ていただけだった。




 今日もまた、身支度をしてタリアの店に出勤する。


 店に着くと、すでにタリアは仕事に取り掛かっていて、村の西側にあるという雑貨店に卸す薬草の箱詰め作業をしている所だった。

 タリアを手伝おうとするが、一人でできるから大丈夫だ、と断られた。


「午前中は、この本を読んで勉強していたらいいわ」


 タリアは俺に分厚い書物を手渡した。

 薬草学の基本が書かれた書のようだ。


 俺は渋々本を受け取り、机に向かい、本に目を通し始めた。

 渡された本の表紙に書かれている文字は、俺には全く読み取ることのできない物だった。

 中身をみるとやはり見た事のない文字ばかりだが、一部には字体が大きく崩れた英語筆記体で書かれた文章も混ざっていた。


 ただでさえ英語は得意な方ではないのに、そこに全く意味不明の文字で書かれた文章が混ぜこぜになっているページが続き、軽く頭痛を覚えた。



 時間をかけて、読める部分だけを拾い読みする作業を続けたが、かかった時間の割に、理解できた内容は乏しかった。

 それでも、薬草の基本的な取り扱いや概要は知ることができたような気がした。



 その書物によれば、薬草師の仕事は、

  ・材料の入手

  ・入手した材料の調合

  ・調合した薬草の使用

 この三つが基本となる。


 薬草の材料は多岐に渡る。

 “薬草”というくらいなので、ほとんどは植物だが、他にも、ある種の鉱物や、動物の骨や内臓なども使用するし、魚介類からも材料を入手することがあるようだ。

 ようするに、この世界での薬草屋が扱う“薬草”は、植物に限らないという事であり、“薬草師”は、野山の植物を選別するだけが仕事ではない、という事だ。

 どちらかというと、元の世界でいう、薬剤師、あるいは漢方薬屋に近い存在といえそうだ。


 薬草師が、自らが取り扱う薬草の種類を増やしていくためには、より多くの材料を集めることが求められる。

 自分で野山に入って、植物を採取してくることもあれば、行商人や冒険者のグループから購入する方法もある。

 いずれにせよ、盲滅法に植物・材料を入手すれば良いのではなく、それぞれの材料の効果効能に精通した知識が必要だ。

 

 どの材料とどの材料を、どのような方法で調合すれば、どんな効果のある薬ができるのか? 

 そうした知識と技術を培っていくことが、薬草師には求められている。

 また、調合した薬草を、どのような症状の患者に、どのような方法で、どのようなタイミングで使用していくべきか? 

 という点についても、知識と経験が求められる。



 以上のようなことが、この書物には書かれていた。

 ……と、思われる。

 



「読んでる? 基本はだいたい理解できたかな?」

 タリアが聞いてきた。


「難しいな。この書物は、俺にも読める部分と読めない部分が混ざってて……。

 しかし、基本は少しわかった気がするよ」

 俺は言った。


「その本にも書いてあると思うけど、薬草屋の仕事はね、薬を売るだけじゃなくて、材料の入手が大事なのよ」


「植物に限らず、獣や魚からも材料を得る、と書いてあった」

 俺は理解した部分を要約して言った。


「そうそう。そうなのよ」

 タリアは腕組みをして言う。


「大抵の材料はね、商人から仕入れることができる。

 でも、中には、商人から買うより自分で採りに行った方が早いような材料もある。

 それから、商人は取り扱ってないから、自分で探しに行かなくちゃいけない材料もあるの」

 タリアは人差し指を立てて、鼻の頭にあてながら、何か考えている。

 そして言った。


「すぐにじゃなくてもいいけど、入手してきてほしい材料があるの」


「それは、つまり、俺に探しに行ってほしいと?」


「そういうこと」


「いつ? 何を? どこに?」


 この娘、やはり俺に対する扱いが荒い。

 就職してまだ三日目なのに、もう出張を命じるつもりなのだ。



「黒トウガラシの実がほしいの。

 在庫が乏しくなってきていて。

 今まで店は私一人だったから、採りに行く機会がなかったのよ」


「トウガラシってあのトウガラシか。

 商人から仕入れられないのか?」


「仕入れ値がちょっと高いのよ。

 自生している場所が限られているの」


 つまり、自生している場所に行って、採って来いということか。


「なるほど。どこに採りに行けばいい?」

 俺は聞いた。


「明日にでも行ってきてくれると助かるわ。

 ヤブカラ谷へ」


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