第33話 順番
薬草屋での仕事の二日目。
前日の閑散ムードとは一転して、朝一番から客が途切れることなくやってきた。
まだ俺は何も仕事を教わっていないので、客の対応は実質タリアが一人で行っていた。
俺は命令されるままに、言われた物品を運んだり、運んだ物品を客に手渡したり、タリアが処方した薬を客に飲ませたりしていた。
昼前に客の入りが一段落したが、タリアは汗を拭きながら、
「今日は荒れる。そういう予感がする」
と不吉な予言をつぶやいていた。
午前中の忙しさの中で、少しずつであるが、薬草の種類等もわかってきた。
店で一番売れるのは回復薬だ。
回復薬にもいくつかの種類や分類があるようだが、どの薬も、複数の薬草やその他の材料を調合して作られたもののようだ。
次に売れていたのは、傷薬、いわゆる軟膏だ。
アブラナか何かの油分を基剤にしているように思う。
傷口に塗り付けて、はたして本当に効果があるのだろうか。
くしゃみが止まらない、という患者が相談に来て、タリアは何やら怪しげな粉薬を売りつけて帰していた。
これも、本当に効くのかどうかは謎だ。
午前中の最後は、足に怪我をしたという男だった。客というより、患者だ。
タリアは誤って釘を踏んでしまったという、その患者の足を診察した。
はじめに怪我した部位をよく洗い、その後に薬を塗り付け、包帯を巻いてやっていた。
男はタリアに礼を言い、金を払って店を出て行った。
少し遅い昼食を摂り、午後の仕事にとりかかった時だった。
タリアが、人差し指を唇の前で立て、
「静かに!」
と俺を制した。
耳をすますと、どこからか、鐘の音が聞こえた。
どこか遠くで鐘を鳴らしているようだ。
何かの警鐘のように。
鐘の音は、三回連続して鳴り、一拍おいて、一回鳴った。
これを繰り返している。
「東の詰所からの鐘の知らせよ。
最初の三回は、患者が三人ってこと。
次の一回はそのうち一人は重傷って意味」
タリアが言った。
「これから、ここに運ばれてくる。さぁ、忙しくなるわよ」
「血が飛び散るかもしれないから」
と、タリアは俺にローブを着るよう指示し、自分も着込んだ。
ほどなくして、荷馬車が到着した。
馬車を操るのは、あの番兵のノッポだった。
荷馬車の中に傷ついた戦士がいる。
二人はなんとか自力で歩いて馬車を降りてきた。
そして、担架に寝ている重傷者はノッポと俺で協力して、店の中に運び込み、三人をそれぞれベッドに寝かせた。
人間の戦士二人は軽傷のようだった。
一人は頭から血を流し、もう一人は血が流れる脇腹をおさえている。
しかし、もう一人は重傷だった。
ドワーフの男だが、右の手首から先が無い。
噛み千切られたようだ。
すでに大量に血を失っているのだろう。
身体から血の気が引いていて、ぐったりとしている。
「連中、ダイケイブからホウホウのていで戻ってきたんだ。どうする? 祈祷師に回すかい?」
ノッポがタリアに言った。
タリアは少しの間ドワーフの右手を見て、「うちで診る」と言い、ノッポに目で合図を送った。
ノッポは頷き、「じゃあよろしくな」と言い、出て行った。
タリアは一番軽傷そうな、頭から血を流している男に声かけた。
「あんたとあんたは多分助けてやれるけど、このドワーフは、わからないわよ。
それでもいい?」
頭から血を流す男は、うんうんと頷く。
「それから、助かっても、助からなくても、お金は貰うけど、いい? うちは前払いなの」
とタリアは言った。
頭から血を流す男は、黙って金袋をタリアに向けて放り投げた。
脇腹から血を流している男が、痛みをこらえながら
「畜生、稼いだ分が帳消しだ」
とつぶやいた。
「このドワーフ、誰にやられたの?」
タリアは頭から血を流す男に聞いた。
「坑山の地下二階で不意打ちをくらったんだ。
スナッタバットがいきなり襲ってきて、こいつの右手を食っちまった。
その時はまだ生きていた仲間の魔法使いが術を試みたが、どうにもならんので退却してきた。
退却中に今度はゴブリンに襲われて、魔法使いが殺されて、俺もこのザマだ」
タリアは、棚から壺に入った何かの薬品を取り出しながら、俺に鉈を持ってこい、と指示した。
道具箱の中を探すと、骨切り鉈があった。
俺はそれをタリアに手渡した。
「スナッタバットに噛まれたのね?」
タリアは確認する。
「そうだ」
「このまま放っておけばスナッタバットの毒が回ってあなたは死ぬわ。
残念だけど右手は根っこから諦めなさい。
プッピ、身体を押さえてて」
そう言ってタリアはドワーフの右腕に向けて思い切り鉈を振り下ろした。
ドワーフの右腕は切断された。
ドワーフは「ギャー」とうめき声をあげて気絶した。
切り落とされた腕の付け根に、タリアは壺の中のドロドロとした薬をたっぷりと塗り付けている。
止血剤か消毒薬だろうか。
そこまでが終わると、タリアは羊皮紙に何やら殴り書きで書き込み、それを俺に押し付け、指示を出した。
「そこに書いた物を全部持ってきて。
それから湯も沸かして。
水もたっぷりいるから、近所の子供に頼んでたっぷり汲んでこさせて」
俺は店の外に出た。
すると、騒ぎに気付いた村の子供たちがすでに集まってきていた。
「水をたっぷり汲んできてくれ」
俺は、子供たちに銅貨を一枚ずつ与えて頼んだ。
銅貨を受け取った子供たちは水場まで走って行ってくれた。
俺は店に戻り、タリアが書きつけた物品を棚から選んで集め、持って行った。
タリアはドワーフの切り落とした腕の付け根に処置をしている。
次にタリアは、俺が揃えた物品を手早くかき集め、まずその中から軟膏を取り出し、頭から血を流す男の処置に移った。
しかし、俺は、もう一人の脇腹から血を流している男の方が気になった。
こちらの男の方が、重症度が高いように見える。
男は脇腹を押さえながら顔をしかめているが、先ほどから精気を失い呼吸が浅くなってきているようなのだ。
「なぁ、こっちの男の方を先に処置したほうが良いんじゃないか」
俺はタリアに声をかけた。
タリアは頭から血を流す男の傷口に軟膏を塗りこみながら言った。
「そっちの人はもう助からない。
最初から順番を間違えたわ。もう無駄よ」
タリアがそう言っている間に、脇腹から血を流す男は息絶えた。
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