第32話 ユキ
ひとしきり食べ終わって、主人に礼を言い、部屋に案内してもらった。
約束どおり個室だった。
部屋は狭く決して清潔とは言えなかったが、贅沢を言っても仕方ない。
俺はベッドに寝ころび、スマホを取り出して中身を確認した。
“新着メッセージ 2件”
ポップアップメッセージが出ている。
一件はハリヤマで、もう一件は例の“ユキ”からの返信だった。
俺は、ハリヤマのメッセージから確認した。
< 4月3日(水)>
◆『タカハシさんお疲れ様です!
昨日の検索結果は、あれで大丈夫でしたでしょうか?
お手すきの際に連絡お待ちしております』午後1:02
そうだ。ハリヤマに礼を言わなければ。
◇『調べてくれたとおりだった。
過換気症候群で合っていました。
ありがとう。
実は、村の領主に病人の診察を頼まれてね』
数分後にハリヤマから返信が届く。
◆『お役に立てたようで良かったです(笑)』
◆『ほかに、何か困りごとはありませんか?』
◇『今日から村の薬草屋で働くことになった』
◇『ハリヤマ、俺の経歴を作ってくれないか?
村人に自分の話をする時に、まさか21世紀の世界から来ましたなんて言えないだろう?
俺忙しいから、おまえ考えて』
◆『了解しました。
しばしお時間をください。
すでに村人に話した内容がありますか?』
俺はしばらく考え、自分が喋ったこと、聞いたことを思い返した。
◇『俺はここから北のシャムタの寺院の僧正、ネリプの息子ということになっている。
父ネリプはだいぶ前に死に、それから放浪の旅に出ている。
俺は五日前にアリアンナ街道で盗賊に襲われて、命からがらトンビ村に来た。
……ということになってる』
◆『わかりました。
三十分後にまた連絡します!』
次に、“ユキ”からの返信メッセージを確認することにした。
< 4月3日(水)>
◆『地球人類研究所で会ったクリタニ ユキです!』午後5:03
メッセージを読んで、やっと思い出した。
六本木ヒルズの一階ロビーから俺を案内してくれた、あの長髪ロングヘアの美人だ。
どうしてまた、俺にメッセージなんて送ってくるのだろう。
しかし、誰にせよ話し相手が増えたことは嬉しい限りだ。
◇『連絡ありがとう。しかしどうして?』
ユキからの返信は五分後に届いた。
◆『急に連絡して驚かせてすみません。
タカハシさんも、話し相手が針山さんだけじゃあ、寂しいかなと思って(笑)
私のこと、覚えてましたか?』
◇『思い出しました。
看護師の仕事の話を聞いてもらったね』
◆『こんなことになって、気の毒に思います。
そちらでの生活はどうですか?』
◇『少なくとも、今日は平和だったよ』
◆『明日からも平和でありますように。
祈ってます(キラキラ)』
◆『実は私、昨日からタカハシさんを担当することになりました』
◇『担当?』
◆『タカハシさんの意識は今、アイランドの中ですけど、身体のほうはこちらにあります。
私がタカハシさんのカラダを責任持って管理することになりました』
つまり、元の世界に取り残されている俺の肉体の管理を、クリタニ ユキが任された、ということのようだ。
昨日のハリヤマの話を要約すれば、今の状況は、ようするに俺の意識だけがこの世界に飛ばされてきている状態である。
元の世界に残された俺の肉体は、いわば意識不明の植物人間のような状態なのかもしれない。
そうであれば、それこそ栄養管理をはじめ、様々なケアが必要だろう。
ユキがそれを担当するとは……。
恥ずかしいやら、申し訳ないやら。
◆『私だけではなく、医療スタッフもタカハシさんについていますから、安心してください(ウインク)』
どうやら医療面でのサポートは別にあるらしい。
しかし、植物人間と化した俺を目の前にして、その俺とSMSで交信し合うというのは、いったいどんな気持ちなのだろう。
◇『余計な仕事を申し訳ない。
ハリヤマに怒っておくよ』
◆『あまり針山さんをイジメないであげてください。
ただでさえ、タカハシさんに怒られて、社長にも怒られて、がっくり落ち込んでるんですよ(↓)』
そうだったのか。
ハリヤマも苦労しているんだな。
まぁ、自業自得だが。
◇『了解です。
また連絡します! ありがとう』
ユキとの交信を終えてしばらく経ってから、ハリヤマからメッセージが届いた。
◆『キャラクターの経歴を作ってみました!』
◆『シャムタの寺院は、タカハシさんの現在地であるトンビ村から北に180kmほど離れた、モミノウチという村にある寺院です』
◆『僧正ネリプの没後、プッピは信仰の道よりも旅に出ることを選んだ。
モミノウチを出て、南に街道を歩き、ダマスの街でしばらく過ごした。
ダマスの街では、船荷の積み下しの仕事に就いていた。
それから、アリアンナ街道をヤーポの街に向けて旅を続けているところで、盗賊に襲われた。
盗賊から逃げるために街道を逸れて森を彷徨っていたら、トンビ村にたどりついた』
◆『ダマスの街は、アイランド南西にある大きな港町です。
その他、詳しい位置関係などは、MAPアプリで確認してください』
◆『こんな感じで良かったですか?』
ハリヤマが作ってくれたストーリーを手掛かりに、明日から村民達と話しながら情報収集していくことにしよう。
俺はハリヤマに礼を言っておく。
◇『でっち上げにしては上出来だと思う。ありがとう』
他にもハリヤマに聞きたいことがあったような気がしたが、やはり直接話すのではなく、SMS経由だと疲れる。
今日はこのへんで終わりにすることにした。
俺はSMSを閉じ、明日に備えて眠りについた。
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