第30話 タリアの薬草屋




 薬草屋は村の中心にある噴水広場に沿って建つ、立派な建物だった。

 俺はマケラの後をついて行き、薬草屋に入る。


「マケラ様、こんにちは!」

 年若い女がマケラを出迎える。

 マケラは女と世間話を始めた。


 

 二人が談笑している間、俺は店の内部を観察した。


 広い店内の一角には、棚が立ち並び、それぞれの棚には、沢山の薬瓶が陳列されている。

 また、恐らく薬の原料となっているでのあろう、干した草木や、植物の実など、よくよく見ればいろいろな物が置かれている。

 何かの動物の頭蓋骨? も見える。

 例えて言えば、漢方薬の専門店のような品揃えだ。


 また、別の一角には複数の寝台が備え付けられている。

 ここで簡単な診察をしたり、療養する病人がいたりするのだろうか?



「プッピよ。紹介しよう」

 マケラが物珍しそうに店内を物色していた俺に声かけた。


「彼女がこの店の主人、タリアだ」

 マケラと談笑していた、この年若い女性がこの店の主だという。



 タリアは年の頃、二十三~四歳という所ではないだろうか。

 褐色の肌に、赤い髪。

 小柄で、愛嬌のある雰囲気の娘だ。

 両耳に大きな菱形の金のイヤリングをつけていて、動く毎にそれがキラキラと光る。


「はじめまして。仕事を手伝ってくれるんですって?」

 タリアは俺に笑顔で言った。


「もし良ければ、働かせてください」

 俺は言った。



「助かります。父が倒れてからというもの、もう猫の手も借りたいくらいで」

 タリアが言う。


「タリアの父、マルコスがこの店を切り盛りしていたのだが、先日倒れてな」

 マケラが言い添えた。


「重い病だ。もう長くない」

 マケラが俺の肩に手を置き、耳元で小声で俺に言った。



 その後、俺とタリアは、マケラの仲介で、報酬の交渉に入った。

 交渉といっても、俺は最初、タリアの言い値で直ぐに了承したのだが、

 マケラが

「いや、それはいくらなんでも安すぎるだろう。もうすこし……」

 と、横やりを入れてきたのだ。

 結局のところ、最後には俺は抜きで、タリアとマケラでお互いの意見を言い合っていた。

 結果、俺の給料は日給にして銅貨六枚、月給に換算すれば銀貨十八枚(ただし昼食はまかないあり)、という所で決着がついた。

 マケラは「安すぎる」と怒っていたが、タリアは頑としてそれ以上譲りはしなかったのだ。



「それじゃあプッピさん、今日からよろしくお願いします!」

 タリアが俺に手を振りながらウインクしてみせる。


 マケラは帰り支度をはじめていた。

「プッピよ。それでは私は仕事があるので帰る。

 夕刻に馬車で迎えを寄こそう」



 領主マケラの家には年頃の娘ノーラがいる。

 あまり甘えすぎてはいかんだろう。

 本当は、マケラの屋敷の温泉に今夜も浸かりたかったが、断ることにした。


「お気遣いありがとうございます。

 今日からは、宿屋に泊まりますので、平気です」



「大丈夫か?」

 マケラが確認する。

「では、また会おう」


「ノーラさんによろしく」

 俺は右手を上げて、別れの合図をした。




 マケラは店を出て行った。




 あらためて店内を見渡してみる。

 広い店内、働き手はこの小柄な娘一人だけだったのか。


「さぁさぁ。ぼんやりしてないで! 

 今日からでも給料分は働いてもらうんだから」

 タリアが手をパンパンと叩いて俺を急かした。


 マケラがいた時には愛嬌たっぷりの笑顔を見せていたのに、この娘、俺をこき使うつもりだ。



 俺は雑巾を渡され、午前中いっぱい、棚に溜まったホコリの拭き取りをさせられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る