第14話 ネズミに
「おまえは、ヒョロリとして見るからに弱そうだし、悪い事を企んでいる人間にも見えんのだ。だろう?」
「もちろんです! 俺は悪い人間ではありませんです!」
俺は必至に頷いてみせる
「しかし、それなら、おまえは一体どこからやってきた?
おまえは、俺達に何かを隠している。
何か嘘をついて、俺達をだまそうとしている。そうだろ?」
俺はなんと答えて良いか返事に窮した。
正直に空から落ちてきました、とノッポに打ち明けたところで、良い結果が生まれるとは思えない。
「まぁいい。今日は領主様のところにおまえを連れていく。
領主様の前で、お前が何を説明するのか、こっちは高見の見物としゃれこむことにするさ。
領主様の前でもお前が正直に話さないようなら、おまえはきっと絞首刑か、一生奴隷として暮らすかのどっちかさね」
どうやら俺はこの後“領主様”の所に連れて行かれ、尋問を受けるようだ。
しかし、どうすればその尋問を上手く切り抜けられるのか、全く見当がつかない。
いっそのこと、“領主様”に正直に話してみるか?
六本木ヒルズのゲームブースから、この世界の上空にワープしてきて、あの森に落下してきたのです、と説明する様を想像してみる。
俺はため息をつき首を振る。
“領主様”がどんな人間であろうと、どう考えても信じてもらえるわけがない。
一人でぼんやり考えていると、ノッポが鉄格子の扉を開けた。
手には食料の載ったトレイを持っていた。
ノッポはトレイを牢屋の中の床にぽんと置いて、再び鉄格子の扉を閉めた。
「領主様に会わせる前に死んでしまっても困るから、飯を食わしてやる。食え」
ノッポが床に置いた汚いトレイの上には、木のコップに入った水と、パンと干し肉のような物体が載っていた。
水もパンも決して旨くはなさそうだったが、俺は喉が渇いて仕方なかったため、ノッポへの礼の言葉もそこそこにコップの水を飲み干した。
次にパンを手に取る。
固くていかにもマズそうだが、背に腹は代えられない。いただくとしよう。
パンに齧りつこうとした時だった。
カサカサ……と何か物音がした。
鉄格子の向こうに、小さな動物が数匹集り、こちらを睨みつけている。
ネズミか? ネズミだった。
子猫くらいの大きさの汚い灰色のドブネズミが二匹。
俺の食糧に狙いをつけて、今か今かと様子を伺っているのだ。
「おっ、ネズミがお前の食い物を狙ってるぞ。ネズミに横取りされないように頑張れよ」
ノッポはネズミと俺を交互に見ながら笑ってそう言った。
マズそうな食糧だったが、俺も腹が減っている。
ネズミに恵んでやる分はない。
「シッシッ」
俺は払いのけるように手を振り回し、ネズミを追い払おうとしたが、ネズミは逆にこちらに近づいてきた。
近づくネズミを踏みつけてやろうとしたものの、ネズミの方が動作が俊敏だった。
俺の足を避けた二匹のネズミは、俺に飛び掛かって襲ってくるではないか!
ネズミの一匹が、パンを持っている俺の右手に噛みついた。
驚きと痛みでパンを取り落とす。
慌てて左手でネズミを払い落とそうとするが、すばしこいネズミはそのまま肩までチョロチョロと登ってきた。
「キーーー!!!」
小さなネズミとは思えない音量でネズミが雄たけびをあげる。
もう一匹のネズミは、俺が取り落としたパンに食らいついている。
俺は肩まで登って来たネズミを、再度払い落とそうと手を振り回してもがく。
その時だった。
俊敏な動作のネズミは俺の首元まで移動し、俺の喉に噛みついた。
激痛が走る。
ボリボリボリッと、すごい速さでネズミは俺の喉の皮膚と肉をむさぼり喰っている。
「ぎゃー! や、やめ……」
痛みと恐怖で、抵抗もままならなかった。
次の瞬間、ネズミが俺の頸動脈を噛みちぎった。
俺の首から、大量の血が噴き出す。
両手で押さえて出血を止めようとするが、努力も空しく血は噴き出し続ける。
「ありゃりゃ? ネズミにも勝てないくらい弱そうな奴だと思ってたら、本当にネズミに殺されちまったぞ」
ノッポのその呟きが耳に入った頃には、俺は力なく床に倒れこみ、視界はすでに真っ暗になっていた。
二匹のネズミは俺の血を吸い、肉を噛みちぎり続けているが、俺はすでに痛みを感じなくなっていた。
六本木ヒルズのゲーミングチェアに座った時から牢屋に囚われた今までの記憶が、頭の中で走馬燈のようにフラッシュバックしている。
俺は、死んだ。
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