第12話 ノッポと口ひげ




 弓を背中に担いだ男が、俺の首根っこをヒョイと掴み、後ろから羽交い絞めにした。

 剣を腰にぶら下げている口ひげの男が俺の胸ぐらをつかみ、言った。

「怪しい人間は容赦せず捕まえて連行するのが俺達番兵の役割だ」


 弓を担いだ男があっという間に俺を後ろ手に縛り上げる。

 あまりにも強い力で、全く抵抗することもできない。


 剣をぶら下げている男が俺を足先から頭のてっぺんまで、ジロリと睨みつけ、


「村まで歩くのだ」

 と言って俺の尻を蹴った。




 スマホを回収できていない! 



「ちょ、ちょっと待ってください! 

 俺のスマホを……」


 言いかけた途端に、弓を担いだ男に後頭部をひっぱたかれた。


「うるさい! 黙って歩くのだ!」


 このままではスマホが置き去りになってしまう。


 とは言っても、今の状況でスマホを回収するのは無理だ。


 せめてもの願いを込めて、スマホが引っかかっているであろう目の前の木の輪郭と、その周辺の風景を頭の中に刻み込んだ。

 今は無理でも、後で取りに戻ってこれるかもしれない。

 この場所を覚えとかなきゃ……。



 二人の男に連行されて道なりにしばらく歩く。

 後ろ手に縛られている上に、たまに肩をグイと押されたり、尻を蹴られたりするものだから、何度かバランスを崩して転倒しそうになった。



「すいません、これは何かの間違いだと思うんですよね」


 男二人とも、俺の発言は完全無視で、無言で歩き続ける。


 弓を担いだ男は背高で痩せている。

 黒髪を頭のてっぺんでピンで留めている。

 目は細く、唇は厚い。四十歳代くらいの男だ。

 俺は心の中でこいつの事をノッポと呼ぶことにした。


 そして腰に剣をぶら下げた男はノッポより年上に見える。

 頭は禿げていて、全体的に太り気味で、口ひげを生やしている。

 こいつは口ひげ野郎だ。



 ノッポも口ひげも、お互いに喋ることもなく歩き続ける。


 感覚的に三十分、あるいは一時間ほど歩いただろうか。

 手元に時計が無いので正確な時間はわからないが、恐らくそれくらいの時間歩いた後に、我々はトンビ村の入り口に到着した。



 入り口から見渡した村の外観は、まさに中世ヨーロッパのそれであった。


 道路は石で舗装され、道路脇には家や家畜小屋が並ぶ。

 家は石造りのものもあれば、木造の小屋もある。

 恐らく飲み水を汲んでいるのであろう、井戸も見える。

 森の中で出会った老人が跨っていた不思議な四本足の生き物が家畜小屋の前で繋がれている。

 電気が通っている様子はもちろん無い。



 村民達が番兵に連行されている俺のことを奇異の目で見ている。


 俺は村の入り口からそれほど離れていない場所にある番兵達の詰所に連行された。


 そして俺は、その中の牢屋に閉じ込められてしまった。


 牢屋に入る前にノッポがほどいてくれたので、後ろ手に縛られていた状態からは解放されたが、牢屋の中はひどい臭いで、これなら縛られて歩かされていたさっきまでの方がだいぶマシだったと思った。


 俺が閉じ込められた牢屋は、およそ六畳くらいの広さで、一面は鉄格子で覆われ、残りの三面は薄汚れた壁だ。

 手を伸ばしても届かない天井の高さのところに、小さな窓がついていて、陽の光がわずかに入る。


 汗と排泄物とが混じり合ったような悪臭が全体を漂っていた。

 壁も床も汚く、座るのは嫌だったが、歩き疲れていたので仕方なく床に尻をつけて座りこんだ。



 鉄格子の向こうを見れば、口ひげ野郎が椅子に座って何か飲み物を飲みながらくつろいでいる。

 ノッポの姿は見えない。

 俺の見張りを交代でするつもりなのかもしれない。

 ノッポは今は休憩中なのだろう。




 いったん落ち着いて、今の状況を整理して考える必要がある。

 ここはいったいどこなのだ? 



 ……その答えは、なんとなくわかったような気がした。



 どう見ても現代の日本の雰囲気が一つもしない。

 建物や風景は中世ヨーロッパそのもの。

 ノッポも口ひげ野郎も、日本人離れした顔つきをしている。

 (でも、日本語を喋っていた。)

 


 俺の推測が正しければ、ここは『アイランド』だ。


 何がどう間違ったのかわからないが、ヘッドセットを装着してVR体験するようなオモチャのレベルではなく、俺は、『アイランド』に体ごとワープしてきてしまったのだ。


 しかしそんなことが有り得るのだろうか。

 わからない。


 少なくとも言えることは、今の状況から六本木ヒルズに生還するには、相当な努力がいりそうだ、ということだけだ。


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