第11話 それは、聞き覚えのある音だった
それは、聞き覚えのある音だった。一瞬鳴って、そしてすぐに消えてしまった。
今はもうあたりは元の静寂に戻っている。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえる。
スマホの着信音だったような気がした。
一瞬だったので、どこからその電子音が聞こえたのかわからない。
自分の衣類を両手で触って確かめてみるが、特に何も持っていない。
どこだ? スマホはどこにある?
恐らく、落下中にどこかに落としたのだ。
先ほどの着信音から推測するに、決して遠くない位置にスマホが落ちているはずだが、見つからない。
俺は懸命にスマホを探した。
しかし探せども探せども目的の物体は見つからない。
せめてもう一度、着信音が鳴ってくれれば、音のする方向を再確認できれば大きな手掛かりになるところなのだが。
どれくらいの時間が経っただろう。
スマホを探し始めてだいぶ長い時間が経過したが、いつまでたっても見つからなかった。
疲れた俺はがっくり肩を落として座り込む。
「はぁ……」
溜息が漏れる。
さっきの着信音は俺の幻聴だったのだろうか。
だいたい、自分が身に着けている衣類が訳のわからないボロ服に変わっているのに、スマホだけは手放さずに身に着けていたというのだろうか?
いや、幻聴でないことを心から祈る。
六本木ヒルズにいたはずなのに、気が付けば所在不明の森の中で一人ぼっちだ。
スマホさえあれば、GPS機能で自分が今どこにいるのか判明する。
電話だってできる。
そうだ電話だ。
ハリヤマに電話するのだ。
いったい全体この一連の現象は何なのか、ハリヤマに聞いてみなければ。
個人情報を一瞬で取得出来、六本木ヒルズにオフィスを構えて、最先端のグラフィックのゲームを作っているハリヤマが、この一連の現象を引き起こしているに違いないのだ。
少なくとも、何か知っているに違いない。
あぁ、電話がしたい。ハリヤマと連絡がとりたい。
その時だった。
再び着信音が森の中に鳴り響いた。
今度こそわかった。
やはりスマートフォンのメッセージ着信音だ。
音がしたのは一瞬ではあったが、今度は音の発する方向を見極めることができた。
上だ。頭上だ!
どうやらスマホは目の前の木の、枝のどこかに引っかかっているらしい。
スマホが落ちてくることを期待して、木の幹に蹴りを入れてみる。
何度か試してみたがダメだった。
頭上の木の枝の分かれめや末端を目を凝らして見てみるが、それらしい物は確認できない。
もう一度鳴ってくれ。
もう一度鳴れば、位置を確認できる。頼む。
スマホにメッセージを送っているのはハリヤマに違いない。
ハリヤマ! もう一度メッセージを送れ!
俺の祈りが通じたのか、三たび、着信音が鳴る。
今度こそ位置を特定できた!
スマホは、目の前の木の途中の枝の分かれ目、高さ約四メートルくらいの所で引っかかっているようだ。
木の幹に蹴りを入れてもスマホが落ちてくる様子はない以上、よじ登って取りに行くしかあるまい。
木登りなんて何年ぶりだろうか。
しかし適度に枝別れしているこの木なら、目的地点までよじ登ることは難しくなさそうだ。
これから木登りを始めようというその時だった。
俺の背後で物音がした。
「おい! おまえ、こんな所で何している?」
威勢のよい男の声がした。
振り向くと、剣と弓で武装した体格の良い男が二人いるではないか。
木の上のスマホに気をとられていて、二人が至近距離に近づいてくるまで、まったく気配に気づけなかったらしい。
「あっ、えーと、あの、その、スマホを落としてしまってですね…」
自分でも何を言っているのかわからない。うろたえてしまった。
「名を名乗れい!!」
口ひげを生やした男が、腰からぶら下げている剣を抜きかけながら俺に言った。
「あっ、タ、タカハシです」
「タカ…タ??
そんな名前あるわけないだろう!
おまえふざけているのなら斬るぞ!」
口ひげを生やした男が剣を構える。
「わー、やめてくださいやめてください!
名前はタカハシです。タ、カ、ハ、シ!」
どうやらこいつには、“タカハシ”という名前を上手く聴き取れないらしい。
おまけに、バカにされたのかと感違いして怒り始めているようだ。
「ぬうう……こいつめ、殺してくれる」
口ひげを生やした男が黒光りする鋼の剣を今まさにを振りかざそうとした瞬間に、背中に弓を担いだもう一人の男が止めに入った。
「まぁ待て。ここで殺してはいかん。
ひっとらえて連行し、領主様に報告しようではないか」
危うい所だった。
口ひげを生やした男は俺を斬るのをやめて剣を鞘に戻した。
「トンビ村の領地に無断で入った余所者には容赦せんぞ」
「おとなしくしやがれ」
あともう少しでスマホを回収できる所だったのに……。
俺は二人の男に囚われて、連行されてしまうのだった。
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