level.1
第10話 気が付くと俺は空中を落下していた
気が付くと俺は空中を落下していた。
バリバリバリッと無数の木の枝が俺の体に擦りつく。
落ちてる!
そう思い一心不乱に木の枝を掴もうとしたが、手の先にあった木の枝はどれも細くて頼りなく、掴んでも掴みきれずに、俺の手をすり抜けていった。
次の瞬間、俺は背中から地面に衝突していた。全身に激痛が走る。
俺は落ちたのだ。
樹の上から? 空から?
……よくわからない。
しばらくの間、呼吸を整え、気持ちを落ち着ける以外に何もできなかった。
だいぶ時間がたってから、首をもたげて周囲を見回し、俺が仰向けに倒れている現在地を確認しようとした。
ここはどこかの森の中のようだ。
それ以上はまだわからない。
背中が痛くて起き上がれないのだ。
さらに十分ほどじっとしていただろうか。
ようやく背中の痛みが軽減してきて、呼吸も楽にできるようになってきた。
肘を立てて、上半身を起こすことに成功した。
鳥の鳴き声が聞こえる。カラスか?
森の中は鬱蒼としている。
ちょうど目の前には獣道のように踏み固められた道が左右に横切っている。
上を見上げるが木陰に遮られて空や太陽はよく見えない。
少なくとも、今は昼間だ。
俺はどこから落ちてきたのだろうか?
樹の上から落ちたのか?
現在の状況を把握しようとするが、まだ頭の中が混乱していて何も考えられない。
またしばらく時間が経過した。
俺はもう一度呼吸を整えて、思い切って身体を起こし、立ちあがった。
背中の痛みはだいぶ治まってきていた。
両腕、両足に擦り傷ができていて、右肘は落下中に枝にでもぶつけたのだろう、打撲の痛みがジワジワと続いている。
しかし、両手も両足も背中も腰も、動かす分には問題なさそうだ。
どこから落ちたのかわからないが、ほとんど無傷だったのは不幸中の幸いである。
不可解なのは、俺の身なりである。
今朝家を出たときに着ていた服装と違う。
DIESELのデニムにZARAのポロシャツを着て、PATRICKのシューズを履いていたはずなのに、今の俺の恰好はどうだ?
わけのわからない茶色い布の服を身にまとい、靴は得体の知れない皮のボロ靴だ。
もう一度辺りを見回してみる。
目の前にある道は荒れ果てた森をぬって曲がりくねって続いている。
不気味な静寂をときおり破るのは、カラスの鳴く声だけだ。
「いったい何がどうしたっていうんだ?」
俺はつぶやいてみた。
だんだんと記憶がよみがえってくる。
そうだ、俺は六本木ヒルズにいたんだ。
ブースの中で最新ゲームのテストプレイに臨むところだった。
それがどうして、いきなりこんなどこだかわからない森の中にいるのだ?
「何がなんだかわからん」
再び俺は一人でつぶやく。
もう一度頭上を見上げてみる。
どこから落ちたのかはわからないが、そう高くないところからだろう。
そうでなければ、無傷で過ごせるわけがない。
この目の前にある木のてっぺんか、あるいはその上あたりから落ちたのだろうが、そのあたりの高さに足場になるような場所はどこにも見当たらなかった。
俺は六本木ヒルズのブースの中のゲーミングチェアから、この森の上空に突然ワープしてきたんだろうか。
頭に残っている記憶の順序からすれば、そういうことになるが…。
何か物音がする。
誰かが近付いてきているのだ。
目の前の獣道を何かがやってくる。
左右に注意を向けると、向かって右側の道の向こうから、馬のような生き物にまたがっている人間が近付いてくるのがわかった。
隠れるか?
それとも声をかけるか?
どうしようか迷っている間に、向こうの方から声をかけてきた。
「おーい」
正体不明の人物は俺に向けて呼びかけた。
「あ、えーと。どうも……」
なんと言っていいのかわからずにモゴモゴ返事をする。
そいつは、俺のすぐ近くまでやってきた。
馬に似た生き物は耳が異様に長く地面に向かって垂れ下がっている。
口元からは涎を垂らし、鼻息荒くのしのしと歩く、その四本足の生き物にまたがっている人物は、ひげを蓄えた老人のようだ。
「おめえ、こんな所で何しとるだ?」
老人は俺に向かって質問してきた。
「えーとですね。ぼくもよくわからないんですけど……。
ここはどこですか?」
「ここはどこですかって、おめえそんなこと聞くだか?
ここから先に行けばトンビ村だし、ここから後戻りすればヤブカラ谷だよ」
トンビ村? ヤブカラ谷?
なんだその妙ちくりんな地名は……。
何がなんだかわからないが、この道を老人と同じく左に向けて進めば村にたどり着くということか。
「あのー、村はここから遠いですか?
徒歩で何分くらいの距離ですかね?」
「なんぷん? なんぷんってなんじゃ?
おまえさん何だか変な言葉を使うのう。
もうしばらく歩けば村だがよ。
それほど長くは歩かんよ」
老人について行こうか、迷っているうちに、老人は四本足の生き物の手綱を引き、トンビ村の方角へ立ち去ろうとしていた。
「あのー、すいません。
一緒に連れてってもらえませんか?」
思わずそう言ったが、老人は振り向きざまに手を横に振る。
「いやじゃ。おまえはなんだか怪しい。
トンビ村は余所者には優しくないぞ。帰れ」
そう言って、行ってしまった。
去っていく老人を目で追いながら途方に暮れていると、突然森の静寂を遮る電子音が鳴り響いた。
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