第7話 アイランド
ブース内が暗くなり、スクリーンに映像が映し出され始めた。
ハリヤマはゲーミングチェアに座っている俺の隣に立っている。
「現在開発しているゲームは、いわゆるオープンワールド、『箱庭』です。
プレイヤーは、中世ファンタジーの世界を自由に冒険して過ごします」
スクリーンに広大な草原の映像が映し出される。
やがてカメラは猛烈なスピードで上昇し、広大な土地を上空から俯瞰する形となった。
草原の先には森があり、その先には村があった。
山があり、川が流れ、山脈の頂上付近には雲がかかっている。
カメラは再び地平線めがけてすごいスピードで下降した。
その先にあったのは湖の畔の砦だった。
砦の城門の前には何頭かの騎馬が手綱でつながれていた。
城門の前で騎士たちが何やら談笑している様子が映る。
場面は変わって、どこかの街の中。
冒険者や商人達が大通りを闊歩している。
エルフにホビット、見た事のない生き物。剣と魔法……。
とてもCGには見えない。実写としか思えないクオリティだ。
「このオープンワールドを私たちは現時点で『アイランド』という開発名で呼んでいます。
山や川、森や草原、村や街、城やダンジョンなどを多数配置していますし、沢山のNPC(ノンプレイヤーキャラクター)が生活しています。
いわゆるファンタジーRPGの世界を再現しています」
「すごいですね!」
俺は感心して言った。
「最近のゲームはグラフィックがすごいとは聞いてたけど、ここまですごいと思わなかった。
実際の映像にしか見えないですよ」
「そうですか。ありがとうございます」
ハリヤマの口調が誇らしげになる。
「実は私共、ゲームの開発は初めてでして、『アイランド』が現在の日本でどれくらい受け入れられるのか、あるいは現在の日本にどの程度見合っているのか、わかりかねる状況だったのです。
外部の方に『アイランド』を見てもらうのは、タカハシさん、今が初めてなのですよ」
しばらくの間、スクリーンに映し出されるパノラマに圧倒されていた。
俺は口をポカンと開けて、映像に見入っていた。
騎馬に乗った騎士達が、ドラゴンと戦っている大迫力のシーンの中、ドラゴンが口から炎を吐き出した瞬間に、思わず俺はびっくりして炎を避けようと体を捩ってしまった。
スクリーンの中では、ドラゴンの炎を避け切れなかった騎士達が業火に焼かれて散っていった。
ハリヤマが再びブースの外に向かって指をパチンと鳴らす。
映像が切れて、俺は再び現実の空間に呼び戻された。
「どうでしょう。タカハシさん。これが『アイランド』です」
いつの間にか肩に力が入っていたようだ。
映像が終了し、俺は肩の力を抜いた。
「いやぁ、本当にすごかったです」
これだけの物を開発できるほどの技術があれば、ハリヤマの言う通り、広告をクリックしただけでアクセス元の個人情報を引き出すくらい、簡単なことなのかもしれない、と思った。
「でも興味はあるけど俺には荷が重いなぁ。
まさかこんなにすごいゲームだと思わなかったもんで……。
先日も言いましたけど、俺はゲームをほとんどやらない人間なんですよ。
だからテストプレイなんてしても意見も何も出てこないです。
今みたいにポカンと口開けてスゴイスゴイスゴーイ! しか言えないっすよ」
ハリヤマは笑いながら言った。
「大丈夫ですよ。
私共は、まずはタカハシさんのように普段あまりゲームをやらない人からの意見や感想を聞きたいのです。
それに、テストプレイヤーの募集は確かにタカハシさんが一人目、第一号ですが、今後もっと大勢雇おうと思っています。
タカハシさんのようにゲームに詳しくない人だけでなく、昨今の日本のビデオゲームに精通しているゲーマーのような人も雇うつもりです。
老若男女、あらゆる層、あらゆるタイプの方々にテストプレイをしてもらうつもりなのです」
「そうですかー。じゃあ俺みたいなのでも良いのかな。
でもこれだけ完璧なグラフィックが再現できてたら、もうテストプレイも必要ないんじゃないですか?」
ハリヤマはいつの間にか、どこからかパイプ椅子を持ってきて座っていた。
薄型のノートパソコンを持ち、膝にのせている。
「いえ、『アイランド』はまだまだ開発途上なのです。
ざっくりと言えば、リアルなオープンワールドの世界は再現できているのですが、まだ中身がない。ゲームシステムが白紙に近いレベルでして。
私共はゲーム業界の詳細を全く知らないので……」
この後続いたハリヤマの話を要約すると、こういうことだ。
この会社(地球人類研究所)は日本の企業ではない。
このたび、日本に進出して、日本国内で大衆に親しまれている様々なツールやシステムを、研究の一環として再現・開発することとなった。
ハリヤマはIT、とくにゲーム部門を担当することになった。
しかし、ハリヤマをはじめチームメンバー(プログラミングルームで仕事をしていたトレーシー兄弟のことだろう)には一般的なゲームの知識の蓄積がない。
“ゲーム”と一言に言っても、日本にはおびただしい数のゲームツールやジャンルがあることがわかり、ひたすら暗中模索していた。
パソコンでプレイするゲームもあればスマホでプレイするゲームもある。シューティングゲーム、スポーツゲーム、RPG、シミュレーションゲーム、カードゲーム。歴史物、恋愛物、サイエンス・フィクション、戦争物…。様々な形・パターンの“ゲーム”達……。
そんな中で、ハリヤマは、悩み検討した末に、いわゆる“オープンワールド系”と言われるゲームが、現在の日本においてゲームシステムとして最高峰なのではないか? と仮説をたて、開発してみることにしたのである。
ハリヤマの説明を聞いて、とりあえず、この会社は日本の企業ではないという所が気になった。
つまり、ハリヤマもトレーシー兄弟も日本人ではないということではないか。
道理で顔つきが日本人離れしていると思った。それにしてもハリヤマは流暢に日本語を喋る。必死で勉強したのだろうか。
「日本の企業ではないとなると、どこの国なんですか……?
っていうかハリヤマさんって日本人じゃないですよね? 何人?」
ハリヤマは困ったような表情をして肩をすくめて言った。
「はい。たしかに私は日本人ではないです。針山という名前は偽名です。
……どこの国かという質問ですけど、申し訳ないですが、それは現時点では企業秘密でお答えすることができないんですよ。すみません。
日本ではないどこか、という認識でいていただければ……。
どうでしょう?
一人目のテストプレイヤーになっていただけませんか?
時給は三〇〇〇円出しましょう!」
結局のところ、胡散臭いものは胡散臭いままのようである。
正体不明の企業にバイトに行く人間なんているだろうか。
やっぱり怪しい。
しかし、ここは泣く子も黙る六本木ヒルズの中だ。
時給も二五〇〇円から三〇〇〇円にアップした。
怪しい企業だろうがなんだろうが、こっちは時給をもらって最先端のゲームのテストプレイをするだけである。
ようし、やってやろうじゃないか。
「わかりました。やります」
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