第6話 六本木ヒルズのオフィスフロア




 結局のところ、俺はハリヤマの勧誘に乗る形となった。

 ハリヤマとの電話から数日後、今俺は都営大江戸線に乗って六本木ヒルズに向かっているところだ。


 俺の名前はタカハシ シンイチ。

 三十代半ばにして失業中。

 結婚はしていない。

 正確に言うと、数年前までしていたが、今は独身だ。


 失業する前は十年間看護師をやっていた。

 女性看護師と違って、男の看護師は働く場が限られるのだが、俺はいわゆる老人病棟で十年間働いた。

 看護師といっても、俺が働いていた老人病棟の場合は、やる事と言えば、オムツ交換と食事の介助、入浴の介助、認知症老人の相手などがほとんどで、実際には介護士と変わらなかった。

 そんな仕事に飽き飽きして、先日辞表を出して退職した。


 仕事を辞めたは良いが、次の仕事を探す気になかなかなれず、毎日ワンルームマンションの一室でゴロゴロしながら過ごしていた。

 そんなタイミングだったので、今回の「時給二五〇〇円」のバイトは、俺にとって恰好の暇つぶし兼小遣い稼ぎの機会なのである。



 ハリヤマとのLINEや電話のやり取りは胡散臭い以外の何物でもなかったが、こちとら失業中で暇なのである。

 しかも会社は六本木ヒルズ内にあると言うではないか。

 ただ胡散臭いだけでは六本木ヒルズに会社を構えることなんて出来なかろう。


 少なくとも電話での声を聴いた感じでは、ハリヤマは悪い人間とは思えなかった。

 六本木ヒルズのオフィスフロアなんてもちろん行ったことがないし、そこでバイトをするにせよしないにせよ、話のネタくらいにはなるだろう。


 それに、ハリヤマに俺の個人情報を取得された件も気になる。

 直接ハリヤマに会って、場合によっては個人情報の無断使用についてクレームをつければ、謝罪とお詫びの粗品くらい貰えるかもしれない。





 六本木ヒルズ森タワーの一階ロビーに到着した俺は、ハリヤマに連絡した。

 案内の者を行かせるので待っていてくれ、とのこと。



 数分後に長身ロングヘアのオフィスレディが俺を迎えにきた。


 「タカハシさんですね。

 お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 俺は長身ロングヘア美人の後ろについて歩き、エレベータに乗り込む。

 彼女がつけている香水の良い香りが鼻をくすぐる。


 エレベータは遥か高層のフロアまで俺達を運んだ。



 到着したフロアは、東京都内が一望できる大きな窓をしつらえた、立派なオフィスだった。

 どうやらワンフロア全部を借り切っているようだ。


「タカハシさん! お待ちしていましたよ。

 本日はよろしくお願いします。ハリヤマです」

 ハリヤマは名刺を手渡した。


 “地球人類研究所 日本支部IT開発課

        針山 虫郎      ”



 俺はもらった名刺を礼を言ってポケットにしまう。

 名刺には社名とハリヤマの名前しか印刷されていない。

 プラスチックともアルミとも思える、不思議な材質の硬い紙だった。


 ハリヤマは、俺と同じくらいの年恰好に見えた。

 身長は俺と同じ一七〇cm台、体重も同じくらいだろう。六〇kgか七〇kgか。

 肩幅はしっかりしているが中肉中背どちらかといえば痩せ型か。

 そして眼鏡をかけている。(俺は眼鏡はかけていない。)

 グレーのスーツが似合っている。


 ただ、特徴的なのは、日本人離れした顔のつくりだ。

 俺の顔立ちといえば、一重瞼であっさり顔。日本人ならどこにでもいるような顔だ。

 対してハリヤマはなんというか、日本人の顔ではない。

 ではどこの国かと言われると思いつかない。

 欧米風でもない、中東風でもない、中華でもフレンチでもイタリアンでもない。

 うまく形容できない。強いていえば、人形?


 昔懐かしサンダーバード(国際救助隊のトレーシー兄弟が活躍する、イギリスの人形劇ドラマだ。)のブレインズ博士に似ている。

 つまり、どこか作り物のような雰囲気がある顔立ちなのだ。


「早速ですが、開発中のゲームを見ていただこうと思いますので、こちらへどうぞ」


 ハリヤマは誰もいない通路を先に歩いていく。

 通路の左右には等間隔にドアがあるが、人の気配はしない。

 厚地のカーペットの上を歩く足音が鈍く響く。


 フロア内には何やらBGMがかかっている。

 最初は小さな音でよくわからなかったが、だんだんとメロディを聴き取れるようになってきた。

 聞き覚えのある木琴の音……。

 八〇年代の映画『グーニーズ』のテーマソング、シンディ・ローパーの『グーニーズはグッドイナフ』ではないか。

 六本木ヒルズの高層フロアでグーニーズのテーマソング……いったいどういう選曲なのだ。



 我々の目的地はオフィスの一番端、通路の突き当りにあるドアの向こうだった。



 内部は広いオフィスになっていた。

 ここでは何人かのスタッフがパソコンに向かって作業をしていた。

 スタッフは皆プログラマーのようだ。

 パソコンのディスプレイに向かってカタカタと入力している。

 気になるのはやはり彼らの顔立ちだ。

 皆、ハリヤマと同じように日本人離れした、作り物のような顔つき。


 プログラマーは向かって左側に二人、右側に三人、合計五人いたが、まるで兄弟のように同じような顔立ち、雰囲気をもっている。

 一人一人違うのは髪型くらい?

 やはりサンダーバードのトレーシー兄弟のことが頭に浮かんで仕方ない。

 そこで俺は、左の手前のプログラマーをスコット、左の奥のプログラマーをジョン、右側は手前からバージル、ゴードン、アランと便宜的に名付けることにした。



「ここでプログラミングをしていまして、テストプレイのブースはこの先にあります」


 ハリヤマはそう言って、忙しそうにプログラミングしているトレーシー兄弟の間を通り抜けていく。

 俺もその後についていく。



 その先に、透明のガラスで囲まれた大きなブースがいくつかあった。

 そのうちの一部屋のドアを開け、ブース内に入っていく。


 目の前にとても大きなスクリーンディスプレイがあった。

 一〇〇インチ? 二〇〇インチ? もっとあるかもしれない。

 とにかく大きなスクリーン。


 そして、スクリーンから三メートルほど離れたブースの中央には、座り心地の良さそうなゲーミングチェアが設置されていた。

 見たところ、パソコン機器などはなく、ブースの中はスクリーンとチェアだけである。


「どうぞ、座ってください」


 ハリヤマは俺に中央のチェアをすすめる。

 断る理由もないので、俺はゲーミングチェアに座った。

 びっくりするくらい座り心地が良い。

 このままスヤスヤ寝れそうなくらいだ。


「早速ですが、わが社で開発中のゲームを実際に見ていただこうと思います」


 ハリヤマが言い、ブースの外にいる誰かに向けて指をパチンと鳴らした。




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