第3話 暗雲

「で、今回は何を依頼しに来たんだ。アベル」


机を挟んだ目の前にいるアベルに対してそう問いかけた。

流石に玄関では話せないだろうと思い部屋に入れが、部屋を興味心身で見ておりなぜここに来たのかをはっきりと聞けていなかった。

リリアはキッチンで三人分のインスタントコーヒーをいれている。


「いやーお前の新居初めて見たわ」

「でホントに何しに来たんだよ。ただ部屋見に来ただけじゃないだろう」

「そんな堅苦しいこと言うなよ、オレ達友達だろ」

「誠司さんとアベル?さんってどういう関係なんですか?」


リリアがマグカップが三つ入ったお盆を持って誠司の横にいた。

コーヒーの入ったマグカップを置くとリリアも誠司の左側に座った。誠司がどこかめんどくさそうにアベルのことを紹介する。


「この軽薄そうでめんどくさそうな金髪はアベル。俺の昔の知人みたいなもんだ」

「おいおい、その説明の仕方はないだろ。まあいいか、はじめましてリリアさん。オレはアベル、アベル=アフレイザー。こうして直接会うのは初めてだな」

「どうして私の事を?どこかでお会いしましたか?」


リリアは不思議そうに首を傾げる。

実際にリリアとアベルには面識はない。

誠司自身もアベルと会うときはリリアを連れて行かなかった。

それにはちゃんとした理由があるのだが、それをリリアに言えるはずもなかった。


アベルはニタニタと意地悪そうな笑みを浮かべながら誠司を見た、誠司はこっ恥ずかそうに顔を逸らす。


「それはね~、こいつオレと会うたびに君の話をしていたからね。いやー惚気も程々にしろってくらいに」

「おい、アベル別に惚気てなんか、むぐっ!?」

「詳しく聞きましょう」


誠司が咄嗟にアベルの言葉を遮ろうとするが、リリアが誠司の言葉を遮った。


魔術で物理的に。


誠司は自らの口にかけられた魔術を解呪ディスペルしようとしたが、即興で組んだとは思えないほど複雑になっており、なかなか解呪ディスペルできない。


そうしている内にアベルは、尾ひれに背びれに足と角と羽まで付けた話をリリアに吹き込んでいく。リリアは一言一句聞き逃すまいと耳を傾けている。


(ああ、終わった)


もはや、悟りが開けるんじゃないかと思うほどの諦観が心を埋め尽くす。

こういう事になるからアベルとリリアは会わせたくなかったのだ。


リリアもアベルの話が盛った話であるが話した内容の本筋がホントの事だと誠司の性格から察している。


夢魔はその人の性格や心の機微などを見透かし、精神の掌握など簡単にやってのけてしまう。

そのため昔から、人の心を弄び誘惑するなどと言われてきた。


要約、解呪ディスペルが終わると、リリアがニタニタと小悪魔的な笑みを浮かべていた。


「ふーん、誠司さん。そんなに私の事が好きで好きで愛おしくて溜まらないんですね。成程、私の誘惑をいつも理性ギリギリでだったんですか。もし自制心の枷が壊れたらどうなってしまうんでしょう?その身に秘めた欲望で私は薄い本みたいな事されちゃうんですかね」

「と言うかお前、こんな美少女と同居しておきながら何もしてないとか。かなりひねくれてんな」


リリアに続いてアベルも誠司をいじりだす。

ここで下手に反論したとしても火にガソリンを注ぐようなものなので、黙っておく。


アベルこいつはいつか、殺そう)


そう心に誓った、誠司であった。

一通りいじり終わったあとリリアとアベルは連絡先を交換して、本題に入った。


「で、ホントにお前は何しに来たんだよ」

「おっ、そうだったな。まあまずこれを読んでくれ」


そう言ってアベルは先ほど玄関で見せてきた茶封筒を渡してきた。

封を切り中に入っている数枚の書類を取り出す。

重要な要点だけを流し読みして、誠司は怪訝な顔をしてアベルを睨んだ。


「おい、アベル。普通に考えてこの依頼お前なら受けるか?」

「いや、オレだったら絶対に断るね」


満面の笑みでそう返された。つい頭を抱えたくなる。


「なんか問題があるんですか、その依頼?」

「読んでみろ、そうすりゃわかる」


誠司はそう言ってリリアに書類を渡した。

リリアも誠司のように流し読みをして、その依頼の不自然さに目を開いて驚く。


「なっ、何ですかこの依頼!?」

「わかったか。この不自然すぎる依頼内容に、依頼内容は『担当者アベル=アフレイザーの持つジュラルミンケースを預かること。このケースの内容物の詮索は一切認めず、またこの依頼を第三者に漏らしてはならない』だけ、子供でもできるものだ」


確かに依頼内容自体別におかしなものはない。中身を見るななどよくある事だが、しかしこの依頼にはおかしな事がある。

期限がことだろう。

しかもおかしなことはそれだけではない。


「しかも、子供でもできそうな依頼の報酬が5000万ってのは余りにもおかしいだろう」

「これ書き間違えじゃないですよね」


リリアは書類とアベルの顔を交互に見る。

最初はその可能性を疑ったが、アベルがわざわざ直接持ってきたのだ。単なる印刷ミスなどではない。


「ああ間違いじゃない」

「それに最もおかしいのはこの書類、この島の管理長の直判が押されていることだよ。普通おかしいだろ。たかが無所属ノーネームの魔術師に依頼する依頼書に管理長の判が押されているなんて。本来ならお前の様な軍属ガバメントの魔術師の様な公的な組織に、それも秘匿性が高い任務の時に押されるものだぞ」

軍属ガバメント?」

「ああ、魔術関連の事案などを解決するために作られた『師団』と呼ばれる機関に所属する魔術師をそう呼ぶ、この島の管理局に努める魔術師は全員、軍属ガバメントだぞ」

「えーーっと、つまりそんなお偉いさんから不自然すぎる依頼を持ってこられたってことですか?」

「そういう事になるな」


残念なことに今朝の直感は見事的中していた。

幸先が不安すぎてため息が出てくる。

どうするかと悩んでるとリリアが口元に手を添えながら、耳元に顔を近づけてアベルには聞こえないよう小声で話してきた。


「どうします、私的には嫌な予感がビンビン感じられて、受けたくはないんですけど」

「どちらにしろ俺たちに拒否権はないだろ、書類を郵送ではなく直接渡し来てる事に加え、もうジュラルミンケースを持ってきている時点で断らせる気はない」

「それってもう受けるしかないじゃないですか!!」

「そういう事になるな」


誠司はアベルに対して向き直る。


「わかった受けるよ、と言うか拒否権ないんだろ」

「そうか、じゃあコレは置いてくな」


アベルは机の上に、ジュラルミンケースを置く。


「じゃあオレは帰るわ。報酬はお前の口座に振り込んでおくよ」


そう言ってアベルは立って玄関の方へ向かう、数歩歩いて肩越しに振り替える。


「これはお前の友人として言っておくわ。最近は身の程知らずの愚者が楽園に土足で踏み荒らしてるから物騒だ。お前も気負つけろよ」


アベルはそれだけ言い残すと、玄関から出て行った。

部屋に残ったのは机に置かれたジュラルミンケースと誠司の依頼に対しての不安だった。

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