エピローグ

 ヴァンパイアを復活させ、人類を混沌に陥れようとしていたエヴァ。彼女を倒し、その目論見を阻止したのは、ヴァンパイアハンターであるアルベール姉妹の二人と、皮肉にも二人の敵であるハズの存在であった。

 今回の騒動による被害は極めて悲惨なものであり、その中でも特に、エヴァに狙われた町、ユーティアスは大勢の犠牲者を出し、以前までの賑やかな町並みは過去のものとなってしまった。また、アルベール姉妹の住まうアルミス教会がある小さな村、ロコン村も、二人と鍛冶屋の少女エマを除いた住民の全員が命を落とした。

 残された人々の中には、この恐ろしい出来事を一日でも早く忘れてしまいたいとこの地を離れる者も居れば、アルミス教会のシスターの活躍を知り、彼女達に感謝と敬意を持って離れない者も。

 この地に残った人々は、かつての暮らしを取り戻そうと必死に生きていく。

 そしてそれはアルベール姉妹も、彼女達と共闘したヴァンパイア達も同じであった。



 騒動の翌日。

 シルビアとシャルロットは早朝から、フォートリエ家の屋敷に訪れていた。

「改めて見ても、立派な建物ね……」

 閉じている金属製の門の前に腕を組みながら立ち、その先にある屋敷を見上げるシャルロット。

「ウチの教会とは大違いね」

 折れている右手にギプスを付けているシルビアが嫌味っぽくそう呟き、咥えている煙草に左手で持っているライターで火を点け、それをパチンと閉じた。

 尚、戦いを終えた二人の服装はジャケットとスラックスではなく、教会に居る時に着用している修道服。それでも、服に隠れている太ももの部分にはホルスターが取り付けられており、二人は祓魔銃を隠し持っている。

 いかなる時でも祓魔銃を手離しはしない。それはヴァンパイアハンターの掟でもあった。


 しばらく待った所で、屋敷の扉が内側から押し開けられ、中から二人の少女が現れる。

「遅いよ」

「フォートリエ様は書斎で待ってる。早く来て」

 不機嫌そうな表情でこちらに歩いてきたのは、双子のヴァンパイア、リナとルナであった。

 二人の登場とほぼ同時に、アルベール姉妹の前にある門が開いていく。

「あら、ごめんなさいね。びくともしない頑丈な門を開ける方法、私達は知らないの。あなた達がもうちょっと早く来てくれれば、その分早く――」

「シャル。止めなさい」

 ニコニコしながら流暢に嫌味を吐くシャルロットを、シルビアは吸っていた煙草を携帯灰皿に捨てながら止める。そして、リナに視線を移す。

「案内して頂戴。書斎に居るんでしょ?」

「場所知ってるクセに」

「うるさい」

 揚げ足を取ってきたリナを軽くあしらい、彼女についていく形でシルビアは屋敷へと向かう。それに続いて、シャルロットとルナも歩き出す。

「そういえば、あのうるさいのが居ないわね。どうしたの?」

「ノアの事?あいつなら朝早くからどこかに出掛けたよ。いつも一人だから、あいつの事は私達もよく知らない」

「仲間でしょ?」

「そうなの?」

「いやそれを訊き返されても……」


 屋敷に入り、一同は二階にある書斎へと向かう。

「アリスの様子はどうなの?」

 道中、シルビアが隣を歩くリナに訊いた。

「あれから屋敷に運んだ所で、すぐに目を覚ました。サクラが言っていた通り、力を使った事による一時的なショック状態だったみたい。今はもう元気だよ」

「そう。それは良かった」

 そこで一旦会話は途切れたが、数歩歩いた所でまたリナが口を開く。

「ねぇ。これからどうするつもりなの?」

「どうするって?」

「あなた達はヴァンパイアハンターで、私達はヴァンパイア。これだけ言えばわかるよね?」

 リナはシルビアの横顔に意味深な視線を向ける。リナのその視線に気付いたシルビアは、ちらっと一瞬だけ彼女を見て、また正面に向き直る。

「それはこれからアリスと話し合うわ。だから、まだ何とも言えないわね」

「話し合いの結果次第では、生きて帰さないよ」

「それは楽しみね」

 シルビアは鼻で笑い、睨んできたリナを軽くあしらった。


 書斎への扉の前に到着し、リナが扉をノックする。

「フォートリエ様。ヴァンパイアハンターの二人を連れてきました」

「どうぞ」

 扉の向こうから聞こえてきたのは、アルベール姉妹の二人もよく知っている少女の声。

「失礼します」

 リナが扉を開ける。

「わざわざ来てくれてありがとう。シルビア、シャル」

 小さな身体には到底似合わぬ大きな椅子にちょこんと座っていたアリスは、アルベール姉妹の二人を見て無邪気な笑顔を浮かべ、二人の元に駆け寄っていった。

「あら、元気そうじゃない。アリス」

 シャルロットは胸に飛び込んできたアリスを抱き止め、彼女の頭を優しく撫でる。

 その様子を見て安心したのか、心なしか警戒しているようにも見えたリナが部屋を出ていこうとする。

「どこ行くの?」

 咥えた煙草に火を点けようとしていたシルビアが呼び止める。

「お茶を淹れてくる。煙草は外で吸って」

「固い事言わないでよ」

「ダメ。ここ禁煙」

「ちぇ……」

 シルビアは不機嫌そうに煙草を箱に戻した。


「さて――」

 アルベール姉妹とアリスは向かい合うように置いてあるソファーに、それぞれ腰掛ける。

「早速本題に入りましょうか」

 シルビアが話を切り出した。

「私達がヴァンパイアハンターであり、あなた達がヴァンパイアだという事は言わずもがな。でも、それだけでどうするかを判断したくはないわ。ヴァンパイアであるあなた達の意思を知りたいの」

「私達の意思……」

 アリスはその言葉の意味を確認するように復唱する。

「あなた達の考え次第では、私達が動く必要は無いって事よ」

 シルビアの話に補足するようにそう言い、シャルロットは優しく微笑む。それから、アリスの側で律儀に立っているルナをじとっとした目付きで見て、ニヤリと怪しく笑みを浮かべた。

「――もっとも、私達が期待してるような答えが聞けなかった場合は、今すぐこの場で始めさせて貰うけれど」

「……」

 ルナは何も言わずに、シャルロットに冷たい視線を返す。

 一触即発。そんな雰囲気を強引にかき消したのは、シルビアの咳払いであった。

「シャル。一々煽らないで頂戴。話が進まないわ」

「あら、忠告しただけよ。とはいえ、アリスが"そんな事"を考えているとは思えないけどね」

 視線をアリスに戻すシャルロット。アリスは小さく頷き、口を開いた。

「勿論、あなた達に敵対するつもりはないし、人類を脅かすような事だってしない。お母さんから――オリヴィア・フォートリエから継いだヴァンパイアの長として、それは約束する」

 それを聞き、アルベール姉妹の二人は安堵の溜め息をついた。

「あなたなら、そう言ってくれると思ってたわ」

 表情を綻ばすシルビア。アリスは話を続ける。

「私はヴァンパイアが支配する世界になんて興味ないし、三百年前の仇とか、そんな事もどっちでもいい。ただ、みんなと一緒に平和に暮らしたいだけ。それがヴァンパイアとして恥ずべき愚かな行為だとしても、私はそれを望む」

「愚かな行為だなんてとんでもない。あなたは歴史を変えた、立派な当主だと思うわ」

 シャルロットの優しい言葉。

 するとそこで、全員分のお茶を乗せたお盆を持ったリナが戻ってきた。

「あなた達はどうなの?」

 リナ、ルナと交互に二人を見て、シルビアが訊く。

「ルナ、何の話?」

「フォートリエ様は人類への敵対を止めると仰った。私達はどうするかって」

 お茶を全員の元に配っているリナに、ルナが説明する。

 リナは最後にルナにお茶を渡し、それからシルビアの方に向き直った。

「私達はフォートリエ様に仕える存在。主の意思に背くようなマネはしない」

「つまり、敵対はしないと?」

 シルビアの確認にリナは考え込むような素振りを見せてから、いたずらっぽく笑ってこう答えた。

「嫌がらせはするかもね」

「なにそれ……」

 シルビアは呆れたように笑って、リナが用意してくれたお茶を一口飲んだ。


 その後、アリスの意思を確認する事ができた二人は、屋敷を後にして次の目的地へと足を運んだ。

「ねぇ、シャル。あのお茶、妙に苦くなかった?」

「え?別に普通だったけど……」

「……早速の嫌がらせって事かしら」

「ふふ……。かもね」

 二人が向かった場所とは、マリエルが勤めているグロリアのカフェであった。


「邪魔するわよ」

 入店を知らせるベルの小気味良い音に合わせて、シルビアが店内に呼び掛ける。

 その声を聞き、店の奥からひょこっと顔を出したのは、マリエルであった。彼女は二人を見るなり、妹によく似ている無邪気な笑顔で駆け寄ってくる。

「シルビアさん!シャルロットさん!」

「お仕事中に悪いわね。様子を見に来たの」

 マリエルの背丈に合うように膝を少し曲げ、にっこりと笑みを返すシャルロット。

 続けて、もう一人女性が現れる。

「おやおや、ロコン村のシスター様じゃないか。いらっしゃい」

「あなたがグロリアね。シルビアよ」

 シルビアはこちらにやってきたグロリアに手を差し出した。

「よろしく。名前は知ってたけど、合うのは初めてだね」

 シルビアの手を握り返すグロリア。それから、こう訊く。

「マリエルから事の経緯は聞いたよ。なんだか大変な事になってたらしいじゃない」

「まぁね。でも安心して頂戴、全部綺麗に片付いたわ」

「そりゃ良かった。ゆっくりしていきな」

 グロリアは愛想の良い笑顔でそう言ってから、店の奥の方に顔を向ける。

「エマ!お客さんだよ!何してるんだ、出ておいで!」

「……エマ?」

 聞き覚えのある名前が出てきた事に驚き、シルビアは眉をひそめてグロリアの視線を辿る。

 するとそこから、マリエルのものと同じである可愛らしいエプロンを付けたエマが、もじもじしながら出てきた。

「な、何で来るんだよ……」

 顔を真っ赤にしながらこちらにやってくるエマ。

 そんな彼女を見て、にやにやと笑いながらエプロンを指差すシャルロット。

「あら、中々似合ってるじゃない。良いと思うわ」

「み、見るなよ!」

「どうして?別に良いじゃない。減るもんでも無いし」

「うるせぇ!帰れ!」

 無縁であった可愛らしいものに恥じらいを隠せないエマと、そんな彼女を楽しそうにからかうシャルロット。

 そんな二人を傍らに、シルビアがグロリアに訊く。

「どうして彼女がここに?」

「マリエルが連れてきたのさ。ロコン村が落ち着いて、鍛冶屋が復帰するまでの間一緒にどうだって言ってね」

「よくあいつが承諾したわね……」

 シャルロットと騒いでいるエマのエプロンを見て、不思議そうな表情をするシルビア。

 すると、その疑問にはマリエルが答えた。

「エプロンは付けても付けなくても良いって言ったんですよ」

「それじゃあ付けなさそうなものだけど」

「嘘です。強制です」

「……」

 飾り気のない満面の笑みを浮かべるマリエルに、シルビアはただただ苦笑していた。


 それから二人は一時間程カフェで過ごした後、ロコン村への帰路に就いた。

「マリエルって、天然なだけよね。本当は腹黒とかそんなワケ無いわよね……」

「何をぶつぶつ言ってるの?」

「いえ別に……」



 その頃――

 アルミス教会の庭には、騒動の後にシャルロットが作った住民達の墓標が設けられている。一つ一つに名前が刻まれており、住民全員の名前を覚えていたシャルロットの殊勝な面が見て取れる。

 そしていくつかあるその墓標の中、赤いブローチが供えられた、一際目立つ墓標があった。

 ノアは、その墓標の前に佇んでいた。

 気がつけば一時間、彼女はずっとここでその墓に刻まれたソフィーという名前を見つめている。

「らしくないですね。あなたが墓参りですか?」

 不意に背後から声が聞こえ、億劫そうに顔だけをそちらに向ける。振り向く前から声でわかってはいたが、その人物の姿を確認してから、ノアは嫌悪感を隠そうともせずにそれを顔に出しながら返事をした。

「何の用だ。サクラ」

「別に、用という用はありませんが――」

「じゃあ失せろ。お前の顔なんか見たくない」

 サクラの言葉を遮ってそう言いながら歩き出し、ノアは彼女の隣を通り過ぎてその場を後にしようとする。

 サクラはそんな彼女の冷たい態度を気にもせずに、遮られた言葉の続きを言った。

「あなたがここで何をしていたのかが気になりましてね」

 ノアの足が止まる。それを見たサクラの口元が、微かに歪む。

「墓参りというのは、もしかして図星だったり?」

「そんなワケないだろう。こいつらを殺したのはボクなんだぞ」

「では何を?」

「……」

 しばらく黙り込むノア。それから、再び歩き出しながらこう言った。

「ボクにもわかるもんか。――ただ、気が付いたらここに居た」

「……そうですか」

 くすりと笑うサクラ。ノアはむっとした表情になる。

「もう良いだろ?じゃあね」

「えぇ。さようなら」

 ノアはそのまま、教会を離れていく。サクラはその後ろ姿を、じっとその場で見つめる。

「ふふ、不器用な人……」

 ノアの姿が見えなくなった所で、サクラも教会を後にした。



 ノアとサクラの二人が教会から居なくなった丁度その頃に、アルベール姉妹の二人はロコン村に到着した。

「ねぇ、シャル――」

「お酒?」

「……なんでわかるのよ」

「顔見ればわかるわ。どうせあなた教会に居たって何もしないんだし、行ってきて良いわよ」

「腑に落ちないけど、そう言ってくれるならその厚意を無為にするワケにはいかないわね」

「はいはい……。あまり遅くならないでよ?」

「わかってるわよ」

 シルビアはシャルロットと別れ、ユーティアスへと向かった。


 前述した通り、ユーティアスは以前までの活気には程遠い雰囲気。

 しかしそれでも、いくつかの店は開店していた。無論客足が遠くなった事によって利益などは到底望めない事などは誰もがわかってはいたが、それでも人々は店を開けていた。

 少しでも早く、町に以前のような活気が戻る事を願って。

 シルビアが入ったバーも、その中の一つであった。

 彼女意外に客は居らず、カウンターの向こうで退屈そうに酒瓶を並べている店主が居るだけ。

 しかしその時、シルビアも店主も来ないと思っていた新たな客が扉を開けて現れた。

 その客は店内を見回し、シルビアの姿を見つけるなり、彼女の元に歩いていく。

「お隣、よろしいでしょうか?」

「お断りよ」

 シルビアはウィスキーが入ったグラスを片手に鼻で笑った後、そう答えた。

「あら酷い。顔も見ないで断るなんて」

 シルビアの返答を気にもせず、サクラは彼女の隣の席に腰掛けた。

「虫酸の走る声だったから断ったのよ。何の用?」

「ふふ、ただお酒を飲みに来ただけですよ」

「だったら私の隣に座る必要は無いんじゃないかしら」

「良いじゃありませんか。先の戦いでは共闘した仲――でしょう?」

「……勝手にしなさい」

 シルビアは吐き捨てるようにそう言って、ウィスキーが入ったグラスを煽った。

「アリス・フォートリエはなんと?」

「何よ、藪から棒に」

「行ってきたのでしょう?」

「行ってきたけど?」

 聞き返されるような形で返答され、サクラは苦笑を浮かべる。

 シルビアはグラスをコースターの上に置くと、おもむろに口を開いた。

「――人類への敵対は止めると言っていたわ。アリスがね」

「それは良かった。戦いは終わりという事ですね」

「えぇ。あとは騒動の爪痕が消えていくのを待つだけ。……もっとも、死んだ人達はもう帰ってこないけれど」

「――ごもっとも」

 会話が途切れる。

「そういえば――」

 次に話を切り出したのはシルビアであった。

「あんた、ヴァンパイアのくせにどうして人間を守るの?」

「ヴァンパイアでもあり、人間でもある。それが私です。ですが、どうしてと訊かれると、困ってしまいますね」

「……自分でもわからないの?」

「ふふ、おかしな話でしょう?」

 自嘲するかのように小さく笑うサクラ。

「知ってはいたけど、やっぱり変な奴ね。あんた」

 シルビアは煙草を一本取り出し、それを咥えながら、サクラの自嘲に乗ってみせる。

「でも――」

 サクラはカウンターの小物入れからライター取って、その手をシルビアの口元に伸ばす。そして火を点けながら、言葉の続きを言った。

「人を信じるのに理由が要らないように、人を助けるのにも理由なんか要りません。違いますか?」

「……」

 サクラの顔をちらっと見てから、ふっと笑みを溢すシルビア。

「――かもね」

 それから、シルビアは咥えている煙草の先端を、彼女のライターに近付けた。



 ロコン村――

 自然に囲まれ、人々が集う町の喧騒とは無縁である、静かで小さな村。

 その村の中にある大きな建物、アルミス教会の中から、一人の女性が大きな扉を押し開けて出てくる。

「今日もいい天気ね」

 シャルロットは眩しい朝日に目を細めながら、空を見上げて微笑んだ――

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Sacred Punisher 白川脩 @siro7731

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