第37話

 エヴァは不意に、すっと顔を上げた。先程までの苦笑は消えている。

 腕を斬り落とされた事に対し、憤慨しているワケでも無さそうで、ましてや畏怖しているようにも見えない。彼女は無表情であった。

 今に限っては異様に見えるその表情を、三人は緊張気味に見つめている。

「どうしたの?片腕を無くした今がチャンスなんじゃないのかしら?」

 それはエヴァの言葉であった。

「どういう事よ……何でまだ余裕が残ってるのよ……」

 思わずその場から一歩下がるシャルロット。

「あら、余裕に見えるの?」

「とぼけてるの?」

「そんなつもりはないわ」

 シャルロットが一歩下がった分、エヴァは重々しい足取りで一歩踏み出す。それにはシルビアとサクラの二人もたまらず下がり、シャルロットと肩を並べた。

「腕を斬り落とされちゃったからね。もう余裕は無いわよ」

 エヴァはふらふらと、シャルロットに歩み寄っていく。

「待った。それ以上こっちに来たら撃つわよ」

「撃てばいいじゃない」

 シャルロットの眉が、ぴくりと動いた。

「あっそう――」

 先程のシルビア宜しく、突然発砲するシャルロット。その銃弾が避けられたのを見て、すぐさまもう一発叩き込む。

 しかし、発砲する寸前にエヴァが銃身を上から叩き伏せた事により、射出された二発目の銃弾は地面にめり込んだ。

 隙を晒したシャルロットに、追撃を入れようとするエヴァ。それを、シルビアが阻止する。

 彼女はシャルロットを軽く突き飛ばし、自分からエヴァの前に躍り出る。エヴァにとってその交代はさしてもない事であり、そのままシルビアへの攻撃を始めようとする。

 しかし、今度はサクラも動いた。

 シルビアが放ったハイキックを避けた所に、サクラの袈裟斬り。エヴァの身体が、大きく斬り裂かれる。

 その一撃で手応えを感じたサクラは追撃を止め、一歩下がって様子を見る。

「甘いわ……」

 エヴァは息を吐くように小さく呟いた。サクラの顔面を掴み、彼女の身体を易々と持ち上げて、シルビアに向かって投げ付ける。

 袈裟斬りが入ったのですぐには反撃してこないだろうと油断していたサクラは、抵抗する事ができなかった。

 また、シルビアもサクラの身体を受け止めるべきか避けるべきかの判断が遅れてしまい、その結果、シルビアはサクラの下敷きになって背中から地面に倒れた。

「いたた……。すみません、大丈夫ですか?」

「いいから早くどいて頂戴……重いわ」

「な、なな……!?重い……!?だ、誰が――!」

「早くどけっての……!」

 サクラを押し退け、立ち上がるシルビア。

「シルビアさん、先程の発言は撤回して頂きますよ。許される発言ではありません」

 サクラも立ち上がり、コホンと咳払いをしてから訴える。

「何よ面倒臭いわね……」

「わ、私は重くなどありません!断じて!」

「わかったわかった……わかったわよ……」


「全く和やかな連中ね」

 呆れた様子のエヴァが歩いてくる。二人はすぐに得物を構え、エヴァを睨み据える。

「片腕無くなったぐらいじゃどうってことないってのはよくわかったわ」

 先程シルビアに突き飛ばされて退場していたシャルロットが、二人の間を縫うようにして登場する。

「どうってことないって事は無いわよ。さっきも言ったけれど」

「そうは見えないし、そうも思えないわ」

「それならそれで結構。さて、そろそろ時間が無くなってきたみたいよ。どうするの?」

 はっとして、足元を見る三人。いつの間にか、魔方陣が放っている光が更に強くなっていた。

「そろそろ教えてあげようかしらね」

 エヴァの言葉に、三人は再び顔を上げる。

「この魔方陣が何を起こし、何を生み出すのか――知りたいでしょう?」

「勿体ぶってないで、教えるならさっさと教えなさい」

 威圧するかのような、強い口調のシャルロット。

「ふふ、良いわ。もう時間もないし、それまでに私が倒されるって事も無いでしょうから。教えてあげるわ。あと数分もすれば――」

「この町の住民達を生け贄にしたヴァンパイア達が現れ、あなたはそのヴァンパイア達の長になる」

 自分の話を遮ったサクラを、エヴァはじとっとした目付きで捉えた。

「あら、知ってたの?」

「図星ですか」

「えぇ。そうよ。魔方陣が完成した時点で私が詠唱すれば、ヴァンパイア達が召喚される。あなたの言う通りね」

「いやに素直じゃないですか」

「だってそうだもの」

「……」

 何を考えているのかわからず、サクラは露骨に不機嫌を顔に出した。

「ねぇ、ちょっと気になったんだけど」

 シルビアが口を開く。

「いやにお喋りね。随分と親切に色々教えてくれるじゃない」

 彼女もまた、サクラと同じようにエヴァに対し、何か釈然としない気持ちを抱いていた。そんなシルビアに、エヴァは蛇のような細い目を向ける。

「嘘は言ってないわよ?」

「じゃあどうして?」

「楽しむ為よ」

「……は?」

 エヴァの言葉の意味を捉えかね、思わず頓狂な声が出てしまう。エヴァはくすくすと笑う。

「そのままの意味よ。そうした方が、私が楽しめるから」

「何を言って――」

「あなた達は何としても私の計画を止めなければならない。時間がないとわかれば、あなた達は必死で、死に物狂いで私を止めようとする。そんな人達の希望を打ち砕く事よりも愉快な出来事が、果たしてこの世の中にあるかしら?」

 エヴァは声を上げて笑い出した。三人はそんなエヴァを、ただ睨み付けている。口では何も言わないが、その視線には三人共に同じ感情が込められていた。

「さぁ、フィナーレよ。精々私を楽しませて頂戴」

 その感情を更に煽るエヴァの発言。三人は突き動かされるように、彼女に突進していった。


「温厚なこの私でもそろそろ限界よ!そのツラ引き裂いてやるわ!」

 シスターらしからぬその発言と共に、エヴァの顔面に銃口を向けて引き金を引くシャルロット。

 その銃弾を避けた先に、別の銃口から射出された銃弾が襲い掛かる。シルビアのものだ。

 シャルロットが四発、シルビアが三発、射出された合計七発の銃弾の内、シルビアの一発がエヴァの首に命中した。

 そこで更に、間髪入れずにサクラが放った真空刃が飛んでいく。銀の銃弾が命中した後だ、易々とは避けられまい、と、サクラは高を括る。

 すると、エヴァは自ら地面に倒れ込み、その真空刃をギリギリで避けた。

 瞬間移動すら使ってくる彼女にしては随分と冴えない避け方。一同は眉をひそめる。そんな三人の視線の中、エヴァはふらふらと立ち上がる。

 彼女は怪訝そうにこちらを見てくる三人に、ニヤリと笑って見せた。

「それで……終わり……?」

 心なしか、息が上がっているように見える。

「もう少しですね」

 鞘に納めた刀の柄を掴みながら、トドメの攻撃を仕掛けようとするサクラ。

「そうね。次で決めましょう」

 ポーチの中に入っている最後の弾倉を銃に装填するシャルロット。シルビアは無言であったが、次で一気に畳み掛けるという意思は同じらしく、銃の弾倉を抜いて装填数を確認し、いつでも二人に合わせられるよう準備を済ましている。

 エヴァは少し前のめりになっており、肩で息をしながら三人の様子をじっと観察している。

「お二方、続いてください」

 先陣を切ろうと一番先に歩き始めたのはサクラ。

「しっかり弱らせて頂戴ね?」

「なんならそのまま仕留めちゃっても構わないわよ」

 アルベール姉妹はいつもの調子でおちゃらけながら、サクラを見送る。

「ふふ……。全く……」

 サクラは二人に背を向けたままくすくすと笑った。

「さて――」

 笑みを消し、エヴァを見据える。エヴァは彼女を上目遣いで睨み返す。

「これで終わりです――!」

 サクラは刀を抜き、エヴァに斬りかかった。

 袈裟斬り、逆袈裟斬りと流れるように繋げ、一度刀を引き、突きを繰り出す。その三連攻撃は全て避けられたが、サクラはそのまま次の攻撃へ。

 仕掛けたのは、目にも留まらぬ速さで放つ連続突き。先程から何故か動きが鈍くなっているエヴァは見切る事ができず、全てを身体で受け止める事になった。

 三十回程突き刺した所で、サクラは刀を左右に二回大きく振って斬り払い、二発の真空刃をお見舞いする。

 更に一歩下がりながら刀を鞘に納め、次元斬を五連発。

 そして最後に、抜刀すると同時に一文字にエヴァの身体を斬りつけた。

 全てを賭した壮絶な連撃。その結果を確認する間もなく、次はアルベール姉妹の二人が銀の銃弾を連射する。

 二人はそれぞれ一発だけ残し、後の銃弾は全て叩き込む。

 射出された銃弾は全て命中した。

「どうかしら?」

「……」

 二人は銃を下ろし、エヴァの様子を確認する。

 エヴァは顔を俯けたまま、一度倒れるような素振りを見せたものの、なんとかその場に踏み留まった。それを見るなり、二人は再び銃を構える。

 すると、ここぞとばかりだと思ったのか、シャルロットがこんな事を言い出した。

「シルビア、昔考えた決めゼリフ、覚えてる?」

「そんなのあったかしら」

「覚えてないのね……じゃあ良いわ。一人で言う」

「……」

 そして同時に、引き金を引いた。

「聖なる裁きを!」


 二人のセリフと共に、二人の最後の銃弾が、エヴァの胸部に命中する。

 もはや立っているだけでも精一杯であったらしいエヴァはその銃弾を受け、大きな衝撃を受けたかのように大きく吹っ飛び、背中から倒れる。

「お世辞にも、良いセンスとは言えないセリフね」

 シルビアは銃をホルスターにしまいながら、つまらなさそうに鼻で笑った。

「何よ。言ってくれるなら、最初から覚えてるって答えてくれれば良かったのに」

 シャルロットも同じように銃を納め、両手を腰に当てて不機嫌そうにシルビアを見る。

「迷ったのよ。あんなセンスの無いセリフを言うのは恥ずかしいもの」

「センスの無いですって!?ならあなたが考えてみなさいよ!私は思い付くのに三日もかかったのよ!?」

「アホね」

「はぁぁ!?」

「まぁまぁ……」

 今にも殴り掛かりそうになっていたシャルロットを、サクラが宥める。

「こんな時まで喧嘩しないでくださいよ。それよりも、脅威はもう無くなったんです。早くマリエルさん達の所に戻りましょう」

「そうね。寝ている連中を起こして、さっさと行くわよ」

 気を失ったまま倒れているノアの元へと歩いていくシルビア。

「釈然としないわ……!いつもいつも適当に丸め込んで――!」

「まぁまぁ……」

「サクラ!あんたはどう思うの!」

「はい?」

「私が考えたセリフよ!」

「ダサいです」

「――ッ」


 シルビアがノアを、シャルロットとサクラがリナとルナを起こそうとする。

 しかし、気を失っている彼女達は、中々目を覚まさない。

 しばらくした所で、一人が目を覚ました。

 ノアでも、リナでも、ルナでもない、彼女が。

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