第34話

「いきなりヴァンパイアが消えた手品みたいな出来事、あれあなたの仕業なの?」

 シルビアの隣で同じように銃を構えながら、シャルロットが訊く。

「さてね、何の事です?」

 エヴァは自分の手の指の爪を退屈そうに見回しながら、二人とは視線すら合わせずにそう答える。

「とぼけないで。どうなのよ」

「待って、シャル。そんな事はどうでも良いわ」

 苛立つシャルロットを宥め、今度はシルビアが、地面に描かれている巨大な魔方陣を見ながら質問をする。

「この魔方陣、これは何なの?」

「さぁねぇ、何だと思う?」

「……あんたの目的は、もう達成されたの?」

「されたのかもしれないし、されていないのかもしれないわね」

「そう。じゃあこれだけ教えて頂戴」

「何かしら?」

「私の質問に答える気ある?」

「無いわよ」

「わかったわ」

 軽い声調で答えてきたエヴァに対し、シルビアもまた同じような声調で相槌を打つ。そして突然、エヴァに向けて構えていた祓魔銃の引き金を引いた。

「あらあら、いきなりね……」

 首を傾けて銃弾を避けた後、エヴァは驚いたような素振りを見せたが、それは実にわざとらしいものであった。

「質問に答える気がないのなら、これ以上喋る必要は無いもの。黙って葬るだけよ」

「ふふ……。噂通りの人間ね。シルビア・アルベール」

「噂?」

「冷血気取りの半端者」

「……へぇ」

 シルビアの眉がぴくりと動く。

「聞き捨てならない噂ね。誰が言っていたの?」

「誰だったかしら」

「――まぁいいわ。シャル、何笑ってんのよ」

「い、いえ別に……ごめんなさい」

 そこで、ずっと噴水の前に立っているだけであったエヴァが歩き出す。

「何とかここまでは上手くいったけど、私の計画は、完璧とまではいかなかったわ。サクラの裏切りが、思ったよりも段取りを狂わせた」

 以前見た時のような糸目ではなく、うっすらと開いているその鋭い目付きに、二人は思わず少し気が引けてしまう。血のような深紅という、ヴァンパイア特有の瞳の色も、その威圧感を更に強めていた。

「サクラさえ居なければ、あなた達ヴァンパイアハンターはオリヴィア・フォートリエに葬られていたハズ。そして――」

「残ったオリヴィアを殺せば、邪魔者は誰一人として居なくなっていた――ってワケ?」

 シャルロットは嘲笑気味にそう言って、また、こう続けた。

「残念だったわね。計画が頓挫しちゃったみたいで。同情するわ」

「同情は結構よ。計画はまだ失敗したワケじゃないもの」

「と言うと?」

「今ここであなた達を始末すれば同じ事。そうでしょう?」

 不気味にニヤリと笑うエヴァ。その笑みを見た途端、二人の背筋に冷たいものが走った。エヴァは足を止める事なく二人に近付いていきながら、話を続ける。

「サクラも含めた、残ったヴァンパイアの連中はどうとでもなるわ。問題なのはあなた達の存在だけ」

「随分と評価してくれてるのね。私達の事」

目を細めるシルビア。

 それに対し、エヴァは鼻で笑って答える。

「正確に言えば、厄介なのはあなた達ではなく、あなた達が持っているその祓魔銃なんだけど……まぁ、この際どっちでも良いわ。いずれにしろ、私がやるべき事は同じですもの」

「私達をここで殺す――って事ね。良いわ、やれるもんならやってみなさいよ」

 いつもの調子のシャルロット。すると、そんな彼女の様子を見たエヴァがくすくすと笑い始めた。

「何がおかしいってのよ?」

「あなたも、聞いた通りの人間だわ。シャルロット・アルベール」

「……言ってみなさいよ」

「威勢で誤魔化す臆病者」

「……ふーん」

 シャルロットの相手をからかうような笑みが、ひきつったものに変わった。

「だ、誰がそんなふざけた事を言っていたのかは知らないけど……ま、まぁ、勝手にそう思い込んでいれば良いわ。今に後悔させてやるんだから。シルビア、あなた何笑ってんのよ」

「別に……」

 その時、二人の足元、広場の地面に描かれている魔方陣が、微かに光を放ち始めた。

「何!?」

「あと、一時間といった所かしら」

 エヴァが呟く。

「あと一時間経ったら、何が起きるってのよ?」

「ふふ……。それは起きてからのお楽しみ……」

 シルビアの問い掛けにそう答えてから、エヴァは不意に表情から笑みを消した。

 そして、二人の目の前に一瞬で移動し、息を吐くように、小さな声で囁いた。

「始めましょう……」


――――――


 その頃――

 ユーティアスに向かったアルベール姉妹と別れ、グロリアのカフェにて二人の帰還を待つ事になったフォートリエ姉妹とエマの三人。

 店主であるグロリアの厚意によって食事も済ませ、三人は各々建物の中で平和な時間を過ごしていた。

「(あいつらは戦ってるってのに、私達はこれで良いのか……?)」

 不機嫌そうなぶすっとした表情で、窓の外をぼんやりと眺めているエマ。

「でも、思い悩んだ所で私達には何もできませんよ」

「そうだよな……」

 と、無意識に返答してから、エマは慌てた様子でいつの間にか隣に来ていたマリエルに顔を向ける。

「人の心を勝手に読むな!びっくりしたなぁ!」

「いやぁ、顔に書いてあるってこういう事を言うんだなぁって思うぐらいわかりやすかったので……」

「え……そ、そうか……?」

「はい」

 きょとんとしているマリエルに見つめられ、エマは気まずくなって視線を逸らす。

「まぁ、確かにお前さんの言う通りではあるけどさ……」

「非力な私達には戦う術は無いんですから。私達にできるのは、皆さんが無事に帰ってこれますようにってここで祈る事ぐらいですよ」

「……そうだよな」

 マリエルの言葉を聞き、エマは小さく溜め息をついた。そして、まるで自分に言い聞かせるかのようにこう呟く。

「私達は非力……どうしようもねぇんだ……」

 その言葉を言い切ってから、エマは不意に何かを思い出し、マリエルに視線を移した。

「そういえばよ、お前さんもヴァンパイアなんだろ?」

「えぇ。一応」

「戦えないのか?」

「無理です」

「早っ……」

 あまりの早さの返答に、思わず苦笑を浮かべるエマ。マリエルもまた、苦笑を返す。

「私は戦えませんよ……。まともに戦い方だって知らないし……」

「じゃあ、アリスはどうなんだ?お前さん達の母親――オリヴィアから力を受け継いだんだろ?」

「うーん……私にはわかりません……。力を手にしたからって、すぐにそれを使いこなせるかどうかっていうのは……」

「そりゃ確かに、言われてみれば――だな」

 マリエルの返答に納得し、エマは実際に訊いた方が早いと思い、アリスの姿を探す。

「アリスは?」

「外のテラスに居ると思いますよ。ご飯を食べた後、テラスで外の空気を吸ってた方が落ち着くって言って、また出ていっちゃったので」

「そうか。――よし」

 アリスに話を聞いてみようと、外に出るエマ。マリエルも彼女に付いていく。

「アリス……?」

 しかし、テラスにアリスの姿は見当たらなかった。

「あれ、アリス?どこに居るの?」

 名前を呼びながら、辺りを探すマリエル。エマは、誰かが座っていたと思われる、机から一つだけ離して置いてある椅子を見て、小さく呟いた。

「まさか……だよな」


――――――


 エヴァの両手がそれぞれシャルロットとシルビアの首にすっと伸びていき、そのまま掴みかかろうとする。

 二人は瞬間移動にも見えたエヴァの速さに動揺していたが、寸前で我に返り、彼女の手から逃れるようにそれぞれ左右に分かれてその場から移動する。そして、二人同時にエヴァに向けて発砲を始めた。

 二人の銃弾を、エヴァは残像が残る程の速さで避けきる。

「どいつもこいつも平然と避けるわね……!」

 舌打ちをするシャルロットを見て、エヴァは小さく笑う。

「難しい事じゃないわ。銃口の向きと、引き金を引く指の動きを見ていれば、どこにいつ弾が飛んでくるかは見えるもの」

「うーん……ちょっと何言ってるかわからないわ……」

 呆れた様子で溜め息をつくシャルロット。一度、二人の攻撃の手が止まる。闇雲に撃った所で弾薬を浪費するだけだ。

「(どうするか……)」

 シルビアは銃を構えまま、エヴァの周囲を回るように歩き続ける。シャルロットも同じように、様子見に徹していた。

「やれやれ……」

 そんな二人を見て、エヴァはくすくすと可笑しそうに笑い出す。

「そんな様子じゃ、時間切れになっちゃうわよ?」

「百も承知よ。――その上様子見してんのよ」

 忌々しそうに、そう答えるシルビア。

「ふふ、慎重ね。それじゃあ、私から行かせて貰おうかしら」

「――ッ」

 エヴァの攻撃宣言に、シルビアは足を止めて眉をひそめた。まだ判明していない相手の手の内を見極めるチャンスであると同時に、見極める前に仕留められてしまうピンチでもある。

「そんなに警戒しなくても良いわよ。軽く――だからね」

 最初は歩いていたエヴァであったが、徐々にスピードを上げていき、シルビアの元に到着する時には歩きが走りに変わっていた。そして、そのスピードを殺さずに体当たりをする。

 見切りやすい大振りなその攻撃を、シルビアは容易くサイドステップで回避する。

 しかし、回避したと思った瞬間、シルビアの頬に強い衝撃が走った。

「――ッ!?」

 何が起きたのか、何をされたのかがわからないシルビアは、慌ててエヴァから距離を離す。

「(速いわね……)」

 離れた所から一連の攻防を見ていたシャルロットは、エヴァが何をしたのかを捉えていた。

 エヴァは体当たりを避けられたと同時に身を翻し、シルビアの頬に左フックを入れていた。

「ちっ……今何が起きたのよ……」

 シルビアが口から垂れてきた血を手で拭いながら、シャルロットの元まで後退してくる。

「殴られたのよ」

「嘘おっしゃい。そんな動きは見えなかったわよ」

「……まぁ、そうでしょうね」

 残像が残る程の速さで銃弾すらも避けてしまう俊敏さを誇るエヴァの攻撃。至近距離でそれを捉えてみろという方が、到底無理な話であった。

「ほら、どうしたの?お話してるだけじゃ私は倒せないわよ。かかってきなさい」

 距離を保ち、攻撃を仕掛けようとしないアルベール姉妹を挑発するエヴァ。

「ちっ……イラつく奴ね……」

 その挑発に、シルビアが反応する。

 しかしその一方で、いつもならどんなにわかりやすい挑発でも簡単に乗ってしまうシャルロットが、意外にも冷静にエヴァを観察していた。

「……何かしら?」

 その視線に気付き、エヴァは目を細める。

「……別に?」

 はぐらかし、微笑を浮かべるシャルロット。そして、隣に居るシルビアにだけ聞こえるよう、小さな声でこう言った。

「考えがあるわ。手伝って頂戴」

「考え?」

「ま、大した事じゃないんだけど。闇雲に戦うよりはいくばくかマシだと思うわ」

「?」

「あなたはここに居て、いつでも発砲できるよう準備をしておいて」

「あんたはどうするのよ」

「私は――」

 シャルロットは銃をホルスターにしまい、素手の状態でエヴァに向かって歩き出す。そして、エヴァに聞こえるように、大きな声でこう言った。

「武器を使わずに、奴と一対一で殴り合うわ」

「――面白い」

 エヴァはこちらに歩いてくるシャルロットを見て、ニヤリと口元を歪ませた。

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