第32話


 夜の森の、道なき道を駆け抜けるアルベール姉妹の二人。喋っている余裕などはなく、二人は会話を一切せずにひたすら走り続ける。視界は暗く、道は舗装されていない獣道。

 しかし、ヴァンパイア達のように人ならざる身体能力こそ無いが、ヴァンパイアハンターとして訓練された二人の身体能力はそれでもかなりのもの。二人は難なく、その道を駆け抜けていった。


 二十分程が経過した。

「見えてきたわよ!」

 シャルロットよりも少し先を走っているシルビアが、正面にユーティアスが見えてきた事をシャルロットに伝える。その光景はすぐにシャルロットにも見える事になったが、息も絶え絶えである彼女に言葉を発する余裕は無かった。


 森を抜け、ユーティアスまであと少しという所で、シルビアはゆっくりとペースを落としていき、そのまま一度立ち止まる。

「シャル」

 名前を呼んで後ろを振り返ってみると、シャルロットの姿はかなり後ろにあった。

 シルビアの元に遅れて到着した彼女は、両手を膝の上に置き、呼吸を整える。しばらく何も言わずに肩を上下させているだけであったが、落ち着いた所で顔を上げ、今にも死にそうな程憔悴しきった様子でこう呟いた。

「ほんとに大変ね……ヴァンパイアハンターって……」

「残念だけど、今からが本番よ。ここからでもユーティアスにどれだけのヴァンパイアが居るのかわかる程、禍々しい気配を感じるわ」

「冗談だと言ってほしいものね…」

「全くね」

 二人は再び走り出した。


 町に到着するなり、その辺りを徘徊していた複数のヴァンパイアが襲い掛ってくる。二人は素早く銃を抜き、一瞬で返り討ちにする。

 そして、変わり果てた町の様子をその場から見回し始めた。

「こんな事って……」

 辺りに転がっている住民達の死体を見て、声を震わすシャルロット。

「生きてる人はもう見当たらないわね…」

 表情を曇らせるシルビア。生存者を探すも、既に動き回っているのはヴァンパイアだけであった。

「とにかく進みましょう。あいつらがもうエヴァを見つけてるかもしれないわ」

「そうね……」

「しっかりしなさい。ほら、行くわよ」

「ご、ごめんなさい……」

 シャルロットは気持ちを切り替えようと、深呼吸をする。そして、シルビアに続いて歩き始めた。


 開けた商店街を進んでいく二人。

 しばらくして正面に現れたのは、ヴァンパイアの集団であった。

「なんて数なの……」

 遠くからでも、三十体か、それ以上は確認できる。

「やるしかないわ。放っておくワケにもいかないでしょう」

「それはそうだけど……」

 腰のポーチの中身を心配そうに確認するシャルロット。所持している予備の弾薬に、これ以上余裕は無い。それでも二人は、正面のヴァンパイア達に向かって歩いていく。

 ヴァンパイアの一体が二人に気付くと、その場に居る全ての個体が、一斉に顔を向けた。

「――ッ」

 三十体以上というヴァンパイアに捕捉され、思わず気が引けてしまうシャルロット。その隣に居るシルビアも苦笑を浮かべている。

「やれやれ……」

 出端から苦難の展開に遭遇してしまった二人。

 先頭に居た個体が雄叫びを上げて走り出すと、それに倣うように次々と他の個体もアルベール姉妹に向かって走り出した。

「来るわよ!」

 その場で銃を構える二人。

 その時、二人の左手側にある五階建ての建物の上から、一人の少女が飛び降りてきた。それと同時に、ヴァンパイア達は立ち止まる。

 二人の前に着地したその少女の特徴的な綺麗な緑髪は記憶に新しく、二人はすぐに彼女が誰なのかを思い出す。

「遅かったな、お前達。待ちくたびれたよ」

 十メートル以上はある高さから飛び降りたにもかかわらず平然としたまま、ノアは気だるそうな表情で二人を見てそう言った。

「これでも急いだ方よ?」

 溜め息混じりにそう言ったシルビアであったが、彼女の表情には安堵のようなものが見て取れる。ノアの登場により、ヴァンパイアの殲滅が格段に楽になったからだ。

「ボク達はとっくに着いていたぞ。何をしてたんだ」

「あなた達ヴァンパイアと一緒にしないで頂戴。私は人間よ」

「ちっ……。そうかいそうかい……」

 そこで、ノアの登場によって攻撃の手を止めていたヴァンパイア達が再び雄叫びを上げ、じりじりと距離を詰め始める。それを見て、アルベール姉妹の二人が反射的に銃を構えたが、

「待て。ここはボクに任せろ」

 ノアがそう言って、二人の前に立って射線を妨害した。

「なんですって?」

 彼女の言葉、行動に眉をひそめるシルビア。ノアは無視して、右手側にある建物と建物の間の細い道を指差す。

「そこの裏路地を抜ければ東通りに出られる。ボクはずっとこの辺りに居たが、特に何も見つからなかった」

「だとしたら、エヴァはどこに?」

 シャルロットが呟く。

「わからん。だが、さっき屋根の上から東通りの方を見た時、双子を見た。あいつらなら何か見つけたかもしれない。そっちへ行け」

「あんたはどうするの?」

 シャルロットの問い掛けに、ノアは正面に居るヴァンパイア達に向かって歩き出しながら答える。

「とりあえずこいつらを片付ける。その後はまぁ、また探索を続けるとするよ」

「無茶よ。こんな数を一人でなんて――」

「バカ。何体集まったって、所詮雑魚は雑魚だ。ボクの相手じゃない」

 と言って、不意に立ち止まるノア。次の瞬間、彼女の姿が変貌した。

 その姿は、フォートリエ家の屋敷にてアルベール姉妹と対峙した際に見せた、例の真の姿であった。突然気配が強大なものになり、ヴァンパイア達は思わず再び立ち止まってしまう。

「とにかく早く行け。ボクは大丈夫だ」

 ノアは二人に顔を向け、ニヤリと笑って見せた。

「……そう。わかったわ」

 ノアの笑みに応えるように、微笑を浮かべるシルビア。

「ここはあなたに任せる。また後で会いましょう」

「そうしてくれ」

「シャル。行くわよ」

「え、えぇ……」

 シャルロットは少々困惑気味であったが、ノアをちらっと一目見てから、先に歩き出したシルビアに続いて裏路地へと向かう。

「シャルロット」

 呼び止めたのは他でもない、ノアであった。

「……なに?」

 初めて名前を呼ばれた事、なにより彼女に呼ばれた事自体に驚き、シャルロットは少し反応が遅れる。きょとんとしているシャルロットに見つめられ、ノアはしばらく何も言わずに黙って視線だけを返していた。

「……いや、何なのよ?」

 呼び止められて無言では流石に意図がわからず、シャルロットは困ったように苦笑を浮かべる。

「……やっぱりなんでもない。さっさと行け」

 ノアは突然ぷいっと顔を背けて、ヴァンパイア達の元に歩いていった。

「はぁ?ちょっと――」

「シャル。何してるのよ」

 先に裏路地へと向かったシルビアが、シャルロットがついてきていない事に気付き、足を止めて呼び掛ける。

「今行くわ!」

 シャルロットは去り際にもう一度、ノアの背中を怪訝な表情で見つめる。ノアに振り向くような様子は見えない。

「……変な奴」

 シャルロットは小さく溜め息をつき、回れ右をしてシルビアの元に駆けていった。


 アルベール姉妹が居なくなり、その場にはノアと大量のヴァンパイア達だけが残る。

「……」

 距離がある程度まで縮まった所で、不意に立ち止まるノア。彼女の頭の中には、先程のシャルロットのきょとんとした表情が浮かんでいた。そして、ぼそっと呟く。

「謝って……どうするんだ……」

 その時、先頭に居たヴァンパイアが痺れを切らして、ノアに向かって突進していく。それを見て、ノアはニヤリと笑った。

「オーケー。ボクは今、むしゃくしゃしてる。お前らには気の毒だが八つ当たりをさせて貰おう」

 通じないという事を知っていながらそう言って、突進してきたヴァンパイアの頭部を右手の爪で串刺しにする。

「――がっかりさせるなよ!」

 ノアがそう言い放った瞬間、ヴァンパイア達は、一斉にノアに襲い掛かった。


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