第26話
サクラの真空刃、アルベール姉妹の銃弾が、オリヴィアに襲い掛かる。
銃弾は翼で弾き、真空刃だけはその場から移動して回避するオリヴィア。
そのまま、三人が再び攻撃を仕掛ける前に、オリヴィアは右手から黒い球体を撃ち放った。
「サクラ!避けなさい!」
その場から動こうとしないサクラに、シルビアが回避を促す。
「ご心配なく――」
サクラはそうとだけ答え、刀を上段に構える。
そして、飛んできた球体を大振りな袈裟斬りで斬り付けた。サクラの刀の刃身に当たった球体は跳ね返り、オリヴィアに向かって飛んでいく。
「小癪な――!」
自分が放った攻撃を跳ね返され、それを避けさせられるという屈辱に表情を歪めるオリヴィア。
回避した直後にアルベール姉妹が接近し、二人同時に接近戦を仕掛ける。
「いい加減に――!」
「諦めなさい!」
オリヴィアは二人が次々と放つ蹴りを全て避け、二人を翼で薙ぎ払う。
シルビアはすぐに反応し、攻撃を中断して後方に下がったが、シャルロットは少しだけ反応が遅れ、頬に翼がかすってしまう。
かすっただけだと言うのに、浅いものではあったがシャルロットの頬に切り傷が作られた。
「ど、どんだけ鋭いのよ……!」
慌てて距離を離し、頬の切り傷から垂れてきた血を手で拭いながら苦笑するシャルロット。
「お二方」
アルベール姉妹の元に、サクラが歩いてやってきた。
「ねぇ。奴を仕留める良い方法は何かないの?あんた、あいつの重臣だったんでしょ?」
シャルロットのその問いかけに、サクラはゆっくりと首を横に振って見せる。
「重臣だからどうだと言うのです。主を殺す方法を教えられていたとでも?」
「……そんなワケないか」
「えぇ。ですが、方法はあります」
「……え?」
シャルロットは思わず一度視線を外したサクラを二度見した。
「どんな方法?」
サクラの発言に、シルビアも反応する。
「あの翼がある限り、あなた方の祓魔銃は弾かれてしまうでしょう。つまり、あの翼さえなくなれば、フォートリエ様に身を守る術は無くなるという事です」
「ふむ。確かに、あるよりは無い方がやりやすいわね」
シャルロットの言葉。サクラは彼女に微笑を返す。
「決まりですね」
「……準備しておきなさい。私達が奴の気を惹くわ」
祓魔銃の再装填をしながら、オリヴィアに向かって歩き出すシルビア。
「つまり、私達が囮になるって事?」
シルビアと共に歩き始めたシャルロットは、どことなく不服そうにそう訊く。
「背に腹は代えられない――って言うでしょ?」
「……仕方ないか」
オリヴィアへの銃撃を再開する二人。
相変わらず避けられてはいるものの、この攻撃は仕留める為の攻撃ではなく、サクラへの注意を逸らす為の陽動。当てる必要は無い。
オリヴィアがそんな二人の攻撃に違和感を抱いたのは、攻撃が始まってすぐの事であった。
「何を考えている」
「あら、何の事?」
とぼけて見せるシャルロット。それでも攻撃の手は止めずに、オリヴィアの顔面にハイキックを打ち込む。
容易く避ける事のできたそのハイキックを見て、オリヴィアが抱いた疑心は確信に変わった。
「なるほど囮という事か。小賢しいマネをするじゃないか。ヴァンパイアハンターよ」
「もう遅い!」
背後に回り込んでいたシルビアが、オリヴィアの翼の根本に銃弾を連射する。
「甘いな!」
シルビアの奇襲に気付いていたのか、オリヴィアは銃弾が命中する寸前で素早く振り返り、銃弾を弾きながらシルビアの身体も凪ぎ払う。
翼が当たる間合いでは無かったが、翼から生じた風圧により、シルビアは背後に飛ばされ背中から地面に落ちる。
「その程度の付け焼き刃で私を倒せると思ったのか?浅はかな事だ」
オリヴィアの挑発。
頭を軽く打ったらしいシルビアは、後頭部を手でさすりながら起き上がる。そして、ぼそっと呟く。
「付け焼き刃じゃないわ。不可思議な真空の刃よ」
「……何?」
オリヴィアが眉をひそめ、その言葉の意味を考える前に、彼女の背中に衝撃が走った。
正確に言えば背中ではなく、右側の翼。そこに、何かをぶつけられたような感覚。
オリヴィアはその時に、シルビアの言葉の意味、アルベール姉妹が当てる気のない攻撃を繰り出してきた意味を悟った。
「サクラ……!貴様……!」
オリヴィアはゆっくりと振り返り、抜き身の刀を構えているサクラを睨み付けた。
大木をも綺麗に斬り裂く切れ味を誇るサクラの真空刃。それを持ってしても、オリヴィアの頑強な翼は簡単には斬り落とせなかった。
しかし、根本にその真空刃を撃ち込まれた事によって、翼はオリヴィアの意思では動かせなくなる程にはダメージを負っていた。
「まぁ、及第点と言った所でしょうか」
「機能しなくなったんだから充分だわ。私達の勝利は目前ね」
刀を納刀しながらこちらにやってきたサクラに、シルビアが顔をオリヴィアに向けて警戒をしたまま答える。
「なるほど……」
一同に背を向けた状態のまま、オリヴィアは重い口をゆっくりと開いた。
「翼を奪われるとはな……。だが、片翼を失った程度で負けるようでは、ヴァンパイアの長など到底務まらん」
ゆっくりと振り返りながらそう言ったオリヴィアは、不適な笑みを浮かべていた。
「それはそうでしょうね。それで、次は何を見せてくれるの?」
すっかり調子に乗っているシャルロットが嘲笑を浮かべて見せる。
「……」
オリヴィアは不意にぴたりと動きを止めた。そして、目を閉じて顔を少し上げ、耳を澄ますような素振りを見せる。
「……何なの?」
その様子を怪訝に思い、シルビアがそう口にする。
「もう直だ」
オリヴィアがそう話を切り出したのは、シルビアが口を開いたのとほぼ同時だった。
「それまでに私を完全に仕留める事ができなければ、貴様らに勝ちの目は無くなるであろう」
「……何の話をしているの?」
眉をひそめるシャルロット。
アルベール姉妹の二人を困惑させたそのオリヴィアの言葉の意味は、すぐに判明した。
「……時間切れだ」
オリヴィアのその言葉と同時に、ガシャンという大きな音が聞こえ、屋内への扉が勢い良く開けられる。
「遅くなりました。フォートリエ様」
扉を蹴破り、肩で息をしながら現れたのは、少し前に撃破したハズであるヴァンパイア、ノアであった。
更に彼女の後ろから、同じく仕留めたハズのリナとルナの二人も姿を見せる。
「あ、あいつら……!どうして……!?」
予想だにしていなかった敵の増援、それも一体ずつを相手にするのがやっとという面子が駆け付けた事に、シャルロットは動揺が隠せない。
このような状況になっても何らかの策を思い付き、余裕を崩さない態度を保つシルビアも、今回ばかりは打つ手が無いらしく、顔をしかめてやってきた面々を睨み付けるように見つめている。
そして、以前までは現れた三人とは味方の関係とも言えたサクラは、状況に似合わないつまらなさそうな無表情で三人を見ていた。
「妙ですね」
そんなサクラが、不意に呟く。
「何が?」
苦笑を浮かべているシルビアが反応する。サクラはほとんど形式的に、わざとらしく辺りを見回しながら答えた。
「もう一人、居るハズです。こんな時に現れないで、何処に居ると言うのでしょうね」
「何処だって良いわ。現れない方が助かるもの」
「そうよ――」
シルビアの言葉に、シャルロットが力無く笑いながら同意した。
「そんな奴の事は今はどうでも良いでしょう。私達が今やるべき事は、この状況をどう乗り切るかを考えるって事よ」
「考える暇があれば良いけどね……」
シルビアが溜め息混じりにそう言ったのと同時に、ノアが先陣を切って突っ込んできた。
三人はそれを受け、それぞれ別々の方向に移動してその場から離れる。
シルビアはノアがそのまま追い掛け、リナとルナがシャルロットを狙う。
サクラの前には、オリヴィアが居た。
「さぁどうする?」
オリヴィアはニヤリと笑い、サクラに向かって歩き出した。
「人数差は埋まったワケだが、まだ私に勝つ気でいるというのか?」
「勝つ気でいる事には間違いありませんが……」
あとずさりながらそう答えるサクラであったが、後の言葉が思い付かずに口ごもってしまう。彼女のその様子を見て、オリヴィアは愉快そうに笑い出した。
「打開策があるのか?それなら是非とも見せて貰いたいものだな」
「えぇ。是非ともお見せしたいです」
サクラは鞘に納めてある刀の柄を掴み、苦しそうな表情で口元を歪めてこう言った。
「……できる事ならね」
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