第25話

「来い!ヴァンパイアハンターよ!」

 オリヴィアがそう言い放った瞬間、立っている事が困難になる程の強い風がアルベール姉妹を襲う。

 その風が自然の物なのか、オリヴィアが巻き起こした物なのかはわからないが、二人は何とか体勢を維持してその強風を凌ぐ。

 そして銃を構えて引き金を引こうとしたが、その時にオリヴィアの身体を見た二人は思わず目を疑い、発砲する事を忘れてしまった。

 ドレスのデザインによって露出しているオリヴィアの背中から、二枚の黒い翼が生えていた。

「え、飛ぶの……?」

「さぁね……」

 苦笑を浮かべる、シャルロットとシルビア。

 この戦いを先制したのは、オリヴィアであった。

 黒い翼をばさりと広げ、二人に向かって弾丸のような速さで滑空し、接近する。そのあまりの速さに、二人から見たオリヴィアの姿は黒い塊のように見えた。

 はっきりと視認できない中、二人は感覚だけで身体を動かし、オリヴィアの突進を回避する。

 オリヴィアは左右に分かれた二人の間を通過した後、身を翻して再び攻撃を仕掛ける。

「やられっ放しは性に合わないわ……!」

 こちらに向かってくるオリヴィアに銃を構え、三回引き金を引く。

「無駄だ!」

 翼で身体を覆うように包むオリヴィア。すると、翼に当たった銃弾は容易く弾かれ、ひしゃげて地面に落ちた。

「銀の銃弾を弾けるの……!?」

「落ち着きなさいシャル。翼を避けて本体に叩き込めば良いだけよ」

 シルビアのセリフ。それを聞き、オリヴィアはふっと鼻で笑って見せた。

「随分と簡単に言ってくれるな。私の身体を捉えられると言うのか?」

「捉えてみせるわよ」

 シルビアはそう答え、オリヴィアの胸部を狙って発砲する。

 しかしその銃弾も、翼に弾かれてしまった。

「滑稽だな。ヴァンパイアハンターよ」

「言ってなさい……!」

 吐き捨てるようにそう言い、走り出すシルビア。シャルロットもそれに倣い、二人は自分達からオリヴィアに接近していく。その際にも二人はオリヴィアを狙って発砲するが、結果はやはり先程と同じであった。

 四発撃った所で距離が縮まり、シルビアがオリヴィアに向かって前蹴りを放つ。

 オリヴィアはその蹴りを右手で受け止め、シルビアの足を上に持ち上げるようにして突き飛ばす。

 シルビアは空中で回転して体勢を整え、受け身を取って着地する。

 入れ替わるように、今度はシャルロットが背後から回し蹴りを放った。蹴りは狙い通りに、オリヴィアの首に命中する。

 しかし、オリヴィアは少しも怯まず、振り返ってシャルロットの首を右手で掴む。そのまま、シャルロットの身体は持ち上げられた。

 凄まじい力で首を締め上げられるシャルロットであったが、彼女は焦る事なく、また、それを待っていたかのように次の行動に素早く移る。

 シャルロットは右手に持っている銃をオリヴィアの眉間に突き付け、引き金を引いた。

 捨て身とも言えるようなその攻撃に、オリヴィアは眉をひそめ、一瞬だけ動揺したような素振りを見せる。

 しかし、銃弾がオリヴィアの眉間を貫く寸前で彼女は首を傾け、銃弾を回避してからシャルロットの身体を投げ飛ばした。

 シャルロットは着地と同時に転がり、ダメージを最小限に抑える。

 そして、オリヴィアが次の行動を取ろうとする前に、背後から忍び寄ったシルビアが祓魔銃に装填されている全ての銃弾をオリヴィアの背中に叩き込んだ。

「死になさい!」

「甘いな!」

 素早く振り返り、翼で銃弾を弾きながら、そのままシルビアの身体も翼から生じた風圧で吹っ飛ばす。

 ふわっと身体が浮き、抵抗する間もなくシルビアは地面に背中から落とされる。

 それが負傷に繋がるような事はなかったが、状況がまた振り出しに戻った事に、シルビアは舌打ちをした。

「やれやれ。決定打を与えるのは、いつの事になるやら」

「そんなものか、ヴァンパイアハンター。これでは興醒めになってしまうぞ」

「……うるさいわね」

 強気にそう言い返すシルビアであったが、その強気は口先だけのものであった。

「(参ったわね……)」

 シルビアはその場から動かずに、オリヴィアに攻撃を当てる方法が無いかを考え始めた。



 一方――

 屋上に向かったアルベール姉妹、アリスの三人と別れたエマ。

「……」

 彼女はしばらくの間、自分の不甲斐なさにやりきれない気持ちを覚え、階段の側に座り込んで俯いていた。

「(情けねぇ……)」

 思わず涙が浮かんできてしまい、エマは誰が見ているワケでも無いのに、慌ててそれを手で拭う。

 そして、膝の上に乗せた自分の腕に顔をうずめるようにして、再び俯いた。


 それから十分程が経過した。

 相変わらず、エマは何も考えずにただ俯いているだけ。

 しかしその時、近くから足音が聞こえたような気がして、エマは慌てて顔を上げた。

「――!」

 正面には、誰も居ない。

「気のせいか……?」

 思わずそう呟いてしまう。長い間ぼーっとしていたから気が抜けてしまい、風の音か何かと勘違いしたのか、と、エマは苦笑を浮かべる。

「エマさん……?」

「うわぁっ――!」

 不意に名前を呼ばれ、喫驚して飛び上がるエマ。

 声が聞こえた方を見てみると、すぐ近くでこちらをきょとんとした顔で見ているマリエルの姿が見えた。

「マ、マリエル……お前いつの間に……」

「今来た所ですけど、他の皆は?」

「上に行ったよ。今頃、フォートリエとやり合ってる所だと思う」

「……そうですか」

 変わりようのないその事実に、マリエルは悲しそうに微笑する。

「サクラさんは?」

 エマはマリエルと一緒に居たハズのサクラが居ない事に気付き、そう訊いた。

 マリエルは不思議そうな顔で答える。

「え?サクラさんと会いませんでした?」

「……え?」

 眉をひそめるエマ。

「サクラさんなら、私より先にここを通って屋上に向かったハズなんですけど……」

「いや、会わなかったな。ホントにここを通ったのか?」

「そのハズです。だって、屋上へ行くにはこの階段を登る以外に道はありませんから」

「……そうか」

 先程聞こえた足音はサクラのものだったのかと、エマは思ったが、彼女は釈然としない様子で何かを考え込むような素振りを見せる。

「エマさん?どうしたんですか?」

 エマの顔を覗き込むように見るマリエル。

「い、いや、なんでもない……」

 言葉を濁すエマ。マリエルは気にはなったものの、無理に聞き出そうとはしなかった。

「(目の前を歩かれても気付けない程落ち込んでた――なんて言えっこねぇよ……)」

 エマは心の中でそう呟き、マリエルに顔を見せまいと誤魔化すように階段を見上げた。



 場面は戻り、屋上にてオリヴィアと交戦しているアルベール姉妹の二人。

「シャル。何か良い方法は無いかしら?」

「いきなりの丸投げね……」

 攻撃を避けながら、オリヴィアにダメージを与える術を考えていたシルビアであったが、結局有効な策は何も浮かばなかった。

「あの翼さえどうにかなれば良いんだけど、生憎そのどうにかする方法が思い浮かばないのよ」

「そうでしょうね……。簡単に思い浮かぶなら苦労しないもの」

「間違いないわね」

 溜め息をつくシルビア。

「どうした。ただ避けているだけでは戦いは終わらぬぞ」

「終わらせたい気持ちは山々よ……」

 オリヴィアの挑発に対し、シャルロットが小さな声でぼそっと呟く。

 そこで、再びオリヴィアが二人に向かって滑空する。

 恐ろしい速さでの突進攻撃。何とか捉え、それを避ける二人であったが、反撃に出るような余裕は無い。

 また、立て続けの回避によって、二人の息は上がり始めていた。

「このままじゃ、じり貧ね……」

 シルビアがそう呟いて、ダメ元でも良いというような気持ちで銃を構える。

 その時、屋内へと続く金属製の扉が、ゆっくりと開いた。

 そしてそこから、見覚えのある女性が一人現れる。

「随分と苦戦していらっしゃるようですね?お二方」

 現れた女性、サクラは、ニコニコと笑いながらアルベール姉妹の二人を見てそう言った。

「何をしに来たのよ。やっぱり裏切ってヴァンパイア側に付きますとでも言うつもり?」

 こちらに歩いてきたサクラに、シャルロットは露骨に不機嫌な態度を見せる。

「ふむ。一応、裏切りという事にはなりますね」

「あぁそう。ならあんたも纏めて――!」

 シャルロットがサクラに銃を向けようとしたその時、サクラは納刀してある刀の柄を掴み、オリヴィアに身体を向けた。

 そして何も言わずに次元斬を放ち、オリヴィアの目の前の空間を斬り裂く。

 目の前を斬撃された事によって生み出された風圧を顔面に受け、オリヴィアはニヤリと笑ってサクラを見た。

「どういうつもりだ?サクラ」

「そのままの意味で受け取って頂いて結構です。フォートリエ様」

 サクラはそう言って刀を抜き、刃先をオリヴィアに向けた。

「あなたを討たせて頂きます。お覚悟を」

 それを見て、オリヴィアは実に楽しそうに、声を上げて笑い出した。

「これは面白い。理由は知らぬが、私を敵に回すと言うのか」

「確かに、命を救って頂いたあなたに刃向かうなど、義理を踏みにじる卑劣な行為でしょう。ですがそれでも、私はあなたを裏切ります」

 サクラの目が、深紅に染まっていく。

「ほう、それは興味深い。人間に心を動かされたとでも?」

「まぁ、そんな所です。――私は、主従関係よりも大切なものを見つけたから」

「結構結構……」

 喉の奥で押し殺すように、低く唸るように笑うオリヴィア。

「さぁお二方。始めましょう」

 サクラはそう言ってアルベール姉妹の二人を見たが、シルビアは呆然としており、シャルロットは嘲笑を浮かべている。

「いきなり現れて何をしだすのかと思ったら――」

 シャルロットが口を開く。

「折角人として平穏に生きていけって言ってあげた側からこんな場所で刀を抜くとはね。確かにこの状況、本音を言えば加勢してくれるのはありがたいんだけど――」

「あぁ、勘違いしないでくださいね?私がここに来たのは、マリエルさんやフォートリエ様、そして何より、自分自身へのケジメの為ですよ。つまり、あなた方を助けるつもりなど毛頭ありませんし、あなた方がどうなろうと私の知った事ではありません」

「はぁ!?何ですって!?もう一回言ってみなさい!」

「と、思ってはいましたが――」

 サクラは言葉を切って、シャルロットから視線を外してから続きを言う。

「私はシャルロットさん、あなたに助けて頂いた。なので、その借りだけはしっかりと返します」

「な、何よ急に……」

「……もう話は良いでしょう。早く始めましょう」

 一方的に話を打ち切り、歩き出すサクラ。

 シャルロットはまだ何かを言いたそうにしていたが、シルビアがサクラに倣ってすっと歩き出したのを見て、シャルロットも口をつぐんで歩き出した。

「サクラ」

「何です?」

 シルビアに呼ばれ、サクラは顔を正面に向けたまま返事をする。

「礼は言っておくわ」

 シルビアのその言葉には思わず驚き、サクラは彼女に顔を向けた。

「……はい?」

「そんなに不思議がる事はないでしょう。誰であろうと、この状況で加勢してくれるのは助かるわよ」

「ですから、私は別にあなた方の為では――」

「それでもよ。ありがとう」

「――ッ」

 サクラは再び、シルビアから視線を逸らした。

「……あなたはシャルロットさんと違って、礼節を弁えているようですね」

「それはどうも。それと、顔赤いわよ」

「き、気のせいです……!」

 会話が終わり、それと同時に三人はオリヴィアの前に到着した。

「サクラよ。前回のように、私を落胆させるでないぞ」

「心得ています」

 刀を構えるサクラ。銃を構えるアルベール姉妹。

「いざ、参ります……!」

 サクラの刀が振られ、繰り出された真空刃がオリヴィアに襲い掛かった。


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