第27話

「――生きてたのね」

 走ってくるなりいきなり殴りかかってきたノアのその一撃をかわし、ぼそっと呟くシルビア。

「ボクが灰になった所を見たっていうのかい?ボクは一度も死んだ覚えは無いがね」

「あっそ……」

「無駄話はいい。――遊ぼうじゃないか」

 空間を斬り裂くようなノアの鋭い回し蹴りが、シルビアの首を狙って放たれる。

 身体を反らしてギリギリで避け、そのまま反撃に出ようとするシルビア。

 しかし、ノアの靴の先端が首にかすって動揺してしまった事で、その機会を逃してしまう。更に体勢も崩してしまい、追撃を受ける事になってしまった。

「どうした!動きが鈍いじゃないか!」

「そりゃそうよ!こちとら戦闘続きで疲れてんだから!」

 ノアの攻撃を必死に避け、防ぎ、反撃の隙を探すシルビア。

 途中、殴りかかってきたノアの腕を両手で取って動きを止める事に成功したが、すぐに膝蹴りを放たれ、攻勢を覆す事はできなかった。それどころか、膝蹴りを腹部に貰ってしまい、状況は更に悪化してしまった。

「ちっ……」

 背後に下がってノアとの距離を離した後、呼吸が難しくなる程の苦痛に思わず膝をつき、腹部を右手で抑えるようにして苦悶の表情を浮かべるシルビア。

 そんな彼女の姿を見て、ノアは嘲笑を浮かべて見せた。

「おいおい。どうなってるんだ?まるで手応えが無いじゃないか」

「……うるさい!」

 膝をついて腹部に右手を添えたまま、左手で素早く銃を抜いて発砲する。

 その銃弾はかすりもせずに、虚空へと消えていった。

「はぁ……。もう良い、死ね」

 つまらなさそうにそう言って、シルビアの顎を下から蹴り上げるノア。

 シルビアは後ろに飛び退き、間一髪でそれを避け、体勢を立て直そうとする。

 しかし、彼女が立ち上がるよりも早く、ノアは跳躍してシルビアの腹部を突き刺すように拳を打ち付けた。

「――ッ!?」

 声にならない叫び声。反射的にうずくまるような体勢になり、込み上げてきた血が口から吐き出される。

 もはや呼吸も満足にできない状態のシルビアを、ノアは更に追撃する。

「これくらいじゃ死なないよな?もう一発くれてやる」

 髪の毛をぐしゃりと左手で掴んで顔を上げさせ、右手を振りかぶって渾身の一撃を顔面にお見舞いする。

 避ける事などできるハズも無く、シルビアの身体は宙を舞い、糸を切られた操り人形のように力無く地面に転がった。

「ゲームセットだな」

 ぴくりとも動かなくなったシルビアを見て、ノアはニヤリと笑ってそう呟いた。


「シルビアッ……!」

 姉の危機に駆け付けようとするシャルロットであったが、それをルナに阻止される。

「行かせないよ」

 ナイフをシャルロットの腹部に突き刺そうとするルナ。

 シャルロットはルナが伸ばしてきたその右手を上から押さえつけるように左手で叩き、素早く銃を構えて引き金を引く。

 その銃から銃弾が射出されるよりも早く、ルナの回し蹴りがシャルロットの脇腹を捕らえた。

「くっ……!」

 何とか痛みに耐え抜き、シャルロットはルナの足を脇で挟み込んで動きを止め、彼女の眉間に銃口を突き付ける。

 ルナは一切動揺する事なく、左手でその銃を横から弾き、シャルロットの首を目掛けてナイフを振り下ろす。

 シャルロットは刃身が突き刺さる寸前、ルナの身体を突き飛ばし、事なきを得た。

「流石に……疲れてきたわね……」

 肩で息をしながら、思わずそう呟いてしまうシャルロット。

「大丈夫。もう直、楽になるから」

 シャルロットの弱音を聞いたルナが、無表情のままそう言った。それに対し、シャルロットは鼻で笑ってこう返す。

「安息ってのは誰かに与えられるものじゃないわ。自分が自分に与えるものよ。覚えときなさい、お嬢ちゃん」

「……よくわかんない」

「あっそ……」

 会話はそこで終わり、ルナがナイフを構え、再びシャルロットに接近する。

 そのまま突き出してきたルナのナイフを避けて、シャルロットは反撃をせずにシルビアの元へと走って向かう。

「ダメだよ」

 声が聞こえたとほぼ同時に、目の前に突然リナが現れる。

「――ッ!」

 シャルロットは慌てて立ち止まり銃を構えるが、リナの詠唱の方が僅かに早かった。

 彼女の右手が作り出した球体が、シャルロットを目掛けて射出される。

 背後に飛び退いて倒れ込み、その球体を辛うじて避けるシャルロット。

 しかし、間髪入れずにルナが飛び掛かってきた事により、シャルロットは再び危機に見舞われた。

 ルナは馬乗りになって、ナイフを両手で持ってシャルロットの腹部に突き刺そうとする。

 シャルロットはルナの手を掴み、そのナイフをギリギリで止める。

 そのまま二人の力比べとなったが、やはり体勢の不利が大きく響き、ナイフは徐々にシャルロットの腹部に近付けられていった。

 ついにナイフの先端がシャルロットの腹部に達し、黒いシャツが更に黒く滲んでいく。

「ッぅ……!」

 シャルロットの表情が苦痛に歪んだのを見た途端、ルナはいつもの無表情から、初めて見せる楽しそうな表情になった。

「死ね……!あはははは!死ねぇ!」

 狂気を孕んだ笑み。ナイフを押し込む力が更に強くなる。

 ナイフが半分程刺さり、シャルロットの力が抜けてきたその時、

「——ッ!」

 ルナは突然ナイフを抜き、その場から飛び退いた。

 同時に、先程までルナが居た空間に複数の斬撃の光が煌めく。

 リナ、ルナの二人は同時に同じ方向を見て、その先に居るサクラを睨み付けた。


「危ない所でしたね……」

 離れた場所から次元斬を放ってシャルロットを救ったサクラは、鞘に納めてある刀の柄から手を離し、ふうっと小さく息を吐く。

「これは驚いた。他人を気にかける余裕があったとはな」

 サクラの前で腕を組んで立っているオリヴィアが、鼻で笑ってそう言った。

「余裕などありませんよ。これで四体一となったのですから」

「その割には涼しい顔をしているな」

「そう見えますか?」

「あぁ。見えるとも」

 そこで突然、サクラは再び刀の柄を掴み、オリヴィアに次元斬を放つ。

 オリヴィアがそれを避ける為に、その場からすっと横に移動する。

 その直後に、サクラは刀の柄を掴んだまま、風のような速さでオリヴィアに接近し、一文字に居合い斬りを放った。

 目にも留まらぬ神速の早業。思わず、オリヴィアも反応が遅れてしまう。

 しかし、その斬撃はギリギリで避けられ、オリヴィアの腹部には浅い傷ができただけであった。

「――速いな」

「それはどうも……」

 ニヤリと笑い、サクラの技を素直に称賛するオリヴィアであったが、サクラは避けられた事に腹を立て、素っ気ない態度を取る。

 そこで、サクラは背後から忍び寄っていたノアの気配に気付き、オリヴィアから視線を外して振り向き様に刀を振った。

「ちっ……。何故わかった」

 素早いバックステップでその斬撃を避け、舌打ちをするノア。

「殺気が溢れ出ていますよ。見なくたってわかる程にね」

 サクラは微笑を浮かべて見せる。

「こいつ……半端者のクセに生意気な……!」

 ギリっと歯軋りをした後、ノアは攻撃を仕掛ける。

 更にそれと同時に、ノアの背後に居たルナが彼女の身体を飛び越えて、空中からサクラに襲い掛かった。

 サクラは殴りかかってきたノアの手を鞘で、ルナが空中から落下様に振り下ろしてきたナイフは刀で弾く。

 一息つく間もなく、今度はリナの魔法の球体が飛んでくる。

「はぁッ!」

 気合いの掛け声と同時に刀を振り下ろし、球体を斬り付けて跳ね返す。

 その跳ね返した球体がリナに命中したかどうかを確認する間もなく、今度は背後にオリヴィアの気配を感じ取る。

 更に、左右からノアとルナも同時に接近してくる。

「……お手上げです」

 三人の攻撃が命中する寸前、サクラはニヤリと苦笑を浮かべ、ぼそっとそう呟いた。

 オリヴィアの右手が胸部に、ノアの左手が左の頬に当たり、ルナのナイフは右の脇腹の辺りに突き刺さる。

 刀を握っていたサクラの手の力がすっと抜け、彼女の刀は金属音を鳴らしながら地面に転がった。そして彼女自身も膝から崩れ落ち、うつ伏せで地面に倒れ込む。

 これで、三人全員が戦闘不能となってしまった。


「参ったわね……」

 三人の中で唯一まだ意識があるシャルロットが、立ち上がれずに倒れた状態のまま、意識が無いシルビアとサクラの二人を見て苦笑を浮かべる。

 意識があるとは言え、ルナのナイフによってできた切創による出血が酷く、その意識も半ば朦朧とし始めていた。

 そんな状態では銃を構える事すらもできず、こちらに向かって歩いてくるルナを見ても、シャルロットはただただ彼女を睨み付ける事しかできない。

「何か言い遺す事は?」

「そうね……」

 ナイフを首に突き立てながら聞いてきたルナに、シャルロットは悩む素振りを見せてから、こう答える。

「くたばれヴァンパイア共――とでも言っておこうかしら」

「自分の死に際の言葉にしては面白いね。覚えておいてあげる」

「ふふ、それはどうも……」

 力無く笑って見せるシャルロット。その表情に、もはや希望などは微塵も見て取れなかった。

「待って……」

 少女の声。ルナは声が聞こえたそちらに顔を向ける。

 そこには、今まで隅で泣いているだけであったアリスが居た。

「アリス・フォートリエ、何の用?」

「もう止めて……これ以上シャル達を――」

「無理だよ。ごめんね」

 素っ気ない即答を返されるが、アリスは退かずに、ルナのナイフを持っている手を両手で掴んだ。

「ダメ……!」

「離して。フォートリエ様の命令が無い以上、あなたを手に掛ける事はできないから」

「……」

 アリスは手を離さない。

 ルナは困ったように溜め息をついてから、アリスの手を強引にほどく。

 そして、オリヴィアに視線を移した。

 どうすれば良い、とでも言いたげなその視線。ルナのその行動は、訊くというよりも、確認の為であった。

 あなたの実の娘を本当に殺してしまって良いのか、という確認。

 そしてその本意を察しているオリヴィアは、肯定も否定もせずに押し黙っていた。

「フォートリエ様……」

 ノアが声を掛ける。

「……わかっている」

 オリヴィアは目を閉じて、一度深呼吸をする。

 そして目を開け、口を開いた。

「殺せ」

 その時、アリスの前に立っていたルナの身体が突然勢い良く吹っ飛び、オリヴィア達の足元に転がる。

 何が起きたのかと、辺りを見回す一同。

「エヴァ……!」

 ノアが出入口である鉄製の扉の前に、こちらに手の平を向けるようにして立っているエヴァの姿を見つけた。

 彼女が何をしているのか、それを考えるよりも前に、彼女の手の平から紫色の球体が飛ばされる。

 その球体は、オリヴィアに向かって飛んでいった。

 オリヴィアは球体を生きている方の翼で弾き、エヴァを睨み付ける。

「貴様……どういうつもりだ!」

「ふふ。どういうつもりだと思います?」

 エヴァはそう言って、オリヴィアに向けている手をそのまますっと上に挙げる。

 そしてその手を再び下ろすと、弾かれた球体が軌道を変えて再びオリヴィアに向かって飛んでいった。

 オリヴィアは今度は弾かずに、球体を避けてやり過ごす。

「死んで貰います。フォートリエ様」

 耳元でそう囁かれ、素早くそちらを向く。

 いつの間にか目の前にまでやってきていたエヴァは、再び両手に球体を精製していた。

 そしてその球体を、オリヴィアの身体に叩き付けるように直接ぶつける。

 エヴァの裏切りに動揺していた事もあってか、オリヴィアは反応する事ができない。

 球体がオリヴィアの身体の中に入り込み、それと同時に彼女の全身の力がすっと抜けた。

「き……さま……」

 エヴァの身体にもたれかかって何かを言おうとするオリヴィアであったが、エヴァの魔法によるダメージによってはっきりと喋る事ができない。

 エヴァはオリヴィアの身体に腕を回して、そっと抱き締めるように抱えながら耳元で囁く。

「ヴァンパイアハンターが瀕死になった今、あなたはもう用済みなんですよ。しかしご安心くださいな。ヴァンパイアの歴史は私が受け継ぎますゆえ、安心してここで永遠の眠りについてください」

「最初から……そのつもりだったのか……!エヴァッ!」

「さようなら、フォートリエ様」

 にっこりと閉じているままのエヴァの目がうっすらと開く。

 そして、オリヴィアの胸部をエヴァの右手が貫いた。


 目の前の状況を理解できずに呆然とする一同。

「フォートリエ様!」

 その状況で一番最初に我に返って動き出したのは、ノアであった。ノアはエヴァに向かって走っていき、彼女に一撃を喰らわせようとする。

 しかし、エヴァがオリヴィアの身体をノアの方に向けた事により、ノアは攻撃を中断せざるを得なくなった。

「――ッ!」

「あなたの弱さ、それはその純粋さよ」

 そう言って、虫の息と言った状態のオリヴィアの身体をノアに向かって突き飛ばす。ノアは当然、その身体を受け止める。

 そこにエヴァが接近して、ノアの顔面に拳を打ち付けた。

 両手が塞がっていては防御する事もできず、オリヴィアの身体ごと、ノアは地面に転がった。

「あなたの忠誠心は素晴らしいものだと思うわ。そこは評価してあげる。でもその忠誠は、あなたの潜在能力を閉じ込めてしまっている」

「黙れ……裏切り者が……!」

「ふふ。残念だけど、今はあなたに構ってる暇は無いのよ。また会いましょう」

 にっこりと微笑みかけ、歩き出すエヴァ。

 ノアと同じオリヴィアの重臣であるリナとルナの双子は、戦えるような状況ではなかった。

 エヴァが放った魔法の球体が直撃したルナは意識が朦朧としていて虚ろな目になっており、倒れたまま身体を痙攣させている。

「ルナ……ルナ……!」

 そしてリナは、そんなルナの側に座って彼女の名前を必死に呼んでいた。

「さて――」

 エヴァが足を止めた場所は、シャルロットの元であった。

「……何か用かしら?」

 シャルロットは倒れたままエヴァを見上げ、あえてとぼけて弱々しい笑みを浮かべて見せる。

「十字架を出しなさい。素直に出せば、命だけは見逃してあげましょう」

「へぇ、随分優しいのね」

「ヴァンパイアハンターなど、端から興味ありませんもの。私は目的さえ成し遂げる事ができれば良いんです」

「目的って?」

 どさくさに紛れて聞き出そうとしたシャルロットであったが、エヴァは答えずに、シャルロットの髪の毛をぐしゃりと掴んで笑顔でこう言った。

「あなたには関係ないわ」

 そして、シャルロットの顔を思い切り地面に叩き付ける。

 抵抗する力は始めから無く、反抗する意志すら失ったシャルロットは、諦めたように身体の力を抜いて地面にうつ伏せた。

 エヴァはシャルロットの首に掛かっている十字架をもぎ取るように奪い、立ち上がる。そのまま歩き出そうとした彼女の腕を、小さな手が掴んだ。

「……」

 ゆっくりと、その手の主に視線を移すエヴァ。そこには、怒りに満ちた瞳でこちらを睨み付けているアリスが居た。

「……離しなさい」

 面倒臭そうに、静かにそう言うエヴァ。アリスは手を離さずに、睨み続ける。

 彼女に手を離す気がないという事を悟ったエヴァは、掴まれていない方の手で彼女の頬をぱしんと叩いた。

 アリスは思わず手を離してしまい、そのまま倒れる。

「何もできない無力な存在のクセに、邪魔をしないでください。時間の無駄です」

 吐き捨てるようにそう言って、そのまま歩き出すエヴァ。

「どこに……行く気……?」

 聞こえてきたのは、見なくても満身創痍である事がわかる程の弱々しい声。

「……まだ生きていらっしゃったのですか?」

 エヴァは半ば呆れ気味に、振り返りながらそう返す。

 そこには、前のめり気味になって片手で銃を構えているシルビアが居た。

「身体が音を上げても、私達の信念が立ち上がれと言ってくるもんでね。ヴァンパイアハンターってのは、呆れるくらいにしぶといのよ。覚えときなさい」

 その言葉に呼応するかのように、倒れていたシャルロットもふらつきながら立ち上がる。

 ぼろぼろになってもまだヴァンパイアハンターとして立ち上がる。そんな二人を見て、エヴァは機嫌良さそうにくすくすと笑った。

「あなた達のその信念に免じて、一つだけ教えてあげましょう」

「……」

 銃を構えたまま、エヴァの言葉を待つシルビア。

「私の目的は、ヴァンパイアを復活させる事」

「それなら彼女と同じじゃない。どうしてオリヴィア・フォートリエを――」

「ふふ。教える事は一つだけと言ったハズですよ?それでは、さようなら。ヴァンパイアハンター」

 エヴァはにっこりと笑ってそう言った後、屋上から飛び降り、一同の前から姿を消した。

「ちっ……。一体全体、何が起きてるってのよ……」

 シルビアは忌々しそうにそう呟き、だらんと力無く銃を下ろした。

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