第20話


 リナとルナを撃破した二人は、やはり再びホールへと戻っていく。

 その道中、シャルロットが自分の銃の装填数を確認して、とある事に気付く。

「まずいわね……」

 予備の弾倉が、残り一つとなっていた。シャルロットはすぐに、シルビアにも訊ねる。

「あなたは?」

「二つよ。仮に次が最後の戦闘だったとしても、到底足りるとは思えないわね」

「うーん……やっぱりそうよね……」

 困ったように溜め息をつくシャルロット。

 しかしホールに戻ると、その問題は簡単に解決された。

「シャル!」

 聞き覚えのある声がしたかと思うと、一人の少女が駆け寄ってきた。

「あ、あなた!どうしてここに……!?」

 屋敷の玄関扉の方から走ってきたのは、アリスであった。更に、二人の少女がアルベール姉妹の元に歩いてくる。

「届け物だよ。そろそろ切らした頃だと思ってね」

 二人の内の一人であるエマが、何かがずっしりと入っている鞄をシルビアに渡す。

「あ、勿論、お二人が心配だったってのもあるんですよ?」

 エマの隣に居るマリエルは、にこっと笑ってそう言った。

「あ、あなた達……」

 シルビアは突然現れた三人に面食らっており、言葉が出ない。シャルロットも、走ってくるなり抱き付いてきたアリスを見つめて、きょとんとしているだけ。

 すると、そんな二人を見たエマが、愉快そうに笑い出した。

「お前達のそんな面初めて見たぜ。こりゃ良いもん見れちまったな」

「あなた、どうやってここまで来たの?」

 鞄の中に入っていた銀の銃弾の弾倉を確かめるように手に取った後、シルビアがむすっとした表情で訊く。

「歩いてきたぜ?」

「……」

 シルビアはエマの足のすねを小突くように軽く蹴る。

「いてて……蹴るなよ……」

「ヴァンパイア達は?道中に襲われたりはしたかったの?」

「それなら大丈夫でしたよ。サクラさんに護衛をして貰ったんです」

 そう答えたのはマリエル。その名前にはシルビアだけでなく、シャルロットも反応を見せた。

「サクラ……あいつが?」

 そう訊いたシャルロットの表情は明るいものではない。眉をひそめ、不機嫌そうな表情だ。

「二人揃っていきなり怖い顔するなよ……。それに、悪い人じゃないと思うけど……」

 エマがそう言うが、アルベール姉妹の態度が改まるような事は無かった。

「何を考えているのやら……」

 サクラの意図がわからず、溜め息をつくシャルロット。シルビアも同じように溜め息をついたが、次に彼女は話を仕切り直すようにこう言った。

「とにかく、無事で良かったわ。銃弾は切らしかけていた所だから、礼は言っておこうかしら」

 そう言ったシルビアに、エマは得意そうな表情になって答える。

「だろ?倉庫にまだ置いてあった気がして、探しに行ったんだ。案の定、この鞄が見つかったよ」

「そう……」

 シルビアはふっと小さく笑い、再びエマの足のすねを軽く蹴った。

「いって!だから何で蹴るんだよ!」

「無茶な事をした罰よ。二人まで巻き込んで、何かあったらどうするつもりだったの?」

 シルビアの問いかけに、エマは困った様子で苦笑を浮かべる。

「そりゃ、まぁ……その時はその時みたいな……」

「あんたね……」

 シルビアが再びエマのすねを蹴ろうとした所で、マリエルが口を開いた。

「ま、待ってくださいよ、シルビアさん……。ついて行きたいと言ったのは私達の方なんです」

「どういう事?」

「説明します。……だから、エマさんを責めないでください。その……痛そうだし……」

 マリエルの言葉を聞き、シルビアはけろっとした顔でエマを見る。

「これくらい痛くないわよね?」

「いてーよ!」

「……そう」

 マリエルはここに来るまでの道中について、話を始めた。



 話は丁度二人がノアを撃破した頃まで遡る。

 ユーティアスのホテルに避難していたエマはとある事を思い付き、腰掛けていたベッドから立ち上がった。

「エマさん?どうしたんですか?」

 マリエルが怪訝そうにエマの顔を見ながら訊く。

「あいつらに渡すもんがあるんだ。フォートリエの屋敷に行ってみる」

「ちょ、ちょっと……!何を言い出すんですか!?危険ですよ!」

「危険なんて事は私だってわかってるさ。でもやっぱり、何もしないっつーのは癪なんだよな」

 エマはそう言いながら、出発の準備をそそくさと始める。マリエルはきょとんとしているアリスと顔を見合わせ、再びエマを止めようとする。

「お二人に怒られちゃいますって!そんな無茶な事したら……」

「お前達はここに居な。私一人で行く。それなら問題無いだろ?私が死んだとして、それは私が一人で勝手に起こした行動のツケって事だ。誰の責任でもねぇ」

「そういう問題じゃなくて……!」

 その時、椅子に座って二人のやり取りを見ているだけであったアリスが、すっくりと立ち上がる。そして、無表情のまま、軽い声調でこう言った。

「じゃあ私も行く」

「……」

 マリエルはもはや言葉が浮かばず、苦笑を浮かべてアリスの顔を見つめるだけ。

「アリス――」

 エマがアリスの元へ歩いていき、彼女の前にしゃがみ込む。

「わかってるのか?私と行けばあいつらに怒られるだろうし、何しろ死ぬかもしれねぇんだぞ?」

「わかってる」

 アリスは相変わらずの無表情で答える。すると、エマはふっと小さく笑い、すぐに説得を止めた。

「……なら良いや。行くか」

「うん」

 部屋の出口へと歩いていく二人。

「ちょ、ちょっと……二人共……」

 マリエルは呆気に取られ、部屋から出ていこうとする二人を見つめる。エマが扉に手をかけたその時、

「ま、待ってください!」

 マリエルは顔を赤らめながら、こう続けた。

「私も行きますッ……!」


 ホテルを出た三人は初めに、ロコン村へと向かう。

「結局お前さんも行くとはね……」

「い、妹が心配だからです……!悪いですか……!?」

「そんな事は無い。マリエルは妹思いの優しい姉なんだなぁ」

「からかわないでくださいよ……!」

「悪い悪い……」

 町を出る三人。

 町から離れるにつれて辺りは暗くなっていき、唯一の明かりであった月明かりも、森の中に入った時にはほとんど無くなっていた。

「……やっぱり引き返すべきか?」

 暗闇に怯え、思わず弱気になるエマ。

「その方が……よろしいかと……」

 マリエルも同調する。すると、アリスが不意に立ち止まり、こう呟いた。

「……誰か来る」

「え?」

 エマは立ち止まって、アリスの顔を見つめる。彼女は辺りをゆっくりと見回しながら、聞き耳を立てている。

 その時、近くの草むらから、一人の女性が現れた。

「こんな時間に三人でお散歩ですか?ここは危険ですよ」

 現れるなりくすくすと笑ってそう言ったのは、サクラであった。

「サクラさん……!」

 驚いたように、また、嬉しそうにマリエルが名前を呼ぶ。

「この人がサクラって人なのか……?」

 見慣れない紅白の格好、細い剣のような武器、というマリエルから聞いた話と一致するサクラの姿に、エマは眉をひそめて確認するようにマリエルに訊く。

 マリエルはエマに頷いて見せた後、サクラに駆け寄り、彼女に抱き付いた。

 サクラは胸元に飛び込んできたマリエルを受け入れるように抱き締め、エマに視線を移す。

「あなたはエマ・ルフェーヴルさんですね?銀の銃弾を製作しているルフェーヴル家の一人娘だとか」

「何故それを?」

「敵の情報を知る事は基本ですからね。調べはついています」

 にこやかに、そう言うサクラ。エマは思わず彼女を睨む。

 エマは彼女が発した敵という単語に、嫌な感覚を覚えた。

「あんた、私達の敵なのか?」

「えぇ。敵ですよ」

 サクラの即答。しかし、エマはサクラの胸元に居るマリエルのなつき具合を見て、その言葉を怪訝に思う。

「そうは思えないな……」

「敵ではありますが、あなた達を手にかけるつもりはありませんからね。そういう意味では、敵では無いのかしら」

「……待て。意味がわからんぞ」

「あなた達を殺めた所で、私に得などありませんもの。ですが、味方では無いと言っておきましょう」

 サクラの思惑が全く理解できないエマは、困ったように苦笑を浮かべるだけ。

「あんたはヴァンパイアなんだろ?私達人間の敵であるヴァンパイア。それは間違ってないか?」

「ヴァンパイアであり、人間です」

「そりゃどういう――」

 何とかサクラの正体を知ろうと質問を考えるエマであったが、サクラはそれを半ば強制的に打ち切った。

「私の事などどうでも良いじゃありませんか。それよりも、あなた達はどうしてこんな場所に?」

「それを教えて良いのかわかんねぇから、あんたの事を知ろうとしてんだ。敵にこっちの考えを教える筋合いはねぇだろう」

「あら、それはごもっとも」

 サクラはくすくすと笑う。

 エマがどうして良いのかわからず押し黙っていると、サクラの元に居るマリエルがエマを見て口を開いた。

「サクラさんなら大丈夫ですよ。悪い人じゃ無いですから」

「まぁ、お前さんの態度を見る限りじゃそうなんだろうけど……」

 エマはしばらく、考え込む。

「(敵だったとしたら、マリエルがあんなになつくのは変だよな。それにもし殺すつもりなら、こんな会話をする必要はねぇ。出会い頭に殺せば済む話だ)」

 ちらっと、サクラの顔を見る。彼女はにこにこと、こちらを見ていた。そしてその笑顔に、悪意のようなものは感じ取れなかった。

「騙し討ち……とかでも無さそうだな」

 エマが呟く。

「誰を騙すと言うのです?私は何事も正々堂々と行う主義ですよ」

「……そうかい」

 エマはふっと笑い、サクラに向かって歩き出す。彼女の前までやってくると、エマはこれからの予定を話し始めた。

「私達は今からロコン村に行く。そこであるものを持って、それをフォートリエの屋敷に居る二人に届けるんだ」

「二人と言うのは、ヴァンパイアハンターのお二人ですか?」

「……やっぱり、それも知ってるよな」

「勿論……」

 怪しく笑って見せるサクラであったが、エマは彼女を信用したらしく、先程までのように疑うような態度は見せなかった。

「まぁそういう事だ。それじゃあな」

「三人だけで行くおつもりですか?」

「他に誰が居る?」

「私が居ますよ」

 エマはサクラの横を通り過ぎ、そのまま歩き続けていたが、彼女のその言葉には驚き、思わず立ち止まって振り返った。

「……何?」

「私が護衛を務めて差し上げましょう。あなた達だけでは、ヴァンパイアに襲われたら何もできずに殺されてしまうでしょう?」

「そりゃそうだが……」

「ふふ、決まりですね。行きましょうか」

 歩き出すサクラ。マリエルとアリスもそれについていく。

「待てよ!」

 サクラを呼び止めるエマ。

「何ですか?」

「何故私達を助ける?敵じゃないどころか、味方だって言うのか?」

「味方ではありません」

「じゃあ何で――」

「エマさん」

 エマの名前を呼び、首を静かに横に振ったのは、マリエルであった。エマはそのジェスチャーを見て、彼女の意図を察する。

 これ以上は訊くな、と、マリエルは訴えていた。

「……わかったよ」

 溜め息をつき、渋々と言った様子で歩き出すエマ。

「ありがとう。マリエルさん」

 サクラはそう言って、隣に居るマリエルの頭をそっと撫でる。

 マリエルはサクラの顔を見上げて、にこっと笑った。


 サクラに護衛を務めて貰う事になった三人は、再びロコン村へと出発する。

 その道中でヴァンパイアに襲われるような事も無く、三人は無事にロコン村へと到着した。

 エマの家である工房の倉庫から銀の銃弾が入った鞄を持ち、それをアルベール姉妹に渡す為、今度はフォートリエの屋敷へと向かう。

 ロコン村を出てすぐの所で、辺りを彷徨いていたノアの配下であったヴァンパイア達と遭遇したが、サクラの敵では無かった。

「ホントに強いんだな……」

 サクラの戦闘を初めて見たエマが、思わずそう呟く。

「シャル達と、どっちが強いのかな」

 アリスのその一言に、エマは苦笑を浮かべながら答える。

「さぁな。ただ一つ言えんのは、あの二人とは戦って欲しくないって事だ」

「?」

「どっちも負けて欲しくねぇ。そうだろ?」

「……うん」

「ほら、行くぞ」

 エマはアリスの頭をわしゃわしゃと撫でて微笑みかけた後、先を歩いているサクラとマリエルを追って歩き出した。



「――とまぁ、そんなワケでここに来れたんだ。正直な話、サクラって人が居なかったら、どうなってた事か」

 エマの説明が終わり、アルベール姉妹の二人はすぐにとある疑問が浮かぶ。

「待って。ここまでサクラに護衛して貰ったのよね?だとしたら、奴は今どこに居るの?」

 シャルロットがその疑問を三人に訊く。その質問には、マリエルが答えた。

「それが、サクラさん、屋敷に入った所で突然居なくなってしまったんです。何も言わないで、いきなり――」

 マリエルは言葉を切って、玄関扉の方を見る。

 つい先程、丁度そこで、サクラは姿を消していた。

「奴の意図なんて考えたってわからないわ。とにかく、進んでみましょう」

 シャルロットがそう言って、まだ調べていない二つの扉の内、北東の方向にある扉の元へと向かう。それに倣い、シルビアも歩き出す。

「……あなた達」

 一度立ち止まり、三人の方へと振り返るシルビア。

「来てしまったものは仕方がないわ。私達が必ず守るから、しっかりついてきなさいよね」

 シルビアはそう言って、再び歩き出す。

「へぇ、優しい言葉も言えるんだな」

 エマはいたずらっぽく笑ってシルビアに聞こえないようにそう言いながら、彼女についていく。

 アリスも歩き出したが、一人、その場から動こうとしないマリエルに気付き、立ち止まった。

「お姉ちゃん?」

「……あ、ごめん。今行くよ」

 アリスに呼ばれて我に返り、慌てて歩き出すマリエル。彼女はずっと、サクラと別れた玄関扉を見つめていた。

「(サクラさん……)」

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