第19話

 フォートリエの重臣である双子のヴァンパイア、リナとルナ。彼女達の真の姿は、イリスという名の一体のヴァンパイアであった。

 アルベール姉妹に歩み寄るイリス。右手に持っているナイフがルナの面影を感じさせたものの、彼女は黒い球体を精製して、それを二人に投げつけた。それは、先程リナがシャルロットに放った魔法と同じものであった。

 二人はそれを、横転して回避する。

「厄介な奴ね……」

 球体を避けた後、シャルロットが呟く。

「左手からは魔法……右手のナイフは使いこなせるのかしら?」

「愚問だね」

 イリスがシルビアの言葉に答え、目で追う事が困難な程の尋常ではない速さで彼女に接近する。そして、シルビアの頭部に真上からナイフを振り下ろす。

 シルビアは背後に飛び下がりながら、銃弾を三発お見舞いする。その銃弾はイリスのナイフによって弾かれた。

「……愚問だったわね」

 立ち上がりながら、溜め息混じりにそう言ったシルビア。彼女が一息つく間も与えず、イリスは左手から球体を飛ばす。

 左へ横転し、膝をついた体勢のまま、シルビアは銃を構える。

 彼女が銃口を正面に向けたその時には既に、イリスは目の前にまで来ていた。

「――ッ!」

 慌てて引き金を引いたシルビアであったが、その銃弾はイリスの首の数センチ横を飛んでいき、外れてしまう。

 そして、動揺しているシルビアの首を切断しようと、イリスの右手のナイフが真横に振られる。

 しかし、そのナイフはシャルロットの狙撃によって阻止された。

 銃弾がナイフに命中し、甲高い金属音が鳴り響く。シャルロットは続けてイリスの頭部に発砲したが、イリスは頭を傾けてその銃弾をギリギリで避け、シャルロットに向かって左手から球体を放つ。

 左手だけを地面につけ、左方向へと側転をして球体を避けるシャルロット。更に彼女はその側転の最中に、右手の銃でイリスを狙う。

 側転の最中、逆さまの体勢での射撃は予想外だったのか、射出された銃弾はイリスの腹部に命中した。

「――ッ!」

 イリスは怯み、思わずその場からあとずさる。すると、下がったイリスの後頭部に、銃口が突き付けられた。

 イリスの意識がシャルロットに向いている隙に背後に回り込んでいた、シルビアの銃であった。

 引き金が引かれ、銃弾が射出される。その銃弾はイリスの頭部を破壊しながら進んでいき、左目と鼻の付け根の間の辺りから飛び出た後、壁に当たって砕け散った。

 致命傷。シルビアもシャルロットもそれを確信する。

 しかし、イリスはさっと素早く振り返り、左手から出した球体を至近距離からシルビアの胸部に叩き付けるように投げる。

「嘘っ――!?」

「シルビアッ!」

 思わず名前を叫ぶシャルロット。シルビアは間一髪で身体を横にずらし、辛うじてその球体を避ける。

 イリスはここぞとばかりに距離を詰め、ナイフをシルビアの腹部に突き刺す。

 球体を避けた直後のシルビアは反応できず、避ける事ができない。咄嗟に銃を手放し、ナイフの刃身を両手で掴む。

 結果、腹部に突き刺さる寸前で、ナイフを止める事はできた。

 しかしその代償として、シルビアは両手に深い切創を負ってしまった。

「やって……くれたわね……!」

 耐え難い痛みに思わず表情を歪めながら、シルビアはナイフを掴んだままイリスの身体を蹴り飛ばす。

 蹴りはイリスの腹部に当たり、彼女は背後に転倒した。

「シルビア!大丈夫!?」

 駆けつけてきたシャルロットに、シルビアは苦笑を浮かべて見せる。

「指がついているのが不思議なくらいね……」

 ナイフを掴んだままイリスの身体を蹴り飛ばしたシルビアの手は、更に深い傷を負っていた。

「……動く?指」

 シルビアの血だらけの両手を見て、シャルロットは心配そうに眉をひそめる。シルビアはその両手の手のひらを見せながら答える。

「さぁね。今は動かして試す事はできないわ」

「ど、どうして……?」

「……痛いから」

「あぁ……まぁ、それはそうよね……」

 苦笑を浮かべるシャルロット。それから、二人はイリスに顔を向ける。

「しぶといね……。想像以上だよ……」

 イリスは頭部の銃創を手で押さえながら、肩で息をしていた。

「あっちも弱ってるみたいよ?シルビア」

「あっち"も"とはどういう意味かしら」

 シルビアの返答にシャルロットは驚きを隠せず、彼女の顔を見つめる。

「……まだやる気なの?」

「生きてる限りは戦えるわ」

「いや、その手じゃ銃を握る事もままならないんじゃ……」

「まぁ、そうでしょうね」

「あの、シルビアさん……?自分が何を言っているのか――」

「う、うるさいわね……!銃なんか無くても戦えるわよ!」

「だと良いけど……」

 そこで二人の会話を遮るように、イリスが左手から球体を飛ばす。

 二人はサイドステップでそれを避け、イリスが居る方向に向かって走り出す。弱っている今の内に攻めるという考えは、二人共に一致していた。

 先制したのは、銃を持っていないシルビア。彼女は走り様に前蹴りを放つ。

 イリスはそれを左手で受け止めようとしたが、防がれる事を予想していたシルビアは掴まれる寸前で足を引っ込め、その足で弧を描くように回し蹴りを入れる。

 命中したが、イリスは怯まず、右手のナイフを突き出す。

 それに対し、シルビアは再び足を素早く戻し、その足でナイフの柄の部分を横から蹴り払う。

 イリスの攻撃を弾いた彼女は、間髪入れずに顔面を真正面から蹴りつけた。

 強烈なその衝撃に耐えかねたイリスは背中から派手に倒れ、隙を晒す。

 そこで、離れた所に落ちていたシルビアの銃を拾いに行っていたシャルロットが、二丁の祓魔銃を両手に構えて現れる。

 シャルロットは倒れているイリスに、銀の銃弾の連射をお見舞いした。

「これで終わりよ!」

 勝利を確信したシャルロットであったが、イリスは更に抗う。

「まだ……終わってない……!」

 連射が始まってすぐに、イリスは飛び起きて銃弾の雨を回避する。

 被弾を一発だけで抑え、反撃に出るイリス。シャルロットに接近し、ナイフを横に振り払う。

 それをしゃがんで避け、続け様に放ってきた斬り下ろし攻撃を背後に飛び退いて避けながら、二丁の銃でイリスの身体に銃弾を連射する。

 今度は避ける事ができず、イリスは大量の銀の銃弾を全身に浴びた。

「く……ぁ……」

 呻き声を上げるイリス。同時に、それまでは何ともなかった彼女の身体に異変が生じる。彼女の身体は銃弾が命中した箇所を起点に灰と化していき、ぼろぼろと崩れていった。

「勝負アリのようね」

 シルビアが呟く。イリスは自分の身体が崩れていく様子を唖然としながら見ているだけ。

 シャルロットはトドメと言わんばかりに、イリスの眉間を狙って発砲する。

 銃弾はいとも容易く、イリスの眉間に風穴を開けた。その瞬間、イリスの動きがぴたりと止まる。

 そして、ゆっくりと膝から崩れ落ち、弱々しい笑みを浮かべる。

 彼女の身体が、まばゆい光に包まれた。

「ちょっと……今度は何よ……!?」

「――ッ!」

 視力を守る為に顔を背ける二人。

 光が消え、イリスが再び新たな姿になったのかと思い、二人は慌てて身構える。

 しかしそこには、寄り添うように二人並んで倒れている、リナとルナの姿だけがあった。

「リ……ナ……」

 今にも事切れそうな弱々しい声で、リナの名前を呼ぶルナ。

「ルナ……」

 リナはルナの顔をそっと撫で、優しく微笑みかける。

 二人はそっと目を閉じ、そのまま動かなくなった。

「見た目に反して、中々手強い相手だったわね」

 シャルロットがシルビアのジャケットをめくり、彼女のホルスターに銃を差し込みながら呟く。

「倒せたんだから何でもいいわ。……痛手は負ったけど」

 シルビアは両手を上げて傷をシャルロットに見せながら、苦笑を浮かべる。

 それから二人は、横たわっている双子の方に再び視線を移す。

 眠っているような、穏やかな表情である二人。シャルロットとシルビアはその表情を見て、二人がヴァンパイアであったという事を思わず疑う。

 それほどまでに、穏やかな表情であった。

「……行きましょうか」

「……そうね」

 二人は罪悪感のようなものに蝕まれながら、その場を後にした。

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