第18話
一方――
ノアとの激戦を制し、彼女を撃破したアルベール姉妹。
二人は動かなくなったノアに背を向け、部屋を出て一度ホールに戻る事にした。
「確か扉は四つあったわよね。まさかとは思うけど、しらみ潰しに探していくつもりなの?」
ホールへの道中である暗い通路を歩いている際に、シャルロットがシルビアにそう訊く。
「他にどんな方法があるのよ」
「まぁそうよね……」
ホールに到着し、シルビアはホールの真ん中に立って四隅にある四つの扉の内、先程調べた一つを除いた三つの扉を交互に観察し始めた。
とは言え、扉のデザインは全て一緒であり、それは意味のない行動に思えた。早速シャルロットがそれに気付き、指摘する。
「ねぇ。見つめて何かがわかるようなものなの?」
「わからないでしょうね」
「……じゃあなんで見つめてるのよ?」
「さぁね」
「……」
シャルロットは大きな溜め息をついた。
意味の無い吟味の末にシルビアが選んだのは、先程の扉の丁度向かいにある南西方向の扉。
扉を開けてみると、その先には先程の通路とは反対に、シャンデリアの明かりで照らされている明るい通路が続いていた。床には赤いカーペットまで敷かれており、殺風景とは程遠い光景だ。
「これまた豪勢な……」
前回の時とはまた違った意味の苦笑を浮かべるシャルロット。シルビアは相変わらずの無表情で歩き始める。
シャルロットもそれについていくが、初めて歩く高級感溢れるカーペットの感触に違和感を感じているのか、落ち着かない様子で足元をちらちらと見ながら歩いていた。
先程の通路と違って明るいので、正面の突き当たりにある扉はすぐに二人の視界に入り込む。
「今度は何が待ってるのかしらね」
シルビアが呟く。
「あの双子じゃないの?」
それに答えるシャルロット。ともあれ、その答えは扉を開けてみればすぐに判明する。
扉の前にやってきた二人は先程と同じように位置につき、扉を開けて部屋の中へと侵入した。
シャルロットが先に入り、辺りを警戒する。
突然、扉の横に隠れていた何かが、彼女に襲い掛かった。
「――ッ!」
顔面を目掛けて突き出してきたその銀のナイフを間一髪でかわしたものの、完全に避けきる事はできず、頬に浅いかすり傷をつけられる。
それでも怯まずに、シャルロットは銃弾を三発お見舞いする。その銃弾は見事に命中し、シャルロットに奇襲を仕掛けたその相手は仕留められた。
そこで初めて敵の姿を確認したシャルロットは、思わず眉をひそめる。
「随分と小さいヴァンパイアね……」
銀の銃弾によって身体が灰になっていくそのヴァンパイアは、人間の子供と同じ程の大きさであった。
「シャル」
隣にやってきたシルビアがシャルロットの名前を呼び、正面を顎でしゃくって見せる。
そこにはいつの間にか、シャルロットを襲った個体と同じである小さなヴァンパイア達が、両手に持ったナイフを擦り合わせて忌々しい金属音を立てながら、こちらを見ていた。
そしてその集団の奥には、見覚えのある二人の少女。
「もう来たんだ」
「早かったね」
リナとルナであった。
「えーと……」
目の前に居る数え切れない程のヴァンパイアを見て、思わず戦意をくじかれたシャルロット。彼女は苦笑を浮かべ、無意識の内に銃を下ろしてしまう。そして、隣に居るシルビアに一言。
「無理じゃない?」
シャルロットの弱気な発言に、シルビアは鼻で笑って見せる。
「諦める――とでも?どのみち死ぬわよ」
「そりゃそうでしょうけど……」
「どうせ死ぬなら、やれる所までやってから死になさい。ちなみに私は、こんな雑魚の寄せ集めなんかに殺されるつもりは微塵もないけど」
シルビアはいつも通りの落ち着いた様子で、そう言った。それを聞き、今度はシャルロットがふっと鼻で笑う。
「あなたらしいわね……」
「誉めてるの?それとも嫌味?」
「半々よ」
「あっそ……」
二人は同時に銃を構え、それぞれリナとルナに狙いを付けて引き金を引いた。
その銃声が開戦の合図となり、ヴァンパイア達は一斉に襲い掛かる。
二人の先制攻撃の銃弾はリナとルナの眉間に向かって射出されたものの、彼女達の側に居た二体のヴァンパイアが咄嗟に跳躍し、その銃弾を自らの身体で受け止め、主への命中を阻止した。
「素晴らしい忠誠心ね。私も見習わなきゃダメかしら」
「つまらない冗談言ってる暇があるなら、一体でも多く倒しなさい」
「はいはい……」
両手のナイフを振りかざしながら飛び掛かってくるヴァンパイア達。シルビアは右へ、シャルロットは左へと横転し、そのまま壁沿いを走ってヴァンパイアの集団から距離を離す。
当然、ヴァンパイア達は二手に分かれて二人を追い掛ける。リナとルナの二人もそれぞれシルビアとシャルロットの前に立ちはだかるように位置取り、挟み撃ちにしようとする。
ナイフを持ったルナはシルビアの方に付き、走ってくる彼女に対し、自分からも接近して奇襲を仕掛ける。
シルビアは滑り込むように素早く近付いてきたルナの身体を走ったまま高く跳躍し、飛び越える。そして空中で逆さまになり、ルナの背中に銃弾を撃ち込んだ。
片手で地面に着地して転がり、体勢を整えて振り返る。
シルビアのアクロバティックな射撃による銃弾を振り返り様にナイフで弾いたらしいルナは、ナイフを器用に回しながら不適な笑みを浮かべていた。
一方シャルロットの方に付いたのは、武器を持っていないリナ。
彼女が自分の身体で戦う光景を見た事が無いシャルロットは、眉をひそめた。
「(どうするつもりかしら……?)」
怪訝に思いながらも足を止めるワケにはいかないので、シャルロットは走り続ける。リナは右手をすっと前に出し、ぼそっと何かを呟いた。
聞き取る事はできなかったものの、シャルロットはその行動の意味を直感で悟る。
「(まさか……魔法……!?)」
シャルロットの直感は当たっていた。リナの右手から、闇そのものと言った禍々しい黒紫色の球体が放たれる。それがなんなのかなどは知る由も無いが、当たれば悲惨な事になるという事だけは、当たらなくてもわかってしまう。
シャルロットは飛んでくるその球体を避ける為に身体を横に動かしたが、余裕が無かった事からか、壁に自分の身体を思い切り叩き付けてしまう。
「いった……!」
肩を強打し、痛みに苦悶の表情を浮かべるシャルロット。
彼女に避けられた球体は、背後に居るヴァンパイア達に命中する。球体が当たったヴァンパイアは突然動きが止まったかと思うと、ばたりと倒れてそのまま動かなくなった。それを見ていたシャルロットは理解に苦しみ、思わず苦笑を浮かべる。
「あらあら……これはまたどういう……」
「魂を吸収して、そのままもろとも消滅する。生物を内から殺す魔法だよ」
答えたのは、目の前に居るリナであった。
気を抜いていたシャルロットは慌てて銃を構え、リナに銃口を向けて二回引き金を引く。リナは地面を滑るようにすっと横に移動し、銃弾を避ける。
リナが避けた事によって道が開け、シャルロットは急いでそこを通り抜けた。
双子の攻撃を何とか回避したシルビアとシャルロットであったが、正方形の部屋を壁沿いに走っていた二人は最終的に合流し、そこでヴァンパイア達に追い詰められてしまう。
「どうする?」
「さぁね」
壁を背に、じりじりと歩み寄ってくるヴァンパイア達に銃を構える二人。構えはしているものの、引き金を引くつもりは毛頭無い。先頭の何体かを仕留めた所で、あっという間に後続の集団に覆われてしまう事はやってみなくてもわかる。
とは言えこのまま待っていたとしても、結果は変わらない。
その時、シルビアがある物を見つけた。
「シャル。天井を見て」
「天井?」
シルビアが小声で話し掛けてきたので、シャルロットもそれに倣って小声で訊き返す。
「部屋の中央辺りにぶら下がってる大きなシャンデリア。あれを使うわよ」
シルビアの視線の先にあったのは、どれほどの値段なのか想像も付かないような豪華な巨大シャンデリア。
「あれを……どうするってのよ?」
「説明している時間は無いわ。私の言う通りに動きなさい」
「……わかったわ」
選択の余地など無いシャルロットは、承諾を余儀なくされた。
「まず、何とかしてシャンデリアの真下に行くわよ」
「何とかしてって……あのねぇ――」
シャルロットが思わず苦笑を漏らしたその時、先頭に居たヴァンパイアの一体が二人に飛び掛かる。シルビアはそれを待っていたかのように、シャルロットは反射的に、素早く行動に移る。
二人は飛び掛かってきたヴァンパイアを避け、小さなヴァンパイア達が集まって作られたヴァンパイアの絨毯に向かって飛び込んだ。
ヴァンパイア達の頭部を足場に、向こう岸まで一気に駆け抜ける二人。足を取られないよう、同じ箇所には一瞬たりとも留まらない。次に飛び移る場所を考えている暇など無く、二人はほとんど直感だけで次の足場へと飛び移っていく。
そんなサーカスのような移動を、二人は見事に成功させた。
ヴァンパイアの絨毯を越え、シルビアはシャルロットに次の行動を指示する。
「シャル!走って!」
「どこへ!?」
「どこでもいい!」
「はぁ!?」
シルビアの意図はわからなかったが、彼女が走り出したのを見てシャルロットはそれに倣う。当然、背後のヴァンパイア達も纏まって迫ってくる。
シルビアはある程度まで走った所で一旦頭上を確認し、立ち止まる。そして銃を構え、大きなシャンデリアの吊り具を正確に全て撃ち抜いた。
銃弾は全て命中し、吊られる力を失ったシャンデリアは地面に目掛けて落下する。その衝撃によって地面はぐらりと揺れ、大量のガラス細工が割れる忌々しい音が部屋の中に響き渡る。二人を追い掛けていた大量のヴァンパイア達は、ほとんど全ての個体がそのシャンデリアの下敷きとなった。
真下に居た個体は言わずもがな、付近に居たヴァンパイア達もガラス細工による刺傷や落下した際の大きな衝撃によって戦闘不能となる。
それを引き起こしたシルビアは事前に離れた場所で伏せていたので無傷であったが、知らなかったシャルロットは距離こそ離れていたものの、飛び散ったガラスを少し浴びてしまう。
しかし幸いにも、それが重傷となるような事は無かった。
「ジャックポット……ね」
立ち上がり、無惨な姿のシャンデリアとその下敷きになっているヴァンパイアを見てニヤリと笑うシルビア。そこに、シャルロットがずかずかと強い足取りで歩いてくる。
「あら、無事で良かったわ。どうやら作戦は上手く――」
「ふざけんなぁッ!!」
シャルロットは近くに来るなり、突然シルビアの頭を強くひっぱたいた。
「痛っ!な、何すんのよ!」
「何すんのよじゃないわよこのバカ!そういう事をやるなら事前に知らせなさい!死ぬかと思ったわ!」
「い、生きてるから良いじゃない!」
「そういう問題じゃないわよこのバカッ!」
姉妹喧嘩を始めるアルベール姉妹。
一方、それを見ているだけのリナとルナ。彼女達は、シャンデリアによる奇襲によって配下をほぼ全滅状態にされた事に動揺を隠せずにいた。
「こ、困ったね……」
思わず苦笑が漏れてしまうルナ。
「大丈夫。まだ負けと決まったワケじゃない」
リナはそう言ってルナに顔を向け、彼女を見つめる。するとルナは、視線だけでリナの意図を汲み取ったのか、何も言わずに静かに頷いて見せた。
「大体あなたは昔から重要な事を言わなさ過ぎるのよ!いっつもいっつも自分の中だけで解決して私には何にも言わないんだから!ついていく身にもなって頂戴!」
「昔の話なんて今引き出さないで頂戴!それに今回の奇襲なんて少し考えればわかる事でしょう!」
「わッかんないから死にそうな思いをしたんでしょうがぁ!」
「知らないわよそんな事!」
しばらく終わりそうもない姉妹喧嘩をしているアルベール姉妹の元に、足音が近付いてくる。喧嘩をしながらも油断はしていなかったらしい二人は、すぐにそちらに銃を構える。
そこには、リナとルナが並んで立っていた。
「あら、手下を失った上で、まだ私達とやるって言うの?あなた達二人ごとき、私にかかればものの一分で終わるわよ?」
機嫌が最高に悪いシャルロットはいきなりの喧嘩腰。一方でシルビアは、二人の雰囲気が以前までとは少し違う事に気付き、鋭い目付きで睨み付けながら警戒する。
「シャンデリアの奇襲については感服した。素直に誉めておく」
リナが口を開く。そのまま、二人の反応を待たずに話を続ける。
「でも、調子には乗らないで。私達にはまだ秘策がある」
「秘策?」
シルビアが訊き返す。リナとルナの二人は何も答えずに、お互いに身体を向け合い、見つめ合う。
そして、二人はお互いに顔を近付け、唇を重ねた。
「あ、あら……いきなり……ね」
突然の予想外の行動にシャルロットは何となく気まずくなり、苦笑を浮かべて目を逸らす。シルビアはその行動の意味を知ろうと、怪訝そうに見つめている。
次の瞬間、リナとルナはまばゆい光に包まれた。
「な、何……!?」
「――ッ」
直視できない程の眩しさに、シルビアとシャルロットは思わず顔を背けて目元を腕で覆う。
しばらくした所で、光はすっと消えた。
シルビアは急いで銃を構え、まだぼやけている視界の中、なんとかリナとルナを捉えようとする。
すると、リナとルナが居た場所には二人ではなく、一人の人影だけがぼんやりと見えた。
「な、何が……」
状況が飲み込めないシルビア。シャルロットも目元を覆っていた腕を下ろしてその様子を確認したが、シルビアと同じく唖然とした様子になる。
二人の視界が徐々に回復していき、はっきりとその姿を認識した所で、その人影が口を開く。
「私達の力、思い知らせてあげる……」
少女の、エコーがかかっているように聞こえるその声。見た目はリナとルナ、元々瓜二つではあるが、どちらとも似ているように見える。
しかし、片方の目だけが赤い二人とは違い、その少女は両方の目が赤くなっていた。
「なるほど……」
正体を察したシルビアは、ふっと鼻で笑う。
呆気に取られた様子ではあったものの、シャルロットもシルビアと同じ答えに辿り着いていた。そしてそれを、口に出す。
「合体――ってヤツ?」
「……そのようね」
アルベール姉妹の二人が動揺している間に、その少女はゆっくりと歩き出した。
「ここで死ね……!」
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