第17話
その頃――
アルベール姉妹の二人と別れ、アリスとエマが避難している町、ユーティアスに向かっているサクラとマリエル。
アルベール姉妹の二人がノアを撃破した丁度その頃に、二人の進行方向の先にユーティアスが見えてきた。
「(見えてきた……)」
ほっと、安心した様子のマリエル。その理由は、ヴァンパイア達から逃げ切ったという事による安堵感と、もう一つ、サクラとの気まずい時間が終わるからであった。
何故ヴァンパイア側に付いたのかという質問をマリエルがサクラにして以降、彼女の態度は心なしか冷たくなっていた。会話を繋げようと何気ない雑談を振ってみても、会話を強制的に終わらせてしまうような、一言の簡単な返事だけが返ってくる。次第にマリエルは気まずくなり、話し掛ける事ができなくなった。
その結果、二人は殆ど会話が無い状態で、ここまでやってきた。
しかし、別れ際までこんな雰囲気というのは耐えられない。マリエルは勇気を出して口を開く。
「えっと、見えてきましたね……」
「そのようですね」
「……」
マリエルがいくら待ってみても、サクラからの返答はやはりそれだけ。マリエルは再び、サクラを怒らせてしまった事を深く後悔する。
その時、サクラが不意に立ち止まり、腰に携えた刀の柄に手を付けた。そして、マリエルに一言。
「下がってください」
「……え?」
突然の言葉に、マリエルは理解が遅れる。頭で理解するよりも先に、彼女は視覚からの情報で彼女の言葉の意味を理解した。
近くの木陰から、二体のヴァンパイアが現れる。
「ひっ……」
息を呑み、サクラの後ろに隠れるマリエル。サクラは現れたヴァンパイアを見て、怪訝そうに眉をひそめてから刀を抜いた。
「(この連中は……ノアの配下ですね)」
フォートリエの重臣にはそれぞれ、専属の配下であるヴァンパイア達がついている。現れたヴァンパイア達はサクラの推測通り、ノアの配下であったヴァンパイア。リーダーを失ったヴァンパイア達は統率が無くなり、視界に入った存在を殺害するだけの凶悪な存在となっていた。
「(放っておけば、町に被害が回ってしまう……。仕方ありませんね)」
ふうっと呆れた様子で溜め息をつき、襲い掛かってきたヴァンパイアを袈裟斬りで斬り捨てる。続けてもう一体も飛び掛かってきたが、刀を水平に振って首を切断し、容易に撃退する。
サクラは刀を鞘に納めかけた所で、更なる気配を感じ取った。
「やれやれ……」
溜め息混じりにそう呟いて、再び刀の刃身を晒すサクラ。
感じ取ったヴァンパイアは、四方八方から同時に襲い掛かってきた。
「きゃぁっ!?」
突然の奇襲に思わず悲鳴を上げてしまうマリエル。一方でサクラは一切慌てる事なく、一番先に仕掛けてくるのはどの個体なのかを見定める。
そしてその個体を、一振りで仕留めた。そのヴァンパイアは上半身と下半身が真っ二つになり、灰と化していく。
次はどいつだ、と言わんばかりの眼光でサクラがヴァンパイア達を見回すと、ヴァンパイア達の足がぴたりと止まった。
自分達よりも遥かに強く、絶対に勝てない相手。ヴァンパイア達は本能的にそれを察し、動けなくなる。
しかし、その内の一体が吹っ切れたようにサクラに飛び掛かる。すると、固まっていた他の個体も、触発されたかのように攻撃を開始した。
多勢に無勢であるにもかかわらず、サクラはニヤリと笑う。そして、襲い掛かってくるヴァンパイア達を次々と斬り伏せていく。
両手で振り、縦に真っ二つにする。振り向き様に片手で振り、首を斬り落とす。鳩尾に突き刺し、刺さったままの刀をそのまま振り上げ、胸部から頭部にかけて斬り裂く。
武器は刀一本であったが、サクラは多彩な攻撃方法でヴァンパイア達を圧倒していた。
「す、凄い……」
少し離れた所でその戦いを見ていたマリエルは、唖然とした様子でそう呟く。
自分などでは太刀打ちできないヴァンパイア、それも大量の数のそれらを、たった一人で蹴散らしていくサクラ。マリエルにとってその光景は、正義が悪を裁くおとぎ話のような、そんな有り得ない光景であった。
サクラが圧倒的な強さで次々と殲滅した結果、三十体は居たであろう大量のヴァンパイア達は、残り二体となる。その二体も並んでいた事が災いし、たった一振りで同時に仕留められてしまう。
戦闘が始まって五分余り。その場には、先程までヴァンパイアであった灰だけが残っていた。
「ふぅ……」
サクラはゆっくりと刀をしまい、マリエルの元へと歩いていく。
「あ……」
圧倒的な力で無慈悲なまでの殲滅をしていたサクラに、マリエルは思わず少し恐怖心を抱いてしまう。
しかしサクラは、そんなマリエルの恐怖心を一瞬で消し去る程の、優しい笑顔を浮かべて訊いた。
「お怪我はありませんか?」
「あ、えと……。は、はい……!大丈夫です!」
「ふふ、それは良かった」
マリエルの頭を優しく撫でるサクラ。マリエルはその行動に驚いたものの、すぐにその心地よさに身を委ねるように、嬉しそうに笑った。
その後、二人は再び移動を再開し、残り僅かであるユーティアスへの距離を消化していく。
二人は五分程で、ユーティアスに到着した。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。護衛はもう必要ありませんね?」
「そ、そうです……よね……」
歯切れが悪いマリエル。サクラは不審に思って立ち止まり、彼女を見つめる。すると、マリエルは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、サクラの顔を見てこう言った。
「あの……。もう少し、一緒に居てくれませんか……?」
「え?」
予想だにしていなかったその言葉に、サクラは驚きを隠せずに目を丸くする。マリエルはまるで捲し立てるように、慌てた口調で続ける。
「お願いします!私、サクラさんに謝りたい事だってあるし……このまま別れるなんて嫌なんです……!」
「……」
サクラはしばらくの間、目の前に居る少女の真っ直ぐな瞳を何も言わずに見つめ返す。
そして彼女は、吹き出すように笑い出した後、町の中の方へと歩き出した。
「あなたの妹さんがいらっしゃるホテルまで、一緒に行きましょう。それで良いですか?」
「は、はい!」
マリエルはぱあっと明るい表情になって、サクラの後を走って追い掛けた。
「それで、謝りたい事とは何です?」
行き交う人々の中で足を止めずに、サクラが隣を歩くマリエルに訊く。
「余計な事を訊いて、サクラさんに嫌な思いをさせてしまった事……。その事を謝りたくて……」
「私が何故ヴァンパイア側についたか……という事でしたっけ?」
マリエルは無言で頷く。サクラはそれを見て、ふっと小さく笑って見せる。
「そんな事で悩んでたんですか?」
「だ、だって……サクラさん、怒ってるように見えて……」
今にも泣き出しそうな、弱々しい声のマリエル。サクラはマリエルの頭にぽんっと手を乗せる。
「私は怒ってなんていませんよ。ただ――」
「……ただ?」
言葉を切ったサクラに、マリエルはオウム返しに訊く。
「――迷っていたんです」
サクラは初めて見せる、哀しいような暗い表情になってそう答えた。
「迷って……た……?」
何に対し迷っていたのか。それをマリエルが聞き出そうとする前に、サクラは立ち止まって誤魔化すように正面の建物を指差した。
「着きましたよ。あなたの妹さんはここに居ます。部屋はフロントに訊くと良いでしょう」
それだけ言って、サクラは踵を返して離れていく。
「ま、待って!」
マリエルは大きな声で、彼女を呼び止めた。サクラは立ち止まり、まだ何か?とでも言いたげな顔で振り返る。
「また……会えますか……?」
「……」
マリエルの言葉に、サクラは答える事ができず、俯いた。
「……」
その様子を見て、マリエルは哀しげな表情を浮かべ、サクラの元に歩いていく。そして、そっと彼女に抱き付いた。何も言わずに、彼女の胸元に顔をうずめる。
サクラは困惑したものの、彼女の頭を優しく撫でてそれに応える。
するとマリエルは顔を上げ、潤んだ瞳でサクラを見上げて、にこっと笑って見せた。
「ありがとう……ございました……」
「……こちらこそ」
サクラはぎゅっと、マリエルを抱き締めた。
それからマリエルはサクラと別れ、アリスが避難しているというホテルへと入る。
フロントで事情を話して部屋の場所を聞き、そこに向かう。
部屋の前までやってきて扉をノックしてみると、少し遅れてから扉が開けられ、エマが姿を現した。
「えーと……どちら様……?」
マリエルを見て、エマは眉をひそめる。
「お姉ちゃん…!」
マリエルが自己紹介をするよりも先に、部屋の奥にある椅子に座ってこちらを見ていたアリスが駆け付けてきた。
「アリス!久しぶり!」
健気に飛び込んできた妹の頭をわしゃわしゃと撫で回すマリエル。そんな二人を見て、エマはきょとんとして目をぱちくりさせている。
「えーと……。キミは、アリスのお姉さんって事か……?」
訊かれたマリエルは、はっとした様子で慌てて答える。
「す、すみません!紹介が遅れました!私はこの子の姉のマリエル・フォートリエです」
「そうだったのか……。私はロコン村で鍛冶屋をやってる……やってた、エマ・ルフェーヴルってもんだ。よろしくな」
「はい!よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるマリエル。アリスを抱き締めたままなので、当然彼女にごつんと頭がぶつかる。
「痛っ!」
「……」
突然の姉のヘッドバットに驚き、続けてじわじわと襲ってきた痛みにアリスはぶわっと涙を浮かべる。
「わぁ!ごめん!ごめんねアリス!わざとじゃないの!」
「……」
ぷるぷると震えながら、涙を堪えるアリス。
「(大丈夫かこの子……?)」
エマは苦笑を浮かべ、その様子を眺めていた。
一連のやり取りが終わった所で、三人は部屋の奥にあるテーブルの近くで話を始める。
「おおよその話はアルミス教会のシスター様から聞きました。……お母様の企みについては、未だに半信半疑なんですけどね」
テーブルを挟んでアリスの向かいに座っているマリエルが、近くのベッドの縁に腰掛けているエマにそう話を切り出す。
「シルビア達と会ったのか?」
「はい。私、お二人に助けて頂いたんです。ヴァンパイア達に襲われている所を」
「よく無事だったな……」
そう言ってから、エマはとある事を思い出す。
フォートリエ家はヴァンパイアの一族。アリスと同じように、マリエルもヴァンパイアの血が流れている少女であるという事。
しかし、その事と彼女がここまで生き延びてやってきたという事はあまり関係がないように思える。エマはアリスに視線を移す。アリスに戦闘能力が無いように、マリエルにもそれは無いと思えたからだ。
では、アルベール姉妹にここまで護衛して貰ったのか。それも、今二人の姿が無い事から考えられない。もしそうだとしたなら、状況の説明ぐらいはしに来るハズだ。
エマは疑問をマリエルに訊いた。
「マリエル。キミはどうやってここまで来たんだ?」
「歩いてきましたよ?」
「まぁ、そりゃそうだろうけど……。誰かと一緒に来たとか……」
「あ……」
そういう事か、というような表情を浮かべるマリエル。
「サクラさんに護衛をしてもらったんです」
「サクラ……?」
「紅白の見慣れない格好をしていて、黒い長髪の綺麗な女の人です。細い剣のような武器でヴァンパイアと戦って、とても強い人なんですよ!」
目をきらきらと輝かせながらマリエルが説明するが、サクラの人物像が全く想像できないエマは苦笑を浮かべる。
「そ、そう……なのか……」
「それに優しくて、格好良くて、とにかく素敵な人なんです!」
「あぁその、サクラって人の事は良くわかったよ……。それで、シルビア達は屋敷に向かったのか?」
「ふぇ?あ、はい。お二人ならお母様の所へ向かいましたけど……」
「そうか……」
腕を組み、何かを考え込んでいるような素振りを見せるエマ。それを見たフォートリエ姉妹の二人は、きょとんとした様子で顔を見合わせる。
「よし……」
エマは何かを決心したかのように、ベッドからすっと立ち上がった。
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