第16話
屋敷に入った二人が始めに見た光景は、二階の通路があり吹き抜け式になっている大きなホール。
「あらあら、豪華なお出迎えね」
そしてそのホールで二人を待ち構えていたのは、二十体程のヴァンパイア達であった。二人を捕捉するなり、ヴァンパイア達は雄叫びを上げて突進していく。
二人は銃に装填してある八発の銀の銃弾を外す事なく命中させ、合計十六体を仕留めた。
残った四体が同時に襲い掛かったが、二人は弾切れの銃を手に持ったまま体術で迎撃する。
ヴァンパイア達の突進を横に移動して避ける二人。
シャルロットは一番近くの個体の後頭部を掴み、顔面を壁に叩き付け、ずるずると膝から崩れ落ちた所へ更に膝蹴りで追撃し、もう一度壁に叩き付ける。
シルビアはヴァンパイアの顔面を片手で掴み、足を掛けて地面に後頭部から押し倒し、足で踏みつけて追撃。
そして残った二体の顔面に、二人はそれぞれハイキックをお見舞いした。
「楽勝ね」
「油断しないで。まだまだこれからよ」
「はいはい……」
銃を再装填し、体術で沈めた四体に銀の銃弾でトドメを刺してから、二人はその場を後にする。
歩き始めてすぐに、シャルロットが腕を組みながらシルビアに訊いた。
「さて、このだだっ広い素敵な屋敷、どこから調べる?」
「手当たり次第よ」
「それは素敵ね……」
ホールには二階への階段と、四隅にそれぞれ四つの扉があった。
「まずは……ここね」
シルビアが選んだのは、正面の階段の方角を北と見て、東南方向にある扉。
この先に何が居るのかわからないという恐れの感情は微塵も無く、シルビアはドアノブを回してすっと扉を開ける。
その先には、灰色の壁と豆電球だけという殺風景な廊下が続いていた。窓は無く、外からの明かりは一切入って来ない。
「不気味ねぇ……」
進む事を思わず躊躇ってしまうシャルロット。一方のシルビアは平然と歩き出す。
「行くわよ」
「はいはい……」
溜め息をついてから、シャルロットはそれについていく。不気味なその通路は曲がり角が無く、二人はひたすら歩き続ける。
「(苦手だわ……こういう場所……)」
不安そうな表情で辺りを見回しながら歩くシャルロット。
「……」
シルビアは無表情で歩き続ける。
しばらく歩いた所で、正面に木の扉がぼーっと浮かんで見えてきた。そこで、二人は一旦立ち止まる。そして扉の先から溢れ出ている、ヴァンパイアの気配に眉をひそめた。
「この気配、下級のものじゃなさそうね」
「ノアか、あの双子辺りじゃないかしら」
銃をそれぞれ利き手に持ち、二人は扉の前にやってくる。
ドアノブに手を掛け、隣で銃を構えて待機しているシャルロットに目配せをするシルビア。
「(準備は?)」
「(オッケー)」
シルビアがドアを勢い良く開け放つ。先にシャルロットが中に入り、シルビアもすぐに続く。
扉の先にあったのは、壁も天井も灰色のコンクリートが剥き出しになっている、通路に負けず劣らずの殺風景な部屋であった。明かりもやはり小さな豆電球が所々にぶら下がっているだけで、広く大きなその部屋は全体的に薄暗い。
そして、その部屋の真ん中にぽつりと、ノアが立っていた。
「ちっ……よりによって一番手になったか……」
ノアはそう呟いて、二人に向かって歩き出す。
「ここでケリをつけてやる。お前らが死ぬか、ボクが死ぬか。二つに一つだ」
「逃げ回るのはやめにするって事かしら?」
シャルロットの嘲笑。ノアは無表情のまま。
距離が五メートル程まで縮まった所で、彼女は立ち止まる。
「最早容赦はしない。ボクの本当の力を見せてやる……!」
その瞬間、二人が感じ取っていた、ノアが発していた気配が更に強大なものに変わっていった。
「な、何よ……!?」
「気を引き締めなさい、シャル。厄介な戦いになると思うわ」
「え?」
ノアの身体が気配と共に変化していく。肌の色は青白くなり、両手の爪は巨大化して鉤爪のような形に変化する。一見では人間と区別が付かなかったその容姿は、もはや跡形も無くなった。
「始めようか」
唯一変わっていない深紅の瞳で二人を捉え、ノアは不気味にニヤリと笑って見せる。すると、シャルロットが腕を組み、ノアをそっちのけでシルビアにこう訊いた。
「ねぇシルビア。どうするの?こんなの聞いてないわよ?」
「私だって聞いてないわよ」
「そうよねぇ……」
「まぁとにかく、ありったけの銃弾を撃ち込んでみれば、何かしらはわかるハズよ」
「何かしらって?」
「私達が勝つか負けるか……とか」
「……うん。それがわかれば充分ね」
「そういう事よ」
二人は突然銃を構え、ノアの身体に銃弾を連射し始めた。
ノアは頭部に飛んでくる銃弾だけを爪で弾き、他は避けずに身体で受け止める。
二人の銃の弾が切れ、攻撃の手が止まった。ノアにダメージを負った様子は一切見えない。
ノアは今度はこちらの番だと言わんばかりに、爪を振りかざしながら突進してきた。
「シャル!避けて!」
「言われなくても避けるわよ……!」
左右に分かれ、振り下ろされた爪を回避する二人。ノアの爪は、コンクリートの地面に軽々と突き刺さった。
二人は体勢を整え、次の攻撃の準備を済ませる。素早い再装填、そして位置取り。ノアを挟み込むようにそれぞれ移動する。
先程ノアが頭部だけを銃弾から守っていたのを見て、二人はそこが弱点だと判断した。挟んでしまえば、防ぎようが無いハズ。
二人の銃弾が、ノアを襲った。
「甘いんだよッ……!」
ノアは二方向から飛んでくる銃弾を目にも留まらぬ速さのステップでかわし、シルビアに向かって滑り込むように低姿勢で接近する。そしてその姿勢のまま、シルビアの顎の辺りを狙って爪を勢い良く振り上げる。
シルビアは身体を反らしてその爪をすれすれで避け、至近距離から銃撃をする。
しかしそれよりも早く、ノアの前蹴りがシルビアの腹部を捕らえた。
ほとんど予備動作が無かったその攻撃はシルビアの腹部に直撃し、彼女を転倒させる。ノアは更に、飛び掛かっての爪による突き刺し攻撃で追い討ちを掛ける。
喰らった時点で即死は免れないであろうその攻撃を、シルビアは地面に倒れたまま横に転がり、間一髪で避ける。転がって距離を離した後、シルビアはすぐには立ち上がらずにそのままの体勢で銃弾を三発ノアの横顔にお見舞いする。
回避の直後で、尚且つ無理な体勢での発砲。全ての銃弾が狙った箇所に飛んでいく事は無かったが、三発の内の一発は狙い通りにノアのこめかみの辺りを貫いた。
「くっ……!」
ノアは撃ち抜かれたその部分を手で抑え、膝をついて悶える。やはり弱点は頭部らしく、その攻撃は有効打となった。
「人間風情が……調子に乗るなよ……!」
歯を食い縛りながら立ち上がり、シルビアを睨み付けるノア。
しかし今度は、シャルロットが背後という死角から頭部に銃弾を撃ち込む。
ノアは素早く振り返り、その銃弾を爪で弾いてシャルロットに襲い掛かる。飛び掛かりながらの、両手の爪による突き刺し。
シャルロットは自分の左手側に飛び込み前転をして、その攻撃を避ける。そしてすぐに立ち上がり、体勢を整え、再び銃を構える。
ノアはシャルロットに追撃を入れようと接近していたが、シルビアが背後から銃弾を撃ち込み、それを阻止した。
その被弾はかなりのダメージになったらしく、ノアは大きく怯み、唸り声のような、悲鳴のような声を上げる。
「二対一じゃ、流石に分が悪いようね」
すかさずニヤニヤと笑って煽るシャルロット。
「黙れ……!」
ノアは顔を上げ、恐ろしい形相でシャルロットを睨み付ける。
「あら、怖い怖い……」
くすくすと笑って見せるシャルロットに、ノアは真正面から突っ込む。それとほぼ同時に、背後に居るシルビアも引き金を引く。
射出された銃弾は後頭部から潜り込み、ノアの右目を貫いて出ていき、シャルロットの頬の数センチ横を通過してから壁に当たって砕け散った。
「今のは……キツいわね……」
真正面から眼球が破壊されるグロテスクな光景を見たシャルロットは、思わず苦笑を浮かべる。
惨状の張本人であるノアは、項垂れたまま肩で息をしているだけ。
その惨状を作り出したシルビアは、左手に持った銃を構えたまま、背後からノアに歩み寄っていった。そして、一言呟く。
「これで終わりよ」
対するノアは、顔を上げずに俯いたまま、ニヤリと笑った。
「それはどうかな?」
突然さっと振り向き、その際に隠し持っていた小さなナイフをシルビアに投げ付ける。
「――ッ!」
予想外の暗器にシルビアは反応できず、ナイフを避け損ねてしまう。そのナイフは、シルビアの右肩に刺さった。
更に、ノアは動揺しているシルビアに接近して飛び掛かり、両手の爪を彼女の首に突き刺そうとする。
シルビアは銃を手放し、何とかそれを両手で受け止める事ができたものの、勢いに負け、押し倒されてしまう。
馬乗りになって爪を突き刺そうとするノア。それを両手で離そうと必死にもがくシルビア。
シャルロットは当然銃を構え、ノアを撃ち抜きシルビアを助けようとしていたが、シルビアに銃弾が当たる事を恐れて中々引き金を引く事ができない。
ノアの鋭い爪の先端がシルビアの首の柔らかい肉に触れた時、ノアは勝利を確信した。
「死ね……!」
しかし、シルビアはニヤリと不適な笑みを浮かべ、こう答える。
「お断りよ……!」
突然手の力をすっと抜き、上半身を左横にずらすシルビア。ノアの爪が、シルビアの顔の真横の地面に突き刺さる。
当たっていた爪が首に浅い引っ掻き傷を残したが、ノアの体勢が崩れた事によって生まれた一瞬の隙を見て、シルビアは反撃を試みる。
先程投げ付けられた右肩のナイフを左手でぐっと掴み、歯を食い縛って痛みに耐えながらそれを一気に引き抜く。そしてそのナイフを、ノアの首に突き刺した。
「ぐぁッ……!」
予想外の反撃に思わず声が漏れ、ノアは地面に転がる。そこに、シャルロットが歩いてやってきた。
「これで終わりよ」
先程姉が言ったものと同じセリフ。しかし、冷たい口調だった姉とは違い、シャルロットは子供をあやすような優しい口調であった。
引き金が三回引かれ、ノアの顔面に三発の銃弾が射出される。
ノアは喫驚しているような表情を浮かべていたが、銃弾が撃ち込まれた後は、全てを諦めたような力無い笑みを浮かべていた。
「畜……生……」
そして、ゆっくりと目を閉じる。それ以降、彼女が動く事は無かった。
「しぶとい奴だったわね……」
シャルロットは溜め息混じりにそう呟きながら、銃をホルスターにしまう。そして、シルビアの元へと歩いていく。
「ちょっと、大丈夫?」
右腕で目元を隠すようにしながら寝たままのシルビアの姿を見て、シャルロットは苦笑を浮かべて彼女の隣にしゃがみ込む。シルビアは右腕をずらし、シャルロットに苦笑を見せてこう答えた。
「大丈夫じゃないわ」
「大丈夫そうね……」
姉の冗談に対し、呆れた様子で鼻で笑い、立ち上がって手を差し伸べるシャルロット。
シルビアは妹の反応に対し、つまらなさそうに鼻で笑い、その手を掴んだ。
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