第15話

「いい加減あなたもしつこいわね……」

 現れたノアに、溜め息をついて見せるシャルロット。

「まぁね――」

 鼻で笑うノア。同時に、アルベール姉妹の行く手を妨げていた大きな金属製の門が開く。

「お前達を止めないと、ボクが殺されるんだ。そりゃ執念深くもなるってものさ」

「殺される?誰に?」

 シルビアが銃を取り出しながら訊く。

「お前達には関係の無い話だよ。ここで死ぬんだから」

 ノアはそう言って、右手を挙げるという合図をし、配下のヴァンパイア達に臨戦態勢を取らせる。

「やれ」

 その一言と共にノアが右手を下ろすと、彼女の周りに居る大量のヴァンパイア達が一斉に走り出し、アルベール姉妹の二人に襲い掛かった。

 正面から迫り来るヴァンパイア達を分散させる為、二人はそれぞれ左右に分かれて交戦を始める。そして、次々と襲ってくるヴァンパイア達に、銀の銃弾を撃ち込んでいく。

 数が多く、狙いを付けている暇が無い二人は、至近距離での発砲に適した構え方で戦っていた。

 銃を胸元の前や顔の前で小さく構え、アバウトに狙いを付けて発砲するC.A.Rシステムと呼ばれる構え方。接近攻撃しか攻撃手段を持たず、銃弾を恐れないで襲い掛かってくるヴァンパイア達には、最適な構えであった。

「(中々の数ね!)」

 戦いながらも辺りの様子を確認しているシャルロットは、全く減らないヴァンパイア達に舌打ちをする。

 接近を許してしまったヴァンパイアが伸ばしてきた腕を左手で払いのけ、素早く引き金を引く。狙いを付けずに発砲したものの、射出された銃弾は見事にヴァンパイアの眉間を貫いた。

「(流石は私ね……)」

 自分の実力に自惚れるシャルロットであったが、ヴァンパイアは何の遠慮も無しに攻撃を仕掛けていく。二体が前後から同時に襲い掛かってきた。

 シャルロットは顔の前で銃を斜めに構え、正面のヴァンパイアを撃ち抜く。続けて素早く身体を反転させ、振り向き様に片手で銃を構え、後方のヴァンパイアの頭部にも銃弾を撃ち込み、仕留める。

 全く隙を見せないシャルロットであったが、その時一体のヴァンパイアがシャルロットの視界の外から飛び掛かる。

 反応が遅れてしまい、銃を向けた時には既に腕を振り上げていた。

 鋭利な爪がシャルロットの首に突き刺さるその寸前、一発の銃弾がそのヴァンパイアのこめかみを貫く。

 倒れて灰になっていくヴァンパイアを見てから、シャルロットは離れた所から冷たい視線を送っているシルビアに顔を向ける。油断するな、集中しろ、とでも言いたげなその視線に対し、シャルロットはウィンクをしながら舌をぺろっと出して茶化して見せた。


「(全く……)」

 シャルロットの能天気な態度に溜め息をつき、殲滅を再開するシルビア。彼女もやはりシャルロットと同じ構えで戦っており、近付いてくるヴァンパイア達を次々と沈めていく。

 敵を見くびり時折ピンチに陥るシャルロットとは異なり、途切れる事の無い集中力を持つシルビアには隙というものが一切無かった。後方から襲って来ようが、音と気配で察知して素早く振り返り、時には見もせずに銃だけを向けて発砲し、仕留める。

 銃の装填数が残り一発という時に左右同時から襲ってきたが、右側のヴァンパイアに銃弾を撃ち込み、左側にはハイキックをお見舞いする。そして、蹴り倒したヴァンパイアが立ち上がるよりも先に再装填を済ませ、銃弾でトドメを刺した。


「(ちっ……。やっぱり下級のザコじゃ話にならないか……)」

 二人の戦闘を見ていたノアは、次々と倒されていく配下のヴァンパイアに苛立ちを覚える。

 同時に襲い掛かった四体が容易く返り討ちに遭ったのを見て、ノアはついに足を踏み出した。

「もういい……ボクがやる……!」

 恐ろしい速さでシャルロットに接近するノア。それにいち早く気付き、シャルロットはそちらに銃を構えて発砲する。

 射出された三発の銃弾をノアは走ったまま全て避け、シャルロットに殴りかかった。

 シャルロットはその攻撃を左手で捌き、素早く右手の銃でノアの頭部を狙う。当然のようにその銃弾を避け、今度はシャルロットの首に掴み掛かろうと左手を伸ばす。

 シャルロットは伸ばしてきたその手を抱き込むように掴み、ノアの顎に銃口を突き付けて引き金を引く。動きを止めての至近距離からの発砲。今度は当たったと確信を持ったシャルロットであったが、銃弾が射出される寸前でノアが身体を後ろに反らした事により、銃弾は虚空へと消えていった。

「嘘でしょ……?」

「ホントだよ」

 苦笑を浮かべるシャルロットの胸部に強烈な右ストレートを放つノア。その攻撃は命中し、シャルロットは為す術も無く転倒した。

「シャル!」

 そこで、辺りのヴァンパイアを殲滅し終えたシルビアが駆け付けてくる。

「やっと来たか。片方はもうノックダウンしたよ」

「……そのようね」

 嘲笑を浮かべるノアと、面白くもなさそうに鼻で笑うシルビア。

 シルビアはちらっと、転倒したシャルロットに視線を移す。彼女は攻撃を直に喰らって負傷してはいるものの、こちらに顔を向けて恥ずかしそうに苦笑を浮かべていた。それを見て、シルビアは再び鼻で笑う。

「生きてはいるみたいね。ならいいわ」

「随分と余裕だね。一対一でボクに勝てると思ってるのかい?」

 眉をひそめるノア。シルビアは微笑を浮かべたままこう答えた。

「当たり前じゃない」

「……そうかい」

 あからさまな不機嫌を表情に出し、ノアはシルビアに接近する。

 初手は小振りな左フック。シルビアは身体を反らしてそれを避け、狙いを付けずに素早く発砲する。

 首を傾げてその銃弾を避け、シルビアの懐に潜り込み、右アッパー、続けて左ストレートを放つ。

 シルビアはアッパーを右手で捌き、しゃがんで左ストレートを避けてから腹部に銃弾を撃ち込む。銃弾はノアの腹部に風穴を開けた。

 しかし、ノアはその衝撃に耐え、怯まずに体勢を維持する。そして、シルビアの銃を左手で叩き飛ばした。

「ヴァンパイアハンターってのは、祓魔銃が無くても戦えるのかな?」

 勝ち誇ったように口元を歪めるノア。

「……その目で確かめなさい」

 シルビアはそう言いながら立ち上がり、身構えた。

「上等だッ!」

 ぎりっと歯軋りをして、シルビアに攻撃を仕掛けるノア。右フック、左フック、右ストレート、そして左足による前蹴り。

 シルビアは右手の攻撃は左手で、左手の攻撃は右手で捌き、最後の蹴りは脇で挟むようにして受け止める。そして片足で立っているノアに足払いを仕掛け、彼女を転倒させた。更に受け止めた足を抱えたまま、ノアの脇腹に蹴りを入れる。

 蹴りは命中したが、それくらいでは決定打にはならない。シルビアは足を手離し、ノアの顔面に拳を打ち付ける。

 その拳をノアは両手で受け止め、シルビアの手を掴んだまま彼女の腹部に足を押し付ける。そして、柔道の巴投げの要領でシルビアの身体を投げ飛ばした。

 投げられたシルビアは地面に落ちる際に転がって受け身を取り、衝撃を殺しながら立ち上がる。

 ノアも立ち上がり、両者は再び睨み合う。戦いは仕切り直しになった。

 今度はシルビアが先制を取り、ノアに接近する。

 初手に放ったのは腹部を狙った右足による前蹴り。

しかし、それは容易く避けられる。

 当たらない事はわかっていたシルビアはすぐに体勢を整え、左足による顔面へのハイキックを放つ。それも避けられたが、シルビアは更にその足を翻しての回し蹴りで追撃。

 流れるようなその連携から放たれたその蹴りは、ノアの頭部に命中した。

 鋭い蹴りを頭部に貰ったノアは一瞬ではあったものの、動きが止まってしまう。その隙を見逃さずに、シルビアは大振りな右後ろ回し蹴りを先程蹴ったばかりのノアの頭部に放った。

 普段のノアならまず当たる事は無いであろうその大技は見事に決まり、ノアの身体は地面に激しく叩き付けられた。

「手応えアリね」

 シルビアはふうっと息を吐き、乱れたシャツの襟を整える。

「やるじゃない」

 そこで、シャルロットがやってくる。シルビアは彼女を一瞥し、鼻で笑って視線を外す。言葉での返答はしない。

「あーその……まぁ、ちょっとだけ油断しちゃった……かも……」

 シャルロットは気まずそうに頬を指で掻く。シルビアは溜め息を一つつき、こう訊いた。

「怪我は?」

「へ?」

「怪我」

「あぁ……これと言った怪我は特に……」

「そう。なら良いわ」

 無愛想に返事を返し、ノアに叩き飛ばされた銃を拾いに行くシルビア。シャルロットはその場できょとんとしたまま、シルビアの後ろ姿を見つめている。そして、くすりと笑い、こう呟いた。

「なるほど……心配してくれたのね」


 シルビアが銃を拾ってシャルロットの元に戻ってきた所で、倒れていたノアが立ち上がる。

「ちっ……どうやら甘く見過ぎていたようだ……」

「大丈夫?少し休んでも良いわよ」

 煽るシャルロット。ノアは鼻で笑って見せる。

「黙れ。お前は弱いからどっちでも良い」

「ちょっと!差別は良くないんじゃないかしら!」

「シャル……」

 シルビアが咳払いをして、ふざけ気味のシャルロットを横目で軽く睨む。その鋭い視線に気付いたシャルロットは危険を感じたのか、苦笑を浮かべて大人しく黙り込んだ。

「……さて」

 再びノアに視線を移すシルビア。

「フォートリエの居場所でも教えて貰いましょうか。この屋敷のどこに居るの?」

「知るか。自分で探せ」

 その返答に、シルビアの眉がぴくりと動く。

「へぇ……。まだそんな口を利く余裕があるのね」

「勘違いするなよ。さっきは確かに一本取られたが、ボクはまだ生きてる。あれくらいで勝った気になるな」

「なら、あと三回くらいさっきみたいに脳を揺らしてやるわ。そうすれば、その口の利き方も改める気になるでしょう」

「……そうかもね」

ニヤリと笑い、右手を挙げるノア。すると、屋敷の中から新たなヴァンパイアが十体程現れた。

 そのヴァンパイア達と入れ代わるように、ノアは屋敷の中へと入っていく。

「ついてきなよ。続きは中でやろうじゃないか」

「それならヴァンパイアを呼ぶ必要は無いんじゃないのかしら?」

 銃の再装填をしながら、シャルロットは首を傾げて見せる。

「もてなしだよ」

「要らないわ」

「遠慮するな」

「要らないってば」

 襲い掛かってくるヴァンパイア達。ノアは奥へと消えていく。

 二人はヴァンパイア達を近付ける事なく銃で一掃し、屋敷の玄関へと歩いていく。

「シャル、準備は良いわね?」

「万端よ。行きましょう」

 顔を見合わせ、ニヤリと笑う二人。

 躊躇う事なく、二人は敵の本陣へと足を踏み入れた。

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