第14話

「何故こんな事を?」

 サクラの背に隠れるように立っているマリエルを見て、エヴァが訊く。

「私達の目的は例の十字架。そしてそれを持っているアルベール姉妹の二人です。この子は関係ありません」

 サクラは刀に手を付け、エヴァを睨み据えたまま答える。

「うーん……。だからと言って、あなたが護衛をする必要は無いんじゃないかしら?」

 白々しい口調。それを受け、サクラは目を細める。

「二人には一刻も早く屋敷に到着してほしいので。その方がこちら側としてもやりやすいでしょう」

「ふふ、そうじゃないわ」

「はい?」

「殺しちゃえば良いのよ」

「……え?」

 笑顔に相応しくないその言葉は、サクラを呆然とさせた。

「だってそうでしょう?その子が死ねば、アルベール姉妹は護衛をする必要が無くなるし、あなただって手が空くわ。つまり、事を進める事ができるってワケ」

 平然と喋り続けるエヴァ。彼女がどのような性格なのかを知ったマリエルは、サクラの背中に張り付き、ただ怯えている。そんな彼女の様子に気付いたサクラは左手を後ろに回し、彼女の身体をそっと後ろに追いやる。その最中も、エヴァからは視線を外さない。

「さて、どうする?」

 ニヤリと笑うエヴァ。

「どうしましょうか――」

 サクラは同じような笑みを返すと、突然刀を抜き、斜めに大きく振った。

 高速の斬撃によって生み出された、目には見えない真空の刃がエヴァを襲ったが、彼女は高く跳躍してそれを避け、近くの大木の上に着地する。

 しかし、エヴァが着地したと同時に、その大木は根本の少し上からみしみしと音を立てながら折れていき、ゆっくりと倒れた。

 転倒に巻き込まれる前に飛び降りていたエヴァは、倒れたその木を見て舌打ちをする。

「小賢しいマネを……」

 サクラが放った真空刃による綺麗な断面。エヴァは、サクラに戦う気など端から無く、先程の一振りは何とか隙を作りたいが為の攻撃であったという事を悟った。

「……まぁいいわ。しばらく泳がせたって支障はないもの」

 誰に言ったワケでも無いがそう呟き、その場を去っていくエヴァ。

 サクラとマリエルは、大木が転倒していた時には既にその場から姿を消していた。


「(ここまで来れば大丈夫でしょう)」

 エヴァから逃げおおせたサクラとマリエルの二人。ひたすら走り続けた二人が立ち止まったのは、坂道を下った先の開けた場所であった。

「つ、疲れた……」

 マリエルはサクラの手を握ったまま、その場に座り込む。マリエルの体力を考慮していなかったサクラは、慌てた様子で彼女の前に膝まずく。

「すみません。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です……!ありがとうございます……」

 心配をかけまいと立ち上がるマリエルであったが、満身創痍と言った様子の彼女はそれすらも満足にいかず、ふらついてしまう。倒れそうになった彼女を、サクラは優しく支える。

「無理はしないでくださいな。少し休みましょう」

「は、はい……」

 再びぺたんと地面に座り込むマリエル。それを見たサクラはくすりと笑う。

「ふふ、身体は正直みたいですね」

「え、えへへ……」

 マリエルは気まずそうに、恥ずかしそうに笑みを返す。サクラも近くの木に背中を預け、一息つく。

「あの、サクラ……さん……?」

 サクラの名前の発音を確認するように、マリエルはおどおどした様子で彼女を呼んだ。

「なんでしょう?」

「えーと、その……」

 話を始めたは良いものの、訊きたい事が多く戸惑ってしまうマリエル。その内の一つを、サクラは言い当てた。

「私がフォートリエ様に仕える理由……ですか?」

 それを聞いて、マリエルは深く頷く。

「……はい。私にはサクラさんが悪い人には見えないです」

「悪い人?」

「フォートリエ家が悪い事を企んでいるという事は、アルミス教会のシスター様に聞きました。どうしてサクラさんは――」

「確かに――」

 サクラはマリエルの話を遮って、こう続けた。

「人間からしてみれば、ヴァンパイアの復活なんて事は恐ろしい事ですよね。ですが、ヴァンパイアからしてみれば、話は変わってきます」

「――と、言いますと?」

「人類を滅亡させ、ヴァンパイアの世界を作る。この言葉を反対にしてみればわかるでしょう」

「えーと、ヴァンパイアを滅亡させて、人類の世界を作る……って事ですか?」

「えぇ。つまり、悪という概念は捉え方次第という事です。人間はヴァンパイアを忌み嫌い、逆もまた然り。ヴァンパイアも人間を忌み嫌っている」

 サクラの説明。マリエルは難しい顔をしている。

「でも、人間の世界を奪い取るなんて――」

「悪い事だと思いますか?」

「……」

 マリエルは何も言わずにサクラを見上げる。当然だと言わんばかりのその目付きは、心なしか鋭く見えた。

 彼女の辛辣なその視線に、サクラは苦笑を浮かべる。

「ふふ、まぁ、人間であるあなたにはわからない事ですよ。無論ヴァンパイアにだって、人間の都合など――」

「私だってヴァンパイアです」

 マリエルは強い口調でそう言った。

「……」

 マリエルを見つめるサクラ。その表情は無表情で、威圧感すら感じられたが、マリエルは話を続ける。

「フォートリエの血を継ぐ私もヴァンパイア。でも、人間を殺し、ヴァンパイアの世界を作りたいだなんて思いません。私は人間と一緒にこの世界で生きていきたい」

「……ふふ、そうですか」

 サクラはその相槌一つで話を終わらせようとする。

「あなたはどうなんですか?サクラさん」

 マリエルの質問に、サクラは再び苦笑を浮かべた。

「それを聞いてどうするんです?」

「先程の質問の続きです。どうしてサクラさんはお母様……フォートリエに?」

「あなたには関係の無い話です。そろそろ行きましょうか」

 強制的に話を打ち切り、もたれかかっていた木から離れて歩き出す。

「サクラさん!」

 立ち上がるマリエル。その時、マリエルは背中を何かになぞられるような、嫌な感覚を覚えた。それが何の感覚なのか、直接的にはわからなかったが、それとほぼ同時にサクラが立ち止まったのを見て、何となく察しが付いてしまう。

 サクラは怒っている。

「……行きましょうか?」

 しかし、そう言った彼女の表情は、笑顔であった。

 もうこれ以上訊いてはいけない。マリエルの本能がそう言っている。

「……はい」

 マリエルは歩き出しながら、ある事を思い出す。サクラはフォートリエの重臣、ヴァンパイア側の存在であるという事。つまりは、敵であると言う事。

「……」

 自分の前を歩くサクラの背中を、マリエルは疑心に満ちた目で見つめていた。



 一方――

 そんなマリエルの疑心暗鬼など知る由もないアルベール姉妹の二人は、ひたすら黙々とフォートリエの屋敷に向かって歩き続けていた。

「見えてきたわ」

 シルビアの言葉。

「まさか、あれ……?」

 シルビアの視線を辿ったシャルロットは、その先にあった建物を見て愕然としていた。

 家とは呼べない、城のようなその建物。

「流石は……お金持ちね……」

「……他に感想無いの?」

「んーと、大きいわね!」

「……もういいわ」

 二人はそのまま屋敷へと歩いていく。当然ではあるが、屋敷に近付くにつれてヴァンパイアの気配は強まっていった。

「いよいよ敵のボスとご対面ね。やってやろうじゃない」

 呑気な様子のシャルロット。シルビアは逆に、気を引き締めて辺りを警戒しながら進んでいる。そして彼女は、屋敷の門の元へ到着したと同時にこう呟いた。

「簡単には進ませてくれそうにないわね」

 それと同時に、門の向こう側にある屋敷の玄関扉が開く。そこから、見覚えのある人物が現れた。

「遅かったな」

 大量のヴァンパイアを引き連れて現れたノアは、いつもの気だるそうな雰囲気ではない。

 異様なまでに、殺気立っていた。

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