第13話

 突如として現れたサクラに、二人は慌てて銃を構える。

 しかし、サクラは刀に手を付けずに腕を組み、戦闘の態勢を取ろうとしなかった。そんな彼女をシャルロットは怪訝そうに見つめる。

「戦う気は無いって事?」

「えぇ。今は」

 サクラは即答した後、こう続ける。

「そちらに戦う気が無ければ……ですけど」

 口元を歪め、首を傾げる。二人を見据えているその鋭い眼光は、遠回しに銃を下ろすか下ろさないかの判断を迫っているようにも見えた。

 二人はお互いの顔をちらっと見合せた後、銃をゆっくりと下ろしていく。

「賢明な判断ですよ。お二方」

 サクラは艶然と笑い、そう言った。余裕が見て取れる彼女のその様子に、シャルロットは引きつった笑みを浮かべながら怒りを必死に抑える。

「気に入らない態度ね。やっぱりやっちゃおうかしら」

「待って、シャル。話だけでも聞いてみましょう」

 シルビアがシャルロットを宥め、サクラに視線を移す。

「それで、なんですって?」

「私が彼女を町までお送りします。一人で行かせるワケにはいかないでしょう?」

「その発言、自分の立場を理解してるとは思えないわね」

「まぁ確かに、私はあなた方の敵ですが……このような考え方はどうです?」

「……」

 シルビアは猜疑心に満ちた目でサクラを睨んでいる。そんな視線を気にする事もなく、サクラは話を始める。

「あなた達は今から、フォートリエ様の屋敷に乗り込もうとしている。それなら早く到着してもらった方が、十字架の奪還も早まるという事ですよ」

「随分と甘く見られてるのね」

 呆れた様子でシャルロットが呟く。

「あなた達の力では、フォートリエ様の重臣達を倒す事はできませんからね」

「へぇ、それは困ったわ」

シャルロットの嘲笑。

 サクラは湧き出てきた怒りの感情に目を細めて彼女を睨み付けたが、平静を保って話を続けた。

「……早く行ってください。そして早く殺されてしまいなさい。二人揃ってね」

「あ、あの……!」

 シャルロットにずっと抱き付いたまま、黙ってやり取りを見ていたマリエルが口を開いた。

 シャルロットとシルビアは、驚いた様子で彼女に視線を移す。サクラも、マリエルが何を言うのかを期待して彼女を見つめる。

 マリエルは集まった視線に少々困惑しながらこう言った。

「私は大丈夫です。お二人は先に進んでください」

「マリエル……!」

 慌てた様子のシャルロット。マリエルは力無く笑う。

「私一人なんかの命よりも、お母様の暴走を止める事の方が重大ですから……。私はこの方に護衛をお願いします」

「落ち着いて、マリエル。この女は敵なのよ?」

「大丈夫です!お二人は早く、お母様を……」

 シャルロットの説得。マリエルは聞く耳を持とうとしない。

 すると、シルビアがサクラに視線を移し、彼女を睨み据えながらこう言った。

「本当に、ロクでもない企みは無いんでしょうね?」

 シルビアの質問の意味、それは確認。つまり、彼女はサクラの言葉を信じようとしている。

「シルビア?」

 何を考えているんだ、と、シャルロットがシルビアを睨む。シルビアはその鋭い視線に負けず劣らずの視線を返す。

「私達の目的を思い出しなさい。それと、彼女一人の命。優先すべきはどっちなの?」

「あなた今なんて――!」

 シャルロットは立ち上がり、シルビアに歩み寄る。

「私達はヴァンパイアハンターよ。人一人の命に左右されるような余裕は無いわ。……私も忘れかけていた所だけど、マリエルの言葉を聞いて思い出した」

「待ちなさいよ……」

 力の抜けた笑いを浮かべるシャルロット。しかし、目は笑っていない。

「確かにヴァンパイアハンターとしての使命は大切よ。この上なくね。だからと言って、その為にならマリエルは死んでも仕方がないって事?」

「何も死ぬと決まったワケじゃないわ。この女が嘘をついていなければ…」

「ッ――!」

 シルビアが言葉を言い切る前に、シャルロットが彼女の胸ぐらに掴みかかった。

「……何のマネ?」

 シルビアの暗い声。シャルロットを見つめている彼女の目は、とても妹に向けるようなものではない冷たい目。

 しかしその視線を受けても、シャルロットが縮こまるような事は無かった。

「自分が何を言っているのかわかってるの?この女は敵なのよ……ヴァンパイアなのよ!?」

「それはわかってるわ。でも、利害は一致してる。さっき奴が言っていたでしょう?その通りだと私は思うわね」

 激情的なシャルロットに対し、シルビアは冷静。静かに、シャルロットを睨んでいる。

「鵜呑みにするって事!?マリエルが死んでからじゃ遅いのよ!」

「最悪の場合は、それもやむを得ないわね」

 シルビアの冷徹な言葉。シャルロットは目を見開き、ついに右手を振りかぶった。

「待ってッ!」

 マリエルの声に、シャルロットの拳が止まる。

「止めて……私なら本当に大丈夫だから……」

 マリエルは泣いていた。

「やれやれ……」

 そこで、ずっとやり取りを見ているだけであったサクラが呆れたように溜め息をつく。

「見ていられませんね。こんな所で姉妹喧嘩とは」

「あんたがワケのわからない事を言い出したのが原因でしょうが……」

 シルビアがシャルロットの手をほどいて彼女を突き離しながら、そうぼやく。面倒臭くなり始めているサクラは、わざとそれを思わせる口調でこう訊く。

「それで?どうするんです?何なら別に、このまま立ち去っても良いんですけど」

「待ちなさい。マリエルを頼むわ」

 即答するシルビア。シャルロットが再びシルビアを睨み付ける。しかし口は開かず、反論はしない。

 先程のマリエルの泣き声による訴えが、彼女の口を閉ざしていた。

「良いんですね?」

 サクラが視線を移した相手は、こちらに背を向けているシャルロット。

「……」

 シャルロットは歯を食い縛りながら、ゆっくりと首を縦に振った。

「マリエル。彼女についていきなさい」

 そう言ったのはシルビア。

「……はい」

 マリエルは俯いているシャルロットを一目見た後、サクラの元へ。

「最後に訊いておくわ」

 サクラを睨み付けるシルビア。

「彼女が殺されるような事があったら、その時はわかってるでしょうね?」

「と言うと?」

 サクラはあえてとぼけて見せる。それを見たシルビアはニヤリと不適な笑みを浮かべ、こう言った。

「そうね。私の拳がおかしくなるまで殴った後、煮えた鉛を飲ませてやるわ」

「……とてもシスターとは思えない発想ですね」

 シルビアの暴力的な発言を聞き、サクラは思わず笑ってしまう。

「そんな目に遭うのは御免ですね。この子の護衛には全力を尽くしましょう」

「……そうして頂戴」

 ふっと鼻で笑い、シルビアはその場から離れていく。

「マリエル……」

 サクラへの疑いを消せないシャルロット。

「……ありがとうございます。シャルロットさん」

 マリエルは小さく笑みを浮かべて見せた。

「私なんかの事を心配してくれて……凄く嬉しいです」

 その笑顔を見て、シャルロットは少しだけ気が楽になった。

「……本当に、大丈夫?」

 優しい声調でそう訊いてきたシャルロットに、マリエルは笑顔で頷いて見せた。その笑顔に、シャルロットもまた笑みを返す。

「……わかったわ。油断はしないようにね?」

「はい!」

 健気で可愛いマリエルの返事に、シャルロットはにこっと笑う。

「……最後にもう一度言っておくわ」

 ふっと突然笑みを消し、人が変わったかのような冷たい眼差しでサクラを睨み付け、先程の姉と似たような切り出し方で話を始めるシャルロット。

「マリエルに手を出してみなさい。その時は目玉二つと膝の皿を抜き取ってやるからね」

「ひ、膝の皿って……」

「覚悟しておきなさいよ。じゃあね」

 苦笑を浮かべているサクラに対し無愛想にそう言って、シャルロットもその場を去っていく。

「ひ、膝の皿……?」

 彼女の奇想天外な発想には、思わずマリエルも苦笑を浮かべた。



「あぁもう……本当に大丈夫かしら……?」

「くどいわね。大丈夫よ、きっと」

 マリエルと別れた後もまだ、シャルロットは彼女の事を案じていた。

 シルビアは心配性な妹に溜め息をつく。その様子を見たシャルロットの眉がぴくりと動き、彼女は横目でシルビアを睨んだ。

「……そう言うあなたは、マリエルが心配じゃないって言うの?」

「心配よ。この上なく」

 あらかじめ言う事が決まっていたのではないかと思わせる程の早さで答えられ、シャルロットは一瞬だけ困惑する。口調が少し強かった事も相まって、彼女が怒っているように思えたからだ。

 そこで思い出したのが、先程のシルビアとの口論。その時に胸ぐらを掴んだ事も思い出し、シャルロットの強気は一瞬でどこかへと消えていった。

「……どうしたのよ?」

 シルビアは突然静かになったシャルロットに顔を向け、怪訝そうに見つめる。シャルロットは恐る恐る、シルビアにこう訊き返す。

「……怒ってる?」

「はい?」

「だから、えーと……さっきの事、怒ってるの……?」

 と言ってから、

「いやまぁ、怒ってるわよね。いきなり胸ぐら掴んだワケだし……」

 シルビアから視線を外して独り言のようにそう続ける。シルビアはその様子を見て少し驚いたような、ぽかんとした表情になる。そして、くすりと笑う。

「な、何笑ってるのよ……!」

 赤面するシャルロット。

「別に……」

 シルビアは表情に少し笑みを残したまま、先程の質問に答える。

「怒ってるわ。胸ぐら掴まれたワケだし」

「あ……え、えぇ……まぁそうよね……」

 シルビアが笑ったのを見て、てっきり彼女が怒っていないと思っていたシャルロットは思わず動揺する。そんな彼女の慌てた口調に、シルビアは再び笑った。そして一言。

「冗談よ」

「も、もう……!」



 一方――

「では、行きましょうか」

「は、はい……」

 歩き出したサクラに、少し遅れてついていくマリエル。マリエルは無言が続くものかと思ったが、すぐにサクラが顔をこちらに向けて口を開いた。

「マリエルさん……でしたね?」

「ふぇ……?」

 話し掛けられるとは思っていなかったマリエルは、きょとんとしてしまう。

「先程、お二人がそうお呼びになられていましたからね。もしかして、マリエルというのは愛称でしたか?」

「い、いえ!マリエルです!合ってます!」

 慌てて答えるマリエル。サクラはくすくすと笑う。

「ふふ、そんなに畏まる事はありませんよ。気楽になさってください」

「は、はい!あ、ありがとうございます!」

 マリエルはぴしっと背筋を伸ばし、無理と作っているのが見て取れるような固い笑顔を浮かべる。サクラは微笑を浮かべて困ったように溜め息をついた。

「まぁ、いきなりそんな事言っても、無理な話ではありますよね……」

「そんな事ありません!う、うれ、嬉しいです!」

「あの、大丈夫ですよ?本当に……」

 笑顔が引きつってきたのを見て、サクラは思わずそう言った。


 それからしばらく歩いた所で、マリエルが落ち着くのを待っていたサクラが再び口を開く。

「自己紹介がまだでしたね。私はサクラと言う者です」

「サクラ……?」

 聞き慣れないその名前を、マリエルは確認するように呟く。それを見て、サクラは頷く。

「日本の名前ですから、聞き慣れないのは当然ですよ」

「日本……ですか」

「えぇ。ワケあってフォートリエ様に仕えていますが――」

 説明をしようとするサクラであったが、

「裏切りを考えている……のかしら?」

 という女性の声が、サクラの話を遮った。

 その声を聞いた瞬間、サクラは反射的に刀に手を付ける。声の主はすぐに、近くの木陰から姿を現した。

「ご機嫌よう。サクラ」

「エヴァ……!」

 現れた女性、エヴァを、サクラはきっと睨み付ける。

 エヴァは不気味な程に優しい笑みを浮かべて腕を組み、サクラとマリエルを交互に見た。

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