第12話

「ま、待って!今、フォートリエって言った……?」

 シャルロットがマリエルに身をぐっと寄せる。

「ふぇ!?い、言いましたけど……」

 少し引き気味に苦笑を浮かべながら答えるマリエル。シャルロットは困惑しているマリエルを見て、気まずそうに座り直して咳払いをする。

「そ、そう……。えーと……」

 冷静になって質問をしようとするが、聞きたい事が多すぎて、何から聞けば良いのか迷ってたじろいでしまう。代わりにシルビアが落ち着いた様子で質問をした。

「アリス・フォートリエって金髪の少女、もしかしてあなたの妹?」

「アリスを知ってるんですか……?」

 驚いた様子のマリエル。

「確かに私の妹はアリスって言いますけど、彼女がどうしたんですか?」

「昨日の朝方に、彼女がアルミス教会の外で倒れていたのよ。この十字架を持ってね」

シャルロットが胸元から十字架を取り出し、それをマリエルに見せる。

「それは――」

 眉をひそめ、マリエルはしばらくその十字架を見つめる。

「やっぱり見覚えがあるの?」

 マリエルがフォートリエ家の人間だという事を確信したシルビアは、十字架の存在も知っているのではないかと考える。

 しかし、マリエルはきょとんとした顔で、シルビアの顔を見つめ返した。

「ないですよ?」

「……はい?」

 予想外の返答に、苦笑を浮かべるシルビア。

「綺麗なアクセサリー……。アリスったら、いつの間にこんな素敵なものを買って貰ったのかしら……」

 少し不機嫌そうに呟くマリエル。見当が外れたシルビアは、自分自身を嘲笑うかのように呆れた様子で力無く笑った。

「あなたのお父様は、どうして私達の事を?」

 今度はシャルロットが質問をする。

「私のお父様は、歴史家だったんです。なんでも、昔ヴァンパイアと人間が戦ったとか。私はその話を、お父様が書いた本で知りました」

「本……ね」

 シャルロットは意味深に呟く。三百年前の戦いの詳細は、アルベール家の人間しか知らないハズ。

「(フォートリエの末裔なんだから、彼女の父親が先祖から話を聞いていたとしても不思議ではないけど…)」

 シャルロットは俯き、考え込む。そんな彼女の様子を見て、マリエルが軽い声調でこう言った。

「持ってきましょうか?」

「……え?」

 思わず顔を上げ、マリエルの顔を見つめるシャルロット。

「本、いつも持ち歩いてるんですよ。お父様の形見……みたいなものですし」

 マリエルはそう言って寂しそうな微笑を浮かべ、店の奥へと小走りで向かう。

「そう言えば、もう亡くなってるのよね。彼女の父親」

 アリスの話を思い出し、シルビアが呟く。

「そうだったわね……」

 小さな、弱々しいシャルロットの声。これから自分達がマリエルに残された唯一の親を殺しにいくという事は、簡単には言い出せそうになかった。


「こちらです。古い物だから、所々かすれちゃってますけど……」

 マリエルが持ってきたのは、一センチ程の厚さの茶色いカバーの本。タイトルは無く、表紙は実に味気ない見た目。シャルロットがそれを受け取り、開いて読み始める。

「マリエル。あなたはここに住んでいるの?」

 その傍らで、シルビアがマリエルにそう訊いた。

「えーと……まぁ、住んでいるようなものですね」

「と言うと?」

「ここに住み込みで働いてるんです。家にはたまに帰るくらいで、お父様が亡くなってからは、ここに居る時間の方が長いかもしれないです」

 それを聞き、シルビアは店内を見回す。

「……あなたの他には誰も居ないように見えるけど」

「従業員、私だけなんです。店主のグロリアさんが町に買い出しに行っちゃったので、留守番をしてた所だったんですよ」

「そこに、奴らが現れた…と?」

「……」

 マリエルは俯いて黙り込んでしまう。その理由を察したシルビアは、根も葉もない言葉とはわかりつつも、

「大丈夫よ。きっと無事で居るわ」

 そう言って彼女を励まそうとする。

「……そうですよね」

 マリエルはシルビアに笑顔を向ける。隠しきれない不安をその笑顔から読み取ったシルビアは、掛ける言葉が思い浮かばず、誤魔化すように煙草を咥えた。

「なるほどね」

 そこで、シャルロットが不意に本を閉じ、口を開いた。二人の視線が彼女に集まる。

「流石はフォートリエの末裔が書いた本だわ。私達が聞いた話とほとんど一致してる」

「流石……というのは?」

 マリエルが訊く。

「あ、えーと……」

 フォートリエ家が三百年前に人類に敵対したヴァンパイアである事、マリエル自身がヴァンパイアの血筋であるという事を話すべきか、シャルロットは迷う。

「シャル」

 シルビアが彼女の名前を呼び、首を縦に振って見せる。

「……そうよね。いずれ知る事だし、仕方ないわ」

 シャルロットは自分に言い聞かせるようにそう呟く。何の話なのかわからないマリエルは、きょとんとした顔で二人を交互に見つめている。

 シャルロットはマリエルに向き直り、真剣な表情で話を始めた。

「これから話す事、それはきっとあなたにとって辛い真実なの。聞いてくれるかしら?」

「辛い真実……?」

「えぇ。まずは――」


 十分程、シャルロットの話が続いた。

 今起きている事、フォートリエ家がヴァンパイアの末裔である事、自分達はこれから、マリエルの母親を殺しにいくという事。

 全ての話を聞いたマリエルは、気持ちに整理を付けたいと言い、外に出ていった。

「無理も無いわよね」

 シルビアがコーヒーを片手に持ちながら呟く。

「いきなり自分がヴァンパイアだなんて話をされたんだから。動揺して当然だわ」

 そう言った後、シルビアはある事がふと気になり、それをシャルロットに訊く。

「ねぇ、その本にはフォートリエ家がヴァンパイアだって事は書いてなかったの?」

 本にその事実が記されていれば、マリエルは自分がヴァンパイアだという事を知っていたハズ。

 しかし、彼女はそれを聞いて動揺を見せた。

「えぇ。フォートリエの名前も、アルベールの名前も書いてなかったわ。内容だって、確かに的は射てたけど、まるでおとぎ話のように書かれてた」

 シャルロットの返答。シルビアは眉をひそめる。

「どうして?」

「私に訊かないでよ……」

「それもそうね……」

「でも――」

 シャルロットは再び本を開き、著作者の紹介の欄に載っている男性の顔写真を見る。マリエルとアリスの父親の写真である。

「隠したかったんじゃないかしら」

「何を?」

「ヴァンパイアである事よ。今回のような事が起きなければ、二人はその事実を知らないまま生きていけた。父親なら、娘達にショックを与えたくないという気持ちが働くのは当然だと思わない?」

「それはまぁ、そうでしょうけど……」

 何となく、納得する事ができないシルビア。

「一つ、疑問があるわ」

 シャルロットは本を閉じてそう言った。

「疑問?」

「マリエルとアリスの母親がヴァンパイアとして目覚めてしまった原因よ。自然に起こったものではないハズよ」

「何かキッカケがあるハズだって事?」

「えぇ。最近何か変わった事が無かったか、マリエルに訊いてみましょう」

 立ち上がるシャルロット。その時、外からマリエルの悲鳴が聞こえた。

 二人は顔を見合わせた後、祓魔銃を取り出し、すぐに店を出た。


「マリエル!」

 シャルロットが名前を呼び、辺りを見回す。

 マリエルは、少し離れた場所にある大木の元に居た。そして彼女の目の前には、一体のヴァンパイア。今まさに腕が振り上げられた所であった。

 間一髪でシルビアの銃弾が間に合い、ヴァンパイアは腕を振り下ろす寸前で頭に風穴を開けられ、地面に倒れて灰になる。

 突然の襲撃に怯え切っているマリエルは、脅威が去った後も木にもたれかかって頭を抱えるようにうずくまったまま。

 二人は事なきを得た事に安心して顔を見合せた後、彼女の元に歩いていった。

「もう大丈夫よ。マリエル」

 シャルロットがマリエルの側にしゃがみ込む。

「シャルロット……さん……」

「怖かったわよね。もう大丈夫だから」

 微笑みかけるシャルロット。マリエルは恐怖から解放された安堵に思わず泣き出し、シャルロットの胸に飛び込んだ。

「振り出しね……」

 シルビアが呟く。敵の本拠地であるフォートリエの屋敷の近くであるこの場所に、マリエルを置いていくワケにはいかない。アリス達が居るユーティアスに彼女を避難させる必要がある。

 言葉通りの、振り出しであった。

「振り出しに戻る必要はありませんよ。シルビアさん」

 背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

「……何の用?」

 シルビアは振り向きながら、声の主に銃を向ける。

「私が彼女を町まで送り届けましょう。そうすれば、あなた達は戻らずに済みますよ」

 銃口を向けられたサクラはそう言って、不適にくすくすと笑って見せた。

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