第11話

 集落から離れたアルベール姉妹の二人は、そのまま再びフォートリエの屋敷へと向かう。

「そろそろ見えてくるハズね」

 歩いている道が坂道となり始めた所で、シルビアが呟く。

「ねぇ、まさかフォートリエの屋敷って山の上にあるの?」

 目の前の過酷な坂道に苦笑を浮かべるシャルロット。

「山の上じゃないわ。この山を越えた先にあるのよ」

「山を登るって事に変わりは無いわよね?」

「まぁそうね」

「まぁそうねじゃなくて……」

 休憩しようと立ち寄った集落は、結局戦場と化した。シャルロットは必死に疲労を訴える。

「少しで良いから休みましょうよ。もう足が限界だわ」

「さっき休んだじゃない」

「あんな一分そこらのものは休憩とは呼ばないわ。ただ止まっただけよ」

「それで良いじゃない」

「良くないわよ。しっかり休まないと今後の戦闘に影響が――って、だらだら喋りながらさり気無く歩き続けるの止めてほしいんだけど」

「……はぁ」

 シルビアは溜め息をつき、立ち止まる。シャルロットの顔が、ぱあっと明るくなった。

「やっとわかってくれたのね!」

 しかし、嬉しそうなシャルロットに対し、シルビアは厳しい顔つきを向ける。

「シャル。私達に暇な時間は無いのよ。一刻も早くフォートリエの屋敷に向かって、奴らの野望を食い止めないと。でなきゃ取り返しのつかない事になるわ」

「私達が倒れる事の方が最悪よ。しっかり英気を養い、万全の状態で戦いに挑む。その方が良いと思わない?」

 シャルロットは人差し指を立てながら得意気に説明する。

 シルビアは困ったような表情。休んでいる時間などは無い。それに加え、いつまたノアや双子のような厄介な敵が現れるかわからない。その旨を伝えようとする。

 しかし、シルビアにも疲労が無いというワケではない。

 しばらく迷った末に、彼女は答えを出した。

「休める場所があったら、そこに寄りましょう。いくらなんでもこんな何も無い所じゃ、襲ってくださいと言っているようなものでしょう?」

「それは確かにそうね。でも、休める場所ってどんな場所よ?」

 訊き返されたシルビアは、実に曖昧な口調で返答する。

「店……とか?いえ、建物であれば……多分大丈夫……」

「店なんかあるワケ無いでしょうが。こんな山の方に――」

 文句が止まらないシャルロットであったが、何かを見つけて不意に黙り込む。

「……シャル?」

 不審に思ったシルビアはシャルロットを見た後、彼女が何かを見ている事に気付き、その視線を辿ってみる。すると、進行方向の地面に、小さな木の看板が落ちていた。その看板には、"カフェ"という文字が書いてある。

「……かなり古い物よ?」

 何かを言おうと口を開きかけていたシャルロットを黙らせるかのように、シルビアが先に喋る。

 しかしそんな事ではシャルロットは怯まない。彼女は看板を拾い上げ、シルビアにそれを見せ付けた。

「行ってみましょう!ほら、看板の矢印を見てみなさいよ。どうせ進行方向でしょう?」

「……」

 言われて見てみると、確かに看板にはこの先に店がある事を示す矢印が描かれている。

「……無かったとしても、拗ねないで頂戴ね」

「拗ねないわよ、失礼ね。子供じゃないんだから」

 看板を元の場所へと戻し、シャルロットが先導するような形で二人は先に進む。

 しかし、しばらく歩いてもカフェがあるような気配はない。代わりに二人は、別の気配を察知した。

「シルビア。来るわ」

「わかってる」

 ヴァンパイアの気配。二人は祓魔銃を抜き、背中合わせになって辺りを警戒する。

 一体のヴァンパイアが、木陰から現れた。

 シルビアが一瞬で頭を撃ち抜き、そのヴァンパイアを仕留める。後続を警戒し、二人はしばらくその場に留まる。

「…変ね」

 シルビアが呟いた。ヴァンパイアは現れない。にも関わらず、気配は一向に無くならない。

 その時、二人の進行方向、つまり山の上の方から、ヴァンパイアの雄叫びが聞こえてきた。

「行くわよ!」

「え、えぇ!」

 先に走り出したのはシルビア。慌てて追い掛けるシャルロット。

 しばらく走ると道が平坦になり、その先に一軒の小さな小屋を見つける。そしてその小屋の周りを、複数のヴァンパイアが彷徨いていた。その中の一体は、入口と思われる扉を破壊しようと狂ったように叩き続けている。

「中に誰か居るのかしら……?」

 その様子を見たシャルロットが呟く。

「どっちでも良いわ。奴らを排除するわよ」

「了解」

 居ようが居まいが目の前に居るヴァンパイア達を放っておくワケにはいかない。二人は小屋の元に向かう。

「そこまでよ」

 扉を破ろうとしているヴァンパイアを、シルビアが撃ち抜く。同時に他のヴァンパイア達が二人に気付き、襲い掛かってくる。二人は祓魔銃で片っ端から仕留めていきながら、小屋の元に近付いていく。

 小屋に到着した所で、一体のヴァンパイアが物陰からシャルロットに奇襲を仕掛けたが、シャルロットは組み付こうとしてきたそれを避け、後頭部を銃の弾倉の部分で殴り付けて怯ませる。そして後頭部に銃口を突き付けて引き金を引き、仕留めた。

 その間にも森の方から潜伏していた数体が現れていたが、全てシルビアが対処していた。

 シャルロットが最後の一体に四方投げを決めてから銃撃で仕留めた所で、気配が無くなる。

 二人は銃をしまって、小屋の入口に向かった。

「誰か居るの?」

 今にも壊れそうなその扉を慎重にこんこんと叩きながら、シルビアが呼び掛ける。しかし、返答は無い。

 しばらく待っていると、扉の鍵が外れる音が聞こえ、向こう側から扉が開けられた。

「に、人間……?」

 怯えた様子で現れたのは、綺麗な金髪をツーサイドアップで纏めてある、可愛らしいエプロンを身に付けた少女。

「もう大丈夫よ。ヴァンパイアは私達が片付けたわ」

 シャルロットが優しい声調で少女を安心させる。

「あ、えっと……あなた達は……?」

「ロコン村のアルミス教会に仕えているシスターよ。私はシルビア、こっちはシャルロット」

 シルビアの返答を聞き、少女は驚いた様子で二人の顔を見た。

「えっ!あなた達が!?」

「……へ?」

 突然目をきらきらとさせた少女に、困惑するシルビア。少女は二人の手を握って、嬉しそうにぶんぶんと上下に動かす。

「一度お会いしたかったんです!アルミス教会のシスター様!お話だけはかねがね伺っておりました!」

「そ、そうなの……?」

 シャルロットも驚いているような、困惑しているような苦笑いの表情。すると、二人の表情を見た少女がふっと我に返り、恥ずかしそうに顔を赤らめて慌てた様子でばっと頭を下げた。

「す、すみません!ちょっと嬉しくなっちゃって……御無礼をお許しください!」

 少女の殊勝な態度に、シャルロットが微笑む。

「ふふ、気にしないで。ところで、ちょっとお邪魔させて貰っても良いかしら?」

「勿論!コーヒーくらいならお出しできますので、ゆっくりしていって下さい」

 健気な少女に招かれるまま、二人は小屋の中に入っていった。


 先程看板が記していたカフェはここらしく、中は落ち着いた雰囲気のカフェといった様子であった。

「あら、素敵なお店ね」

 木でできた椅子に腰掛け、店の中を見回すシャルロット。

「……禁煙?」

 シルビアがその向かいに座り、タバコを咥えながら少女に訊く。

「え?……あ、今灰皿お持ちしますね!」

 ぱたぱたと忙しなくカウンターに灰皿を取りに行く少女。そのやり取りを見ていたシャルロットが、机の上に頬杖をついてシルビアをじっと見据える。

「ねぇ、いい加減シスターって名前に泥を塗るの止めてもらえない?」

「何の話よ」

「あなたが今まさに火を点けたソレよ。禁煙したら?」

「嫌よ。禁煙なんて無意味だし、どうせ失敗に終わるだけだもの」

「意志が弱いのね」

「意志が弱いですって?私はむしろ強いわよ。禁煙なんかしないっていう意志が」

「ちょっと何言ってるのかわからないわ」

 シャルロットは溜め息をつき、説得を諦めた。


 灰皿を持ってきた後、少女は再びカウンターの方に戻っていき、しばらくしてから二人分のコーヒーを淹れて戻ってくる。

「お待たせしました。どうぞ」

「ふふ、ありがと」

 シャルロットはそのコーヒーを一口飲んだ後、畏まって座ろうとしない少女に微笑みかける。

「あなたも座って?まだ名前だって聞いてないんだし、少し話しましょうよ」

「あ、えっと……失礼します」

 二つずつ向かい合って置いてある席の内、少女はシャルロットの隣の席にちょこんと座る。

 話を切り出したのは、シャルロットであった。

「改めて自己紹介しときましょうか。私はアルミス教会のシスター、シャルロット・アルベールよ。それでもってこのシスターとは思えない人が、私の姉のシルビア」

「……一言多いわね」

「気のせいよ」

「……」

 灰皿にタバコを押し付けて消し、腕を組んで不満そうにそっぽを向くシルビア。

「あの、一つ訊ねておきたい事があるんですけど……」

 少女が申し訳なさそうな様子で訊いてくる。

「訊ねておきたい事?何かしら?」

 シャルロットが訊き返す。

「お二人は、ヴァンパイアハンターなんですよね?」

 少女の質問に二人は驚き、彼女の顔を見つめた。

 自分達がヴァンパイアハンターであるという事を知っている人間は、銀の銃弾の製作を依頼したルフェーヴル家の人間と、アルベール家の人間、後は先日話したアリスだけのハズなのだ。

「ど、どうして知っているの……?」

 動揺を隠せないシャルロットが、恐る恐ると言った様子で訊く。すると、そんな二人の様子とは真逆に、少女は明るい笑顔で答えた。

「だって、さっきヴァンパイアと戦ってたじゃないですか!先祖代々受け継がれてきたっていう祓魔の銃で!」

「あぁ……確かに、それを見ればわかるか……」

 安心したように、ふっと笑みを溢すシャルロット。

「……待って」

 シルビアは違った。

「どうして祓魔銃が先祖代々受け継がれてきたっていう事を知っているの?」

 シルビアのその問いかけを聞き、シャルロットもはっとした様子で少女を見つめる。少女はきょとんとした顔で答える。

「お父様から聞いた事があって……あの、何かマズい事でも……?」

 二人の表情を見て、少女はどことなく気まずい気持ちになってくる。

「……まさかね」

 シルビアがふっと笑い、そう呟いた。

「シルビア?まさかって何が?」

 眉をひそめるシャルロット。シルビアはシャルロットには返答せずに、少女を見る。そしてこう訊く。

「そういえば、まだあなたの名前を聞いていなかったわよね」

 言われて思い出したのか、少女は慌てて謝る。

「し、失礼しました!すっかり忘れてました……」

 少女は無邪気な笑顔で、自分の名前を言った。

「私、マリエル・フォートリエって言います。よろしくお願いします!」

「……え?」

「……」

 マリエルの姓を聞き、シャルロットは呆気に取られた顔でマリエルを見つめ、シルビアは"やっぱり"と言った様子で、ふっと力無く笑った。

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